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32.頭痛の種

少し長めかもしれません。



 教会の中でトーマス達が戦闘を行っていた、ちょうどその時。

 使徒の1人、聖女と呼ばれる少女は何と無しに戦いの模様を見ていた。

 

 

 ーー暇なのだ。目の前で死闘が繰り広げられてる中で、何を暢気な。そう言われても仕方ないが、彼女は肝が据わっていた。騎士も竜人も、女子供を襲うようには見えない。なら大丈夫だろう。そんな事を思っていた。

 こっそり欠伸を噛み殺すぐらいの余裕を見せていた。

 

 

 飽きたので視線を彷徨わせると、自分の横にいる異形に目が止まる。

 なんで見ても馴れない。醜悪な姿に眉を顰める。“教皇”は大丈夫と言っていたが、それとは別に近寄りがたい。鎖でグルグル、身動きできない様にしてあると言っても、本能が近づくのを拒否するのだ。

 なんでわざわざ亜人みたいな物を使うのか、理解できない。教皇は色々言ってたけど、他の皆はまだ早いと教えてくれない。

 子供扱いされたのを思い出し、少しムッとする。意地みたいな物を感じ、この時は近づいてしまった。

 絶対なんてありえないのに。気付いた時には、鎖が地面に落ちる音が聞こえ、目の前の異形は醜悪な爪を振り下ろしていた。

 

 

 

 

 ▼▼▼

 

 

 

 

 「きゃああああ!」

 

 

 何度目かの衝突。突如、その場全員の耳に悲鳴が割り込んできた。

 少し離れた向こう。置き去りにした少女が、爪で切り裂かれていた。とっさに身を逸らしたが、ひと目で重症と判るような傷を負っていた。

 

 

 「セシリア!」

 

 

 聖騎士長の青年は、護るべき少女の悲劇に半ば悲鳴に似た声を上げる。

 トーマスも引き止める気はないのか、青年をそのまま行かせる。

 

 

 「ああ!そんな、セシリア!」

 

 

 少女には右肩から腰にかけ、斜めに裂傷ができていた。大きく服を切り裂き、真っ白な服を真っ赤に染めていた。護るべき少女が、命に関わる重症になっているという事実を前に、聖騎士長はただ狼狽えるしかなかった。

 

 

 敵の少女の危機に、トーマスとヴコールは迷わなかった。

 

 

 「ヴコール!奴を頼む!」

 

 「わかった!」

 

 

 返事と共にヴコールは走りだす。走る勢いのままに拳を異形へと叩きつけた。しかし異形には効かなかった。腕を十字に重ね、拳を受け止める。反動により地に線を描くが、無傷であった。

 

 

 「糞が!」

 

 

 まともにやっても効かないと判断したのか、ヴコールは相手の気を引くことに専念し引き離そうとする。

 上腕や腹を殴り攻撃を避けて、異形を離れたところへ引きつけた。

 

 

 それを横目にトーマスは、聖騎士長のところへ向かう。ストレージから“回復アイテム”と呼ばれるものを取り出し、聖騎士長へ告げる。

 

 

 「これを使え」

 

 「お前は……これはなんだ?」

 

 「つかえばその子の命は助かる」

 

 

 その言葉に血相を変え、トーマスの手から護符の形をした物を引ったくる。

 

 

 ーーまあ、助かるかもしれない(・・・・・・・・・)、だがな。

 ゲーム内では回復アイテムとして使われていたが、この世界でまで使えるとは限らない。しかしあの神なら何とかしているだろうから大丈夫、根拠のない実感をトーマスは持っていた。

 

 

 「そ、それで、これはどうやって使うんだ!?」

 

 

 聖騎士長が焦りきった声で怒鳴る。

 

 

 「押し付けるんだ」

 

 

 その声を聞き、セシリアに走る傷ーー右肩に護符を押し付ける。護符は淡く光ったかと思うと、燐光を発しながら消えてゆく。

 それと同時にセシリアの体も薄い光りに包まれ、みるみる内に傷が消えていった。

 

 

 「よかった……セシリア」

 

 

 安堵の息を吐き、聖騎士長は腰を下ろす。

 

 

 それを見届け、トーマスはヴコールが消えた先へ走り出す。

 背後から聖騎士長の呼びかけが聞こえたが、無視しそのまま向かったのだった。

 

 

 

 

 ▼▼▼

 

