23.夜湖
森を切り開き、石畳を敷き詰めて作られた道。
その道を2頭の馬と、それに乗った2人の人物が歩いていた。
片方の馬には荷鞍が積んであり、2人組はもう片方に相乗りをしていた。
少女と思われる人物を、前に抱えるように乗せ、男は馬を歩かせている。
──怪しい2人組であった。
どちらも快晴にも関わらず、外套のフードを目深く被っている。
何より異様なのは、男が武器らしきものを携帯していない事だ。
一瞬カモに見えるが、逆にその不自然さが襲うことを躊躇わせる。
その近郊の盗賊に襲われることもなく、2人組は道を進んで行く。
言わずもがな、2人組はトーマスとリーンデルトである。
中継都市イブラントを抜け、しばらく経った今日この頃。
トーマスは今にも頭を抱えるほど、悩んでいた。
悩みの種──それは引き取った少女リーンデルトである。
リーンデルトへのトーマスの第一印象は、人形の様だった。
一言も喋らず、その顔はピスクドールの様に微動だにしない。
その透き通るような瞳と髪、雪の様な純白の肌もあわさり、本当に人形に見えてもおかしくないほどであった。
挨拶も含め、トーマスがリーンデルトに話しかけた回数は、75回。
そのうち、返答があった事は1度もない。
トーマスは今まで自分にあった、自負の様なものがちっぽけな物だったと、ヒシヒシと感じていた。
「リーンデルト、座り心地は大丈夫か?」
「……」
──無言。
終始この様子である。
トーマスの方へ向くことは向くが、何も答えず、再び虚空を見つめるのだ。
思わずため息を吐きそうになり、寸前でそれを抑える。
子供の前でそのような態度をとるのは好ましくない、そう思ったからだ。
──どうしようか。そう頭を抱え、慌てて手綱を握り直す。
しばらく考え、トーマスはいい事を思いついたと、兜の奥でほくそ笑む。
少しロマンチックで照れ臭いが、きっと感動的でこの子も心を開いてくれるだろう──そんなことを思う。
目指すは道中にある“湖"。
トーマスは心の中で高笑いをする。
しかし、心の中で笑った気になってたのはトーマスだけであり、実際にはその声は漏れ、その様子は完全に不審者であった。
──この時リーンデルトが微かに眉を顰めた。
ある意味、トーマスのリーンデルトの感情を取り戻すと言うのは、このとき達成されていたのかもしれない。
……少し方向性が違うが。
▼▼▼
私が自我を持ったのは、つい最近の事だ。
“自画を持つ"と言っても、今より前の記憶が少しだけどあり、その時の私はただ闘う“人形"だった。
その中で、私は何回殺されたのだろうか。数え切れない程だ。いろいろな人が来た、小さい剣、大きい剣、曲がった剣、細い剣、槌だったり、棒や槍、鞭なんて人もいた。
その中でよく見たのは──鈍色の人だ。
とても強くて、仲間を守り、そして何回も殺された。
私はただ闘うだけだった。
私が自我を持って最初に思ったのは──恐怖だ。
又何回も闘わされ、殺される。地獄だ、耐えられない。
けれど、そうはならなかった。気が付いたら知らない所にいて、気が付いたら“黒い人"に助けられていた。
何より驚いたのが、助けてくれた黒い人が、鈍色の人でもあったことだ。
気づいた時は怖くて、私を殺しに来たのだと思った。
けれど、鈍色の人は優しくて、私を気にかけてくれる。
今もそうだ。
暗くなったら突然、私を連れて森に行ったと思うと、とても綺麗な“湖"を見せてくれた。
まるで鏡みたいな水面、満天の星空が反射して、すごく綺麗。
湖の真ん中にはおっきな木があって、蛍が群がって、お伽噺のよう。
「どうだ?綺麗だろ?」
──今まで怖くて、無視してたけど。
「私が守る、だから私のことを信じてくれないか?」
