37.旅道中
窓に流れる景色を、ボーッと見ながらトーマスはふと思った。
「あれ? これって護衛と言えるのか?」
そして思うだけではなく、口に出してしまっていた。当然雇い主の少女の耳に入り、それを聞き少女は何も問題はないと言わんばかりの笑顔で言う。
「馬車内の護衛よ」
それを聞き、トーマスは納得する。馬車の周りを並走する騎士達が倒された時の、最後の砦のような物かと。期待されていると思い、心の奥底でやる気を滾らせていると、侍女がお茶を差し出してくる。
「お茶です」
「おお、すまない」
頭を下げ、礼を言う。
受け取った朝顔形の浅いティ―カップには様々な模様が描かれ、高級感に溢れている。カップの中には紅茶特有の水色をした液体が入っており、鮮やかなその色からは侍女のお茶の腕が察せられた。
飲もうとするが、トーマスは兜を取らなければ飲めないことに気付く。そして、取るかどうか悩み始めた。
教国内で蔓延している差別的な思想。教国に近いここでもそれは根強く張っているのではないか、と。特に今の雇い主は身分が高そうである。“貴族は差別的”そんな偏見を持っているトーマスは、アンリエトの目の前で顔を晒すことを躊躇っていた。
「飲まないのか?」
アンリエトが怪訝そうな顔で問いかける。彼女は優雅に茶を飲んでいて、その仕草からも相応に身分が高いことが予想された。
悩んだ末に、トーマスはまたしても誤魔化すことにした。
「今はお茶を飲む気分ではなくてな」
「そうか? 無理に飲めとは言わないが」
すまない、トーマスはそう言いカップを侍女に手渡す。
アンリエトはそれを眺めながら、不意に言い出した。
「自己紹介をしないか?」
雇用主と被雇用者の関係にも関わらず、2人は互いのことをあまり知らなかった。いい案だ、そう思いトーマスは同意の念を込めて、アンリエトを見る。
「初対面の者には自己紹介をするといい。そう聞いたことがある。親密になる事も出来るらしい」
「らしい?」
アンリエトの含みのある発言に、トーマスは疑問の声を上げる。
「自己紹介をしなくても皆私のことを知っていた。それに仲良くなった試しもない」
アンリエト自身は自己紹介に何も期待はしていないようで、不機嫌そうな顔で言った。
しかし次の瞬間苦々しげだった顔を一転させ、パッと花咲くような笑顔で嬉しげに話す。
「けれどお前は私のことも知らないらないのだろう?」
「そうだ」
それが何か? そう思い、アンリエトを見つめるトーマスだが、アンリエトは笑みを浮かべたまま答えない。
「いいや、何もない」
楽しそうに笑いながらアンリエトは答える。久しぶりに普通の反応をしてくれる人が現れて、アンリエトは上機嫌だった。舞踏会が終わるまで楽しめそうだ、そう思いトーマスを見る。然しその反面、舞踏会が終わるとき――最後に別れるときも、今のような反応をしてくれるのだろうかと不安に思うのだった。
アンリエトは少し物憂げな顔で外を眺める。日に当てられたその横顔は、純白な髪の色や肌と相まって、幻想的な光景を生み出していた。
グリドレード王国第三姫リザベル・アンリエト。その独特なドレスは王族特有の豪華さとは方向性が違い、華麗さよりも奇抜さが目立つ。彼女は王城、いや王国で疎まれていた。
ーー『死神姫』『黒姫』と数々の異名を持つ推定S級の少女、それがアンリエトだ。彼女を強者足らしめているのは、その身に宿した異能である。以前トーマスがペテロから聞いていた、単純にその体を炎に変える種類の物だ。
最も彼女の場合は、火などの分かり易いものではなく闇だが。唯でさえあまりいい目では見られない闇であり、そして彼女は『現肢』持ちであった。
『現肢』とはアンリエトの様な異能持ちの体に現れる、その属性を色濃く映し出した体の一部の事である。
まるで燃えている様に波打つ真紅の髪、氷結晶の様に透き通る硬質な片腕。それはまるで魔物のようであり、普通の者とは明らかに違う。なによりも彼等は皆、他の異能持ちより強大な力を持っていた。しかし力至上主義的な性質を持つこの世界では珍しく、忌み嫌われる存在でもある。
リザベル・アンリエトもその1人である。汚れ仕事を当てられ、暗殺など珍しくなかった。疎まれ恐れられ、友人など1人も居ない。漆黒の現肢を持つ、孤独な王国の忌み子。
ーーしかし彼女は、紛れもなく強者であった。
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【name】 【黒姫】 リザベル・アンリエト
【rank】 S
【bace】 人族
【state】 正常
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頑張って週一更新続けて来ましたが、忙しくなりそうなので少し難しくなるかも知れません。
でもエタることはないので、広い心で待っていてくれると嬉しいです。




