12.豚王と騎士
“自由都市連合第3都市フスハレ”西側に広がる森の中で戦闘が行われていた。
鬱蒼と茂る森の中を駆けるのは――全身甲冑の男。
森の中にもかかわらず、彼は凄まじい速さで走っていた。
走るといっても草木を避けているわけではなかった。少しの障害なら力尽くで突き抜けるのである。
なので彼が通った後、そこには自然が破壊され、明らかな道ができていた。
その後を追う複数の影がいた。
体調は2mを超えており、体型は痩せているとは言えない。むしろ太っていた。
しかしその速度は遅くなく、鎧男についていけるほどには早かった。
影形は人に見える。しかし木漏れ日に照らされたその風貌は、明らかに人ではない――豚の顔だった。
その顔を醜悪に歪めており、男を追うことを楽しんでいる。下品な笑みを浮かべていた。
――その数は5匹。服装は粗末な腰巻、いやボロ布だ。
しかし貧相なその服装とは打って変わり、その手に持つ得物は立派なものだった。
彼等専用なのだろう、明らかに人のサイズではない棍棒が握られていた。
しっかりと削られ、形が整えてある。補強がされており、覆うように鉄板が打ち付けられていた。
何より特徴的なのが冒険者から奪ったのか、ダガーらしきものが棍棒の先から突き出ていた。
――槌矛、そう呼ばれる武器だ。
鎧姿の男、彼は突然立ち止まる。
彼の先――そこは崖だった。
高さはかなりあり、飛び降りることは叶わない。
豚人間達はそれを見て、笑みを深めた。
豚人間はその手に握る物で、鎧男を蹂躙しようとする。
柄で殴りつけ、先端の矛で突き刺し、体を砕き風穴を開けようとした。
――しかし、振りぬいた先。そこには鎧男の姿はなかった。
豚人間達は困惑し、崖の下や周りを見渡す。
――何処へ言ったのか。
不意に、豚人間の1匹に影がさす。
怪訝に思い、見上げた豚人間の顔は――1本の槍に貫かれ、その視界を黒に塗り替えられた。
豚人間を殺した者――それは鎧男だった。
手に長柄の槍を持っており、それを落下と同時に突き刺したのであった。
先程まで鎧男がいた所には、小さいクレーターの様な物があり。彼が空高く飛び上がったのだと分かった。
仲間の一人がやられ、動揺する豚人間達。
しかし慣れているのか、直ぐに立て直し迎撃しようとする。
だが鎧姿の男――トーマスの方が早かった。
手に持った槍の石突き側を持ち、バットをフルスイングするように豚人間たちへ振るう。
背後は崖。人外じみた膂力により、打ち付けられた豚人間達はその一撃により絶命するか、崖に突き落とされ落下死するのだった。
トーマスの怪力と得意な武器の特性による強引な力技であった。
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最初に仕留めた一匹と調子に乗り崖下に突き落とした豚人間達――オークの魔石を回収したトーマスは、一本の大木に背を預け小休憩をしていた。
彼が今いるのは、山脈よりの森。
一般的に“樹海深部”といわれる場所だ。
彼の等級はD級で、あまりこの場所に来るのは好ましくないとされる。
何故かと言うと、単純にオークの親玉――オークキングがいるからである。
オークはD級上がりの冒険者チームが適正とされる。
相手は大抵複数で行動しているのもあるが、やはり武器に力を入れることから判るように、オークという種は大変獰猛で、好戦的。
肉食。つまり人をたべ、他種族の女性を犯す。
欲望に忠実で、下半身と胃袋で生きていると揶揄されることもある。
凶暴で残忍な魔物、それがオークだ。
と言っても、比較的新入りの“D級”の受ける仕事からわかるように。
正直に言えばあまり脅威とはされていない。
女子供の敵だが、定期的に駆除されている。
脅威とされるのは、群れのボスとなる“オークキング”。
群れの数を増やし、力を増やそうとする。その力の向け先はどこなのか、そこはやはり人種と思われる。
だが理性に目覚めるようで、不思議と都市を襲おうとは考えないようだ。
理由としては――戦力の増強が上手くいかない。
キングとは言っても知性はあまり高くないようで、浅部にオーク達を送り返り討ちにされており数が増えないからと言うのが1つ。
もう1つは、“深部“へ行く上級冒険者に定期的に倒されているから。
上記にも書いてあるとおり、戦力差を理解せず返り討ちにされるからだ。
魔物という生物は不思議な生態をしており、体内にある“魔石”と言う器官に魔素を貯めこむのだ。
何より特徴的なのが、ある一定の生物を殺すことにより相手の魔素を吸収し、保持魔素量や魔力を強化するのだ。