──今まで怖かった鈍色の人、少しは信じてもいいかな。
私のために見せてくれた景色を見て、そう思えた。
▼▼▼
「はあぁ、私も見たかった」
「そんなこと言われてもね」
湖から少し離れた森の中、隠れる様に2人の男女が座っていた。
「それにしても、見えるのか?」
青年──アルがオリヴィアにそう問いかける。
アルが懸念しているのは、この暗闇の中、更に結構離れているが、ちゃんと見えるのか。
そう思っての事だった。
「──見えるわよ。“魔眼"って結構便利なのよ?」
それに対しオリヴィアは、自信満々に答える。
魔眼持ちと云う者たちは、皆一様に優れた視力を持つ。中にはオリヴィアの様に、暗闇の中でも見通す者さえいる程だ。
不意に、彼らの背後で草を鳴らす音がした。
しかしオリヴィアもアルも、振り返る事さえしなかった。何故なら、気付いているからだ。
「へへっ、嬢ちゃん」
「俺たちといいことしねぇかぁ?」
出て来たのは、身なりの汚い複数の男達だった。
手入れがされていない武器防具、垢の溜まった肌、フケまみれの髪。
その目にはオリヴィアしか映っておらず、獣欲に濁っていた。
「アル」
「はぁ、わかってるよ」
アルは重そうに腰をあげ、男たちの前に立つ。
剣は腰に差したまま、友好的にとれるような足取りで、向かっていく。
「さあ、やろ──」
アルが男達へ告げる途中、声が途切れる。
腹には鈍った剣、しかし刺す事には、まだ十分に鋭かった。
「ひゃははは!馬鹿正直に待つわけねぇだろ!」
男達は下品に笑う。肉を刺した剣は、血を溢れさせながら抜かれ、地面に跡を残す。
アルは力なく倒れていった。
「嬢ちゃんあそぼうぜぇ?」
「……アル。遊んでないで起きろ」
オリヴィアは男達を無視し、アルへ話しかける。若干ドスの聞いた声で。
「アル?嬢ちゃん気が狂っちまったか?」
何がおかしいのか、男達はまたしても笑い始める。恐らく薬でもキメているのであろう。
「まあいい、さっさと攫っちま──」
男が、オリヴィアへ手を伸ばそうとした瞬間。声が途切れ、男達へ緊張が走る。
何故なら、男の首は飛び、死んだはずのアルが立っていたからだった。
「て、てめぇ!なんで!」
「お頭!」
男達は口々に怒声を上げる。しかしその声には、隠せてない動揺が含まれていた。
「──ちょっとした遊びだよ」
アルはそうオリヴィアに返す。オリヴィアは不満そうに呟く。
「付き合わされる身になってみなさいよ。まあいいわ、さっさと片付けなさい」
オリヴィアがそう告げれば、またしても男たちの首が飛ぶ。
アルはまるで効いてないと言わんばかりに、男達の攻撃をものともせず、蹂躙する。
腹や肩に剣が突き刺さされば──刺した男の腕が飛び。
鈍の剣はアルの肉体に止められ、その隙をついて切り刻まれる。
この時の男達──盗賊の敗因は、武器の手入れを怠った事と、圧倒的な攻撃方法が無かった事である。
もし鈍でなければ、もし魔法なり強力な一撃を放つことができれば、アルの腕や足を切断、もしくは吹き飛ばすことにより、逃げるだけでも出来たかもしれないからだ。
しかし、時既に遅し。
男達は数分後、皆地面に倒れ伏しているのだった。
「もう寝ましょうか」
「ここで!?」
平然と言い放つオリヴィアへ、アルが驚いたように叫ぶ。
「冗談よ」
そう言い、荷物を持って森へ入ろうとする。
「見張らなくていいのか?」
「どうせ寝るだけなんだから。その間ぐらい休んでても構わないわよ」
そう言い放ち、森を進む。
「あ、見張りはアルね」
「……一晩中?」
もちろん、と笑顔で告げるオリヴィアに、アルは力なく項垂れるだけだった。
今年もこれで終わりです。早いものですね。




