26.学園長
二話更新です。
「だから! 誰が責任を取るというのですか!?」
豪奢な衣服に身を包んだ男が叫ぶ。白髪交じりの頭髪が、彼を老けて見させていた。
その男の様子を学園長は、めんどくさそうな、億劫げな顔で眺めていた。
男は“王国”の大貴族の1人であり、ケニスと言う少年の父でもあった。
彼は数日前に起きた暴行事件に対し、加害者と思われる男の名前、そして居場所を求めているのだった。
これに対し学園長は、“彼は此処にはもう居ない”と返答していた。しかし男はこれを信じようとはせず、学園長が庇っているものだと思っている。実は、本当のことを行っているだけなのだが。
「そもそも彼を探しだして、どうするのですか?」
あの1件はケニス自身が反省しており、自分が悪かったと過失を認めている。なので学園長は既に終わったものと考えていた。
「あなたの息子自身が悪かったと言っているのですよ? 親の貴方がでしゃばることではないと思うのですが」
「……そういう問題ではない。こちらにも面子という物がある」
ーー面子の問題。
チンピラじゃあるまいし、何を言っているのか。そう思うかもしれないが、この世界において面子という物は大変重要視される。特に貴族ならば、だ。
彼らは幾代も遡った時代に武功を立て、相応の地位に取り立てられた者達だ。昔ならば力を示し、周りもそれを知っていただろう。しかし人は忘れる生き物だ。既に大貴族の力は昔のもの、ととる者達も少なくはない。実際には大間違いなのだが。
そして彼らには立場というものがある。おいそれと誰かを殴りに行くことなどできないのだ。
ではどうするのか。簡単に言うのならばーー金だ。もしくは金目の物、価値のある物。それらを賠償金として払わせる。相手が渋るのならば、国家の権威や家の権威を使い脅す。そしてそれでも渋るというのならば、ここでやっと実力行使に出ることができる。明確に決まっているわけではないが、これは暗黙の了解として昔からあるものだった。
昔は貴族同士のいざこざにより内乱じみた物が頻繁に起こったり、すぐ喧嘩により建築物の費用が嵩むことにより没落するなど、問題が頻繁に起こったためだとされている。
「はぁ。貴族もめんどくさいものね……」
「何も考えず行動できた若い頃が懐かしくなるよ」
男はそう言って、小皺が出てきた顔を綻ばす。
「……彼は用が済み次第、此処に戻ると言っているわ。戻ったら連絡を送るなりするから、待っていなさい」
「本当にその男が戻ると信用できるのか?」
「大丈夫ですよ」
学園長は断言する。彼女の長年の観察眼による推察だった。
「しかし……」
「ーー“私”の言うことが信じられないのですか?」
学園長からその言葉が出たと同時に、濃密な魔力が彼女から溢れ出す。
幻視することさえ可能なのではないか、そう錯覚するほどに重々しく、圧力を伴うものだった。
「……わかりました」
男の額に冷や汗が滲み出る。視界が歪み、明滅を繰り返す。拳を握りしめるが、足が震えるのが止まらない。
なんとか絞り出したのは、了承の1言だった。
「ならいいのよ」
その1言と共に、部屋を満たしていた物が1瞬で消える。
花のように明るいその笑顔が、大貴族の男には薄ら寒い物に見えたのだった。
▼▼▼
貴族の男が去った後の学園長室。
執務机に肘をつき、彼女はトーマスのことを考えていた。
──あの馬鹿は、しっかりと船に乗れたのだろうか?
なにせこの自由都市に居ながら、馬による旅をしていたのだ。陸路を使う旅なんて、今日日するものの方が珍しい。
自由都市があるこの大陸の南側は、大小様々な湖、沼が所々にある。
その周りには河川も多く、それらを天然の運河として使用したり、新たに運河を造るなどして、物流や人の流れは回っている。
それを馬で向かうなんて、一体どれほどかかると思っていたのか。
“大丈夫すぐ戻る"など、どの口がほざいたのかしらね。
そこまで考えて、今年新しくする事となった“水泳"を思い出す。
ここアルムントには、都市の一部に湖が入り込んでおり、この学園にはさらにその一部が敷地内にある。
それを利用し、なんでも水を泳ぐ技術を鍛えようというらしい。
する意味が良く分からないけれど、 『冒険者はあらゆる事を想定しなければいけないのです』 等と会議で言われたのよね。
まあ議会の連中にゴリ押しされたのもあるけれど。
なんでも古代文明から見つかった文書。そこに書かれていた“勇者"と言う異邦人による、効果的な教育が記されているらしい。
議会の連中はそれが有効な物であると信じきっているらしく、この学園のあちらこちらで採用されている。
……まあ、若干好色な目つきの怪しい奴もいたのだけれど。
『さらなる発展の為に』 なんて言っているけれど、どうせ“勇者"とやらを戦力にする為なのよね。
失われた召喚魔法を復活させる為、この都市は躍起になっているわ。
召喚される奴が善人とは限らないのにね。
今は目処も立っていないから放置しているけれど……もしものために手は打っとかないとね。
「……ママ?」
そんなことを考えていると、リーンデルトの声が聞こえてくる。
ここ数日ですっかり懐かれてしまった。
少しちょろ過ぎないかしら……? 少し心配になってくる。
少しずつ笑顔を見せてくれるのが嬉しくてしょうがない。
──出来るだけ遅く帰ってこないかしら。
愛娘を迎えながら、そんなことを思った。
後書きで大幅に話が変わるかもしれないと書きましたが、話が変わるほどではありませんでした。
少し文章を削る程度におさまりそうです。




