2.トリップ
2015年1月8日改稿。
「──過疎ってんな」
自室の中で冬馬は1人呟いた。
彼の部屋は、深夜にもかかわらず電気はついてなく、彼の目の前に在る台に置かれた薄型テレビだけが唯一の照明だ。
彼が暗い部屋で何をやっているのかと言うと、テレビゲームだ。
テレビ台の中には、四角い箱の様な機械があり、そこからコードがテレビへと繋がっている。
冬馬は普通の会社員だ。地元の大学を出て、地元の会社に就職した。
会社内で浮ついた噂もなく、だからと言って会社の外に彼女がいる訳でもない。
”冴えない男”それが同僚や家族からの彼の印象である。
そんな彼にも一つ誇れることがあった。
それが彼がプレイしているゲーム。
BEAST HUNT──通称BH。アクションRPGと言われるジャンルで難易度は高めの部類。
BHとは俗に死にゲーと呼ばれる物だ。このゲームの特色は何と言ってもその世界観と武器の数。カテゴリーだけでもゆうに30は超えており、その総数は100を超えるんじゃないかと言われていた。
オンラインでコンテンツが追加されていくゲームで、全盛期には一月に50個も武器が追加された時もあった。
陰惨で残酷な中世ヨーロッパ風のダークファンタジー世界で、その独特な世界観やモンスターデザインは、1時期ネット掲示板で騒がれた程だ。
冬馬はそのゲームでプレイヤーランク上位に名を残したこともある。トッププレイヤーといわれる人種だ。
そののめり込み様と言ったら、勤務以外の時間を全てゲームに費やすほどだった。
しかし、彼が人生で1か2を争うほどに熱中していたBHは、終わりを迎えようとしていた。
ブームが過ぎたのだ。発売から2年、オンラインでは人をあまり見かけないようになり、冬馬が言ったように正に過疎っていた。
家庭用ゲームなのだから、続けようと思えば一人で続けられるだろう。
しかし、BHで一番盛り上がりを見せていたのは”対人”と呼ばれる物。つまりオンライン対戦だ。
オンラインで不特定多数と様々なアイテムや武器を駆使して戦う。
冬馬はそれが何より好きだった。
オンラインに人が居ないのだから、”対人”もできない。
冬馬はどこか物悲しい気持ちになりながら、コントローラーを置き、テレビの電源を切った。
(やることもないし……。早めに寝るか)
冬馬がそう思い、布団に入ろうとした時だった。
突如部屋に眩い光が現れる。
「なっ!?」
突然の光に冬馬が目を押さえる。
暫くすると、突然現れた光は徐々に収まっていき、遂には何事もなかったかのように消え失せた。
部屋は元通りになるかと思われた、が光の後そこには淡い光をまとう男が立っていた。
「──異世界で仕事をしてもらいたい」
突然そんなことを言い出した。
その日、冬馬の退屈な日常は新しい世界へと変わった。
▼▼▼
──突然現れた謎の男。
その男を目の前にして、意外なことに冬馬は冷静だった。
(この男は誰だ?そもそもどこから現れた……?)
そんなことを考えながら、男を観察する。
髪と肌は正に純白、着ている服は貫頭衣の様な物でこれもまたシミ一つなく真っ白だった。
男から見ても恐ろしく整った顔を持ち、こちらを見据え柔らかく微笑んでいた。
ここまでならまだいい。
髪は染め、服は何かのコスプレでテレビか何かのドッキリかも知れない。
そう思うことも出来る。
しかし明らかに可怪しい点があった。
――その男は微かに光っているのである。
人が自己発光するなど聞いたこともなかった。
部屋を襲った強烈な光、その後に突然現れた|謎の男
《イケメン》。
明らかに異常な事態。それを目の前に東馬は戸惑っていた。
「落ち着いたか?」
いつの間にか部屋にいた男――不法侵入者からの第一声は、意外なことに此方を気遣う声だった。
「突然のことに驚いていると思うが、先ず此方の話を聞いてほしい」
あちらには敵意はないらしい。
冬馬は思う、少なくとも強盗や殺人犯の類では無さそうだ、と。
「わ、わかった」
「先ずは名を名乗ろう。私はお前らの言う神と呼ばれる存在だ。お前には、ある仕事をして貰いたい──」
いきなりぶっ飛んだことが聞こえ、少し不安になるのであった。
▼▼▼
「──と言う事だ。引き受けてくれるか?」
自らを神と名乗る男。彼が話す内容はどれも到底信じられ無いような話だった。
簡潔にまとめるのなら。
男以外の神、その中で悪神といわれる男がある事件を起こした。
それを放っておくと、事件が起きた世界──異世界で大変なことが起きる。
なので東馬に異世界へ行き、事件を解決して貰いたい。
仕事をする上でサポートはする、事件が終わった後は自由にしてもらって構わない。
と、いう内容だった。
悪神が起こした事件、それは驚くことに大陸を召喚したというのだ。
ここに、彼が選ばれた理由がある。
異世界に召喚された大陸、それは彼がハマったゲーム──BH。
その舞台となる地、アルブヘイムだった。
彼が頼まれた仕事、それは異世界へ渡りアルブヘイムに存在するすべての魔物を殺すという仕事だった。
あまりに信じるには突拍子のない話。
しかし彼は迷わなかった。
「むしろ……此方から頼みたいぐらいだ」
家族や友人達への未練はないとはいえない。
けれど、このまま大好きなゲームの世界へ行けるのならば、そう思い。
異世界へ仕事をしに行くことを了承した。
▼▼▼
「──ではこれでいいな?」
「ああ」
神からのサポート、それはある意味特典のようなものだった。
異世界へは、ゲームのPC──プレイヤーキャラクターの体。しかし、仕事を完遂するために体を少し改造すると言う事だ。
アイテム・武器は全てゲームの物が持ち込み可。
特殊な能力としてゲームの時のままストレージを使えるようにしてもらった。
「此方の世界ではお前は死んだことになり、二度と此方へは戻ってこれない。そしてこちらのものも持っていけはしない。
──それでいいな?」
彼は力強く頷く。
不穏な言葉が聞こえるが、新しい世界への期待のほうが大きく、不安になるような事にはならなかった。
「──そうだ。異世界へ行くということは生まれ変わる、ということなのだが……。
名前はどうする?今までの名を使うか?」
「名前か──」
新しい名を名乗るか今まで通り冬馬と名乗るか。
「──トーマス」
しばらく悩んだが、結局ゲーム時代の名を使うことにした。
聞く所に異世界は、中世ヨーロッパ程度の文明らしく、なんと魔法があるらしい。
実にファンタジーだ。
それに、彼が使っていた【トーマス】というキャラクターはどう見ても日本人ではない。
冬馬という名前は似合わない、彼はそう思った。
「ではトーマス。君の新しい生が素晴らしい物となるように、祝福を」
神のその言葉を最後に冬馬改め、トーマスの意識は暗く沈んでいった。
創造神や一番偉そうな神って、男の神様のイメージがあります