それにより、“階位を上がる”と言う現象が起こり戦闘能力が上がる。
なので、魔物のボスなどは格上の魔物や人種族を殺し、階位を上げることによりなったと言われている。
これは階位を上げた後にも起こり、たとえ普通のオークからオークキングへと言った変化がなくとも、戦闘能力は上がっていく。
コレが一番厄介で見た目でわからないので、事故死の危険があるのだ。
上級冒険者が定期的に殺すのも、このような理由があるからだ。
話が長くなったが、要するにD級にはまだ早いということだ。
何事にも例外があるように、トーマスは関係ないのだが。
トーマスが休憩を終え、都市への帰路につこうとしていた時。
森のさらに奥から、戦闘音が聞こえたのであった。
基本的に冒険者の間では、危険な時以外は手助けはしないとされており、更に不用意に近づくのもあまり好ましくはないとされている。
冒険者といっても中にはチンピラや、それで済まないものもいるのだ。
そういう者による、事件や間違いによるトラブルが起きないように、基本的に見捨てる。と言うのが暗黙の了解であった。
トーマスもそれに習い立ち去ろうとするが、不意に頭に朝のランカとの出来事が思い浮かんだ。
“山での仕事”と言っていたが、もしかしたら居るかもしれない。
最近不安に感じることもあり、彼は様子だけでも見ようと奥に足を進めた。
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樹海の奥の奥。山の麓にオークに囲まれた1人の女がいた。
彼女の周りには既に何匹ものオークの死体があった。
しかし周りのオークはまだ数十体はおり、更にその奥には古傷があるオークキングがいる。
彼女の下には、まだ幼い二人の少女がおり、その顔は涙と恐怖でグチャグチャだった。
女は普段は腰に差した1双の曲刀をそれぞれ手に持ち、油断なくオーク達を見据えている。
彼女の名はランカと言い、トーマスの予想通りランカは危機の真っ只中であった。
彼女は山へ向かう途中、オーク達に担がれた少女2人を発見し、救出したのだ。
数が彼女の予想よりも多く、何よりオークキングが居る事が彼女を焦らせていた。
だが、仮にランカを知る者が見てもピンチとは決しても思わないだろう。
――彼女の等級はA級。
彼女1人であっても、この数は余裕であり、オークキングがいたとしてもそれは変わらなかった。
ではなぜピンチなのか。
それはオークキングの古傷である。
その傷は全身の至る所にあり、オークキングの出で立ちを歴戦の猛者に感じさせた。
更にオークキングは2人の冒険者を首根っこを掴むように、その巨大な手で持っていた。
ランカの方を見てニヤニヤと豚顔を歪ませ嗤っている。
おそらくは少女たちを人質に取られたのだろう。そして倒されたのだ。ランカは思った。
実際にそれは間違っておらず、彼ら2人は上級で少女達初級冒険者の講師だった。
等級を上げるためか、経験を積むための依頼か、どっちにしろいい状況ではなかった。
しかしオークキングも無傷というわけではなかった。
古傷にまじり、真新しい傷が何個かあるのだ。
それと冒険者2人は明らかに複数による暴行を受けていた。
オークキング本人が強く、そして配下を強化している。そうランカは予想した。
現にオークキングの周りのオークは少し装備がよく見える。そしてなにより眼が違った。
オークキングが冒険者を掲げるように持ち上げた。
そして周りの目が集まるのを確認すると同時に、手に持つ大剣で冒険者を一刀両断。
周りのオークはそれにより、熱狂し雄叫びを上げる。
反対に少女達は我慢できなくなったのか泣き叫び。ランカは苦々しげに唇を噛んでいた。
さらに配下の士気を上げるにはどうすればいいか、ということが分かる程度の知能はあると。そう思い知らされたのだ。
片方は士気万全と轟々としており、もう片方は泣き叫び、悲鳴を上げる。
絶体絶命かと思われたその時、両者の間に当たる位置。
その横の林から一人の男が現れた。
緑々としている森には似合わない鈍色に輝く全身甲冑。その上から紺色のサーコートを羽織っている。
両者の視線を一心に受け止め、男――トーマスはこう問いかけた。
「――ランカ嬢、大丈夫か?」
それを受け、ランカはホッと顔を綻ばせる。
援軍はたった一人。しかもD級だ、何を馬鹿なと彼を知らぬ人間は言うだろう。
しかし彼女には判るのだ。
今まで手で数える程度しか、一緒に依頼を受けたことはないが。それでも彼の実力は遠くおよばないところにあると。
オークの大軍勢、相対するは少女2人と女1人。
――蹂躙の舞台に一人の騎士が現れた。




