38.王都
快適な馬車での旅路も、終盤へと差し掛かっていた。
あの樹海の様に整理もされてない道ではなく、しっかりと整地され柵まである。
トーマスの目には、遠くに農家が畑を耕すのが見えることもあり、すっかり人間の領域に入り込んだな、と彼に思わせた。
この契約がいつ終わるかわからないが、きっと舞踏会というのもそう遠い話ではないのだろう。そう思うい、トーマスは少し感傷的な気分になる。気のままに外を眺める。ちょうど旅人を追い越した所だった。
「そういえば、妙に人が多いが王都というのはこんなにも人の出入りが多いのか?」
王都と言う位だ、日本の首都の様に人の出入りは活発なのはわかっている。しかしそれでも少し多いのではないか。そう思ってトーマスは、目の前の少女に尋ねた。
ここ最近で見慣れた、彼の雇い主でもある少女だ。
「今の時期は特別だからな」
口を紅茶で潤しながら、少女は答える。
よくもまあ飽きないものだ。口の中が渋味だらけになりそうだ。トーマスは顔を顰めた。
「兜があるからと油断している様だが、慣れればお前の考えている事何か、お見通しだからな?」
「これは失敬」
まあいいが。アンリエトはそう続け、再度口を潤す。
「何が特別だというと、まあ祭りがあるのだ。建国祭というのがな」
「祭り……。是非参加をしたかったな」
「別に参加できないわけではないぞ? むしろ特等席で見れるかも知れないな」
含みのある言い方で、アンリエトはトーマスに話しかける。
「どういうことだ?」
「舞踏会というのは、その建国祭の最終日にある、まあ、締めの行事だ。だから自由に、とは言わないが、少しは楽しめるだろう」
それはいいことを聞いた。トーマスのテンションが上がる。様子で察したのか、アンリエトは柔らかい笑みを浮かべながら、紅茶を口に運ぶのだった。
しかし飲み終わった後、先程とは違う暗い顔で呟いた。
「……私と一緒に楽しめるかわからないけどな」
それは常人にはとても聴こえそうにない程小さな声で、更に祭りに思いを馳せるトーマスには、聞こえる筈のない声だった。
それでもアンリエトがなにか言ったのはわかったのか、トーマスは彼女に視線を向ける。
しかしアンリエトは、なんでもない、と手を降るのだった。
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次! 王都の外壁、その門を護る兵士が、淡々と入ろうとする人々を捌いて行く。しかし、その兵士もアンリエトが乗る馬車を見るなり、顔色を変えた。一目で高価と判る代物だ。中に入ってる人物も只者ではない、そう察したのだろう。
「とまれ! いや止まってください!」
何時もの癖で叫んだ言葉に、兵士自身が真っ青になる。兵士にとって幸運なことは、中に乗るのがアンリエトだったことだろう。
馬車の周りを囲む兵士が、門兵へコインを差し出す。それは交易に使う様な、一般に流通している物とは違い、特別製の逸品だった。細やかな細工、埋め込まれた宝石。純度が高いのだろう、陽のもとにあってなお光り輝いていた。
「これは……!」
「通っても、構わんな?」
門兵は勢い良く首を振り、馬車を街へ通す。
それを見て、怪訝に思ったのは横に立つ相方だった。まだ此処について日が浅い彼は、あのようなメダルは見たことも聞いたこともなく、更に貴人の対応などもコレが初めてであった。
「先輩、なんですかあれ?」
「そういや、お前にはまだ話してなかったな」
教えられていないことを不満に思いながらも、相方の兵士は問いかける。
しかしその疑問は、兵士の『休憩時間にな』の一言で先延ばしになるのだった。
「それで先輩。あれは何なんですか?」
門の横にある詰所。そこの椅子に腰掛けながら、兵士は先輩に当たる兵士へ、先程の問を再度問いかける。予想以上の食いつきの良さに、苦笑しながらも答えるのだった。
「あれは、この国の王族専用の手形だよ」
「手形?」
「ああ、通行証明書みたいなもので、あれを持っているからには、乗っている奴は王族の関係者かそれに準ずる者と考えたほうがいい」
「俺そんなの聞いてないんすけど……」
言うの忘れてたっていったろ? そう笑いながら兵士は言った。
「ちょっ! 笑い事じゃないですよ!?」
「まあ早めに経験出来てよかったじゃないか」
言い合う2人に、外から声がかけられる。
「おーい! 手伝ってくれ!」
「どうした?」
「昼間っから酔っ払いだ! 目出度いからってフザケてやがる!」
おう、今行く。そう返事をして、二人は走りだした。
不運な事に酔っぱらいとは大男で、取り押さえるのな難儀したのだった。
▼▼▼
門を抜け、既に都内へ入っていたトーマスは、王都の中の活気に気圧されていた。普段通りの様子ならば、まだ各都市で見慣れていたこともあり、特に気圧されることもなかっただろう。
しかし、ちょうど祭り――建国祭と重なった事もあり、尋常じゃない人口密度となっていた。
「私はこのまま城へ行くが、おまえはどうする?」
「私は冒険者の義務がある。少し抜けさせてもらう」
冒険者ギルドへの報告のため、トーマスはアンリエトと別れギルドへ向かう。
そして何事もなく報告は終わり、トーマスは城へ向かうのだった。
城へ向かうため通った大通りは、トーマスがなるほど、と思う程に人で埋め尽くされていた。
比較的人が多い街に行ったことがあるトーマスだったが、他の街とは文字通り格が違う。建国祭とはここまで凄いのかと、感嘆の息が漏れた。
なんとか四苦八苦、人を掻き分け城へ向かう。予想通りに時間がかかったのは、致し方ないことだろう。
「そこのお前!」
どことなくデジャブを感じながら、トーマスは門兵の呼び掛けに足を止める。
なぜ呼び止められたかは分かっているので、淡々と懐から出したように見せかけながら、アンリエトから貰った指輪を見せる。
「それは!」
その指輪とはアンリエトーーつまり王族から貰った事から判るように、身分証明書、それもとびきりの物である。
シグネットリングと呼ばれるもので、リング上部に王印が刻まれている。またこの押印も特殊で、王族一人一人違うのだ。死んだ王族の王印は廃棄され、また一新される。好んでまたその王印を使うという王族もいるようだが。
つまり刻まれた王印をみれば、其の物の所属、だれの客なのかが一発で判るのだ。そしてその王印を見た兵士の様子は尋常ではなく、トーマスは首を傾げる事となる。
「し、失礼しました! どうぞお通りください」
まるで触れてはいけない物に触れたかのように、顔を真っ青にし、怯えた様子を見せたのだ。
トーマスは首を傾げながらも門をくぐる。それを見送った兵士は、大きく安堵の息を吐くのだった。
無事王城の中に入ったトーマス。しかし内部のことを一切知らないトーマスは、入ってすぐ途方に暮れることとなった。どうしようか悩んでいると、不意に声をかけられる。
「トーマス様。アンリエト様がお待ちです。どうぞ此方へ」
全く変化のない無表情で、淡々と女ーーアンリエトの侍女は告げた。
トーマスはそれに抑揚に頷き、彼女の後について行くのだった。