 

 

 

 ーー強い。

 異形を引きつけてから、何度思っただろうか。異世界の中では強者に分類される『竜人族』。自分より強い者と戦ったことなどいくらでもあるが、ここまで不気味な物(・・・・・)と戦ったのは初めてあった。

 避けるのに精一杯になり、更に避けきれなくなってかすり傷が増えていく。

 

 

 このままではジリ貧か。そう思われた時、突如異形の横面に腕甲に覆われた拳がめり込んだ。

 拳は異形の体を浮かし、そのまま吹き飛ばした。

 

 

 「トーマス!」

 

 「待たせた」

 

 

 ヴコールとトーマスが合流し、異形へと顔を向ける。異形は受け身も取らず、地面へ転がっていた。

 

 

 「やったか?」

 

 「いや、アレごときでやれる相手ではない」

 

 

 2人は神妙に話し合うが、トーマスは心中で『フラグ立ったな』と碌でもない事を考えていた。

 

 

 異形が立ち上がる。決してトーマスの一撃が効いていない訳では無いようで、立ち上がってなおフラフラと揺れていた。

 トーマスの一撃で壊れたのだろう。口を塞いでいた口枷が壊れていた。

 異形の異世界での第一声(産声)は、聞く者を慄き震えさせる様な呪詛の声であった。

 

 

 声にならない声で叫び、激しく体を揺らす。憎い、殺すと繰り返し、涙を流していた。

 その姿にヴコールは言葉を失い。耐性があるトーマスでさえも、呆気にとられるほどだった。

 

 

 憎悪の念を持って呟いていた異形が、不意にトーマスへ目を向ける。一瞬異形の動きが止まったかと思うと、劇場を持ってトーマスへ襲いかかるのだった。

 

 

 「明らかにお前を狙っているようだが? 知り合いか?」

 

 「知り合いと言えるのか分からないがな……」

 

 

 異形の突進を避けながら、トーマスは言う。知り合いといえばそうだが、やはり蟲王同様仲が良いとは言えなかった。

 

 

 「そんなことより、疲れているだろう? 休んでいたまえ」

 

 

 トーマスが少し挑発的なことを言う。本人にとってはただの親切なのだが、ヴコールではなかったら相手を不機嫌にさせたかも知れない。

 

 

 「そうさせてもらう。仲間の安否も気になるのでな」

 

 

 作戦の成否関係なく、トーマスは異形を始末したら離脱する予定だった。本来のトーマスの目的は異形を倒すことであり、作戦の協力はそれを果たすためのものだ。薄情に思うかも知れないが、ヴコールも納得していることであった。

 そしてトーマスが倒すのを見届けずに、この場を去るという事。つまりこれで別れだった。

 

 

 「さらばだ」

 

 

 そう言い残し、ヴコールは去っていった。

 呆気無く思うかも知れないが、情報を欲しがるものと情報提供者。あまり仲良くなる必要もなかった。

 

 

 そして異世界に来て別れに慣れたトーマスも、得意思うこともなく見送るのであった。

 ヴコールがいなくなったのを感じ、トーマスは異形へと話しかけた。

 

 

 「大人しく殺られるつもりは?」

 

 

 軽い口調で問いかけるが、異形はただ唸るだけだった。

 これは無駄だなとトーマスが思うと同時に、異形が駆け出す。否駆け出した。踏み込みは地面を炸裂させ、まるで瞬間移動(テレポーテーション)したかの如く眼前へと現れる。その速さは油断していたとはいえ、トーマスにも捉えられない速度だった。

 

 

 異形は現れると同時に、その腕を振るう。カウンターの効果も薄いと思ったのか、そのまま避けるトーマス。

 

 

 確かに速度重視の敵ではあったが、ここまでの速さではなかった筈だ。トーマスが疑問に思っていると、不意にある設定を思い出す。それはトーマスの強さの根幹とも言える物だった。

 

 

 “蠱毒の法式”。それはBHーー大陸に施された呪法である。

 敵を倒すことにより、其の物の(カルマ)(ソウル)などを吸収できるようになるのだ。厄介なのが、これは大陸中の全てに適用されることだ。つまり大陸中のBH魔物ほぼ全ての経験値が、トーマスと異形に入っているのだ。

 ーーもっと計画的にやればよかった。そう思うと、軽い頭痛と目眩がトーマスを襲った。

 

 

 

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