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7.勇者の特殊能力解放

「あんたが、俺らと?」


 樹が念を押すと、美女は先刻とは打って変わった妖艶な笑みを浮かべた。


「そう。戦力は多いほうがいいでしょう? 見たところ、あなた達には、後方からの攻撃が出来る人が少なそうだし」


 樹はくるり、と仲間の三人を見た。

 確かに、後方攻撃が出来るのは、トーリしかいない。


「分かった。――いいよな、アレク」


 是非を求められた金髪の正騎士は、少し困った顔をしてみせたものの、肩を竦めて同意した。

 トーリは、いつもの通りのポーカーフェイス。唯一、エステルが藍色の目を三角にしていたが、異議は口にしなかった。

 三人の態度を是と受け取ったレン族の女弓