11. 修羅場
この自由都市に来てから、既に一週間が経った。
それでもなお、トーマスは旅に出られずに居た。
彼はペドロに紹介してもらった宿で過ごし、そして朝になればギルドへ仕事に出かける。
コレを毎日繰り返していた。
それほど金に苦労しているのかというと、実はそうではない。
借金は全て返済済みであり、猿達を買う金も用意出来ている。
では何故まだ此処に居るのかというと、それは単純に旅費を稼ぐためであった。
彼は多少飯を食わなくても問題はない体だが、彼にとって食事は娯楽だ。
前世でも食べることが大好きであり、そしてそれは変わっていない。
旅費ーー大部分が食費。を稼ぐためと、そして馬を買うためだ。
彼の中にある漠然とした騎士への憧れ。そして騎士と言ったら馬、そんなことを思うトーマスにとって、旅に馬は欠かせないもだった。
ちなみに馬の世話は驚くほど大変だ。まず食事の量は穀物だけでも10倍は軽く食べる。毛並みを馬櫛で整えなければいけないし、馬小屋も清潔にしなければいけない。
食糧を運ぶだけで、馬がもう1頭必要なくらいだ。実際の正騎士1人に馬は5~6頭必要だったと言われている。
この世界では“空間拡張式収納袋”というものがあり、それにより通常の3倍ほどの荷物が運べる。かなり便利なものに聞こえるが、袋は決して小さいわけではなく、荷鞍ほどの大きさで人が担ぐには少し辛いものがあった。だが馬が担ぐ分には問題はなかった。
つまり、それがあれば馬は2~3頭に抑えることが出来る。
騎士は基本貴族なので金は持っている、なので大半は“袋”を持っているらしい。
まあ、貧乏貴族もいるのだが。
トーマスにはストレージがあるので、馬が何頭も必要なわけではないが、2頭ほど買う予定であった。
そして偽装様に、似た“袋”を買う。
トーマスは、偽装用の荷鞍、馬を2頭。それらを合せた予定資金が集まるまで、此処に留まる予定だった。
「はいよっ。おまち!」
トーマスは宿屋のおばちゃんから、朝食を受け取る。
メニューはスープと黒パン、それに燻製肉だ。この世界で燻製肉は、八割魔物肉である。
豚に近い食感のこれは、オーク肉であった。
この世界では、魔物を食うことに忌避などはなく。住民のオークに対する認識は、少し凶暴な家畜程度である。
ごちそうさま、総おばちゃんに告げ、トーマスは宿を出る。
その日の天気は快晴であり、今日もしっかり働くか、とトーマスに意気込ませた。
その姿は、地球時代のサラリーマンと変わりがなかった。
▼▼▼
重い扉を開け、中に入るトーマス。しかし、中から放たれる熱気に、兜の中で顔を顰めた。
朝のギルドはかなり混んでおり、その混み様は、満員電車に負けず劣らずという程だ。
トーマスはその人混みの中、此処一週間で見知った顔を見かける。
露出の多い格好、艷やかに光る褐色肌。オレンジ色の髪を肩で切りそろえた女性。
顔は整っており、目が少し吊り上がっているのが、彼女をキツく見せている。
その有り様は気の強そうな姉さんーーランカであった。
「ランカ嬢。貴方は今日、何を受けるんだ?」
トーマスは気軽に声をかける。トーマスは彼女と2人で何回も依頼をこなしており、かなり仲が良くなっていた。
「んあ?ああ、あんたか。私は採取依頼でも受けようかとね」
ランカは朝に弱い。大抵今のように眠そうにしている。
しかし、依頼になればすぐさま眠気は吹き飛び、一瞬で人が変わる。その変わり様に、トーマスは何度も驚かされていた。
「採取依頼? 貴女が?」
「おっと採取だからって舐めちゃいけないよ。なんたって“山”での依頼だからね」
ランカが一部に含みをもたせながら言う。彼女の言う“山”とはトーマスが居る都市の西側に広がる森、更にその奥へ行くとある山脈のことだ。
ここは“自由都市”と言っているが、正式には自由都市連合の中の“フスハレ”と言う都市である。
自由都市連合の中で唯一の港がある。自由都市で言われる、“三大都市”の中の一つだ。
ここが厄介な土地で、西側に“ハンブルグ”と言う都市がある。そことの間に樹海と山脈が横たわっており、道を抜けるのが難しくなっている。
更に樹海は山に近付く程魔物は強くなっていく。危険な場所だ。
ランカのランクはA級。彼女は何時も討伐を受けており、採取を受けた所を見たことがないトーマスは、山の依頼と聞き納得する。
「なるほど。1人で大丈夫か?」
「ハハハ!別に今は“山”もおとなしい時期だし、唯の採取さ、心配はいらないよ」
「そうか?まあ、ならいいのだが」
「私の心配するのもあんたぐらいだよ」
ランカはそう言い笑う。
彼女はA級ということもあり、あまり人に心配されることがなかった。なのでトーマスの反応は新鮮なものがあり、同時に少し気恥ずかしく感じていた。
しかしトーマス自身、この世界では何があるかわからず、用心に越したことはないと思っており、更にその不安は最近彼を悩ましている。
BH――Beast Huntには、DLCというのがあった。
DLC――ダウンロードコンテンツとは、ネットからダウンロード出来る、追加のコンテンツだ。
追加されたステージは全てで3つ。
設定は全て“時ごと凍らせ封じ込められていた過去の英雄たちが、悪神の力により封印が解かれ甦る”というものだ。
悪神という繋がりが、彼を一層不安にしていた。
何より、その英雄が来るのならば大変なことになる。そうトーマスは確信している。
なぜなら、ステータスにおいて彼等はプレイヤーの域を超えているからだ。
プレイヤーの誰もが到達し得なかったカンストという壁。彼等はそれを超えた所に居る。
トーマスから見れば、彼等が真の英雄だった。
トーマスは杞憂だと自分に言い聞かせる。ゲーム時代何度も戦っている。大丈夫だ、と。
「トーマス?おーいトーマス!大丈夫か?」
「ん?あ、ああ。大丈夫だランカ嬢。依頼に行くのか?」
「ああ、私はもう行くよ。ぼーっとしてたよ?大丈夫かい?」
ーーすこし長く考えすぎていたらしい。
「ああ、すこし考え事をな。依頼、頑張ってくれ」
「言われなくてもね!じゃあ、私はお先に行くよ」
そういい、手を振りながらギルドを出て行くランカを。彼女が見えなくなるまで、トーマスは手を振り返す。
トーマスは気を切り替え、討伐依頼でも受けようと、依頼書のところへ向かう。
ーー今日の肉はオークであったし、とりあえずオークでも狩るか。
そう思ったトーマスは、オークの依頼書を手に取り、いつもの受付嬢の所へ行く。
「ジアーナ嬢、今日も宜しく頼む」
「はい、オークの討伐ですね。ギルドタグを見せてください」
トーマスがいつもお世話になっている受付嬢。名前はジアーナ・クニーナといった。
長く伸ばした金髪、透き通るように白い肌、宝石のように綺麗な青い目をしていて、見事なモデル体型をしている。
しかし年齢は20代後半。要するに行き遅れだった……。まあこの世界における行き遅れなのだが。
「トーマス様?」
その問いかけにトーマスは、ハッ、としてジアーナの方を見る。彼女は見惚れるほどの笑顔をトーマスへ向けていた。
しかし、その笑顔にはいいえもしれぬ迫力を感じさせ、トーマスの肌に鳥肌をたたせた。
「依頼をご確認しました。ギルドタグをお返ししますね」
「は、はい」
トーマスは、思わず敬語になる。
しかしこの数多い受付嬢の中で、トーマスがジアーナにばかり受付を頼むのかというと。
実際の所、容姿が彼の好みどまんなかだからであった。
「そういえばトーマス様。旅に出るということでしたが、いつごろ御出立になられるのですか?」
渡すついでにジアーナが手を握ってくる。
「そ、そうだな。あと数日で資金がたまるので、1週間後には街を出ているだろう」
「そうですか……」
ジアーナは、その答えに目を伏せ、沈痛そうな表情を浮かべる。
も、もしかして……もしかあるのか? トーマスはそう思い、唾を飲み込んだ。
「ジアーナじょ――」
「――シショー!」
その時、トーマスのの言葉を遮り、彼が聞き慣れた甲高い声が背後から響く。
トーマスが背後へ振り返ると、そこにはヘルフ達4人組――ゾフィがいた。
「チッ」
振り返る間際、トーマスの背後から舌打ちが聞こえる。
トーマスが恐る恐る振り返るが、そこのは変わらずに笑顔を浮かべるジアーナが居るだけだった。
ーー一体誰が舌打ちしたのか。トーマスはそう思うが、すぐに考えるのを中断させられる。
「――シショー、オーク受けるの?どうせなら一緒に受けようよー」
ゾフィが元気いっぱいに、そう問いかける。しかし数分遅かった。
トーマスは既に依頼を受けてしまっており、その依頼を放り出すというのは些かどうかと思われたからだ。
「――いや今日は遠慮させてもらう。もう依頼を受けてしまったしな」
「えー!そんな―!」
「ゾフィ、師匠も困ってますから。諦めましょ?」
なおも食い付こうとするが、ヨーゼロッテに宥められ、渋々諦める。
「まあ、そういうことだ。私は依頼に行かせてもらう」
「御無事を祈っています」
依頼に向かおうとするトーマスを、ジアーナは笑顔で送り出す。
その一言は彼女が冒険者を送り出すとき欠かさないもので、トーマスもコレを目当てに並んでいた。
何故かトーマスの視線は、彼女の胸に固定されていたが。
「師匠……」
彼の下品な心を読んだのか、ヨ―ゼロッテの機嫌が悪くなる。
ゾフィも頬を膨らませ、拗ねた顔をしていた。
「ゾ、ゾフィ嬢たちも、私は行かせてもらうよ。さらばだ!」
トーマスは話を打ち切り、逃げるようにギルドを出る。トーマスの背中には2人の視線がひしひしと感じられ、トーマスは気まずい気持ちになった。
出る瞬間、トーマスは好奇心に負け背後を振り返る。カウンターでは3人が睨み合っていた。
そして早々に逃げたヘルフとヨルンが依頼版に居るのが見え、トーマスは恨めしい目を向けることとなる。
その視線に背筋が冷たくなる2人であった。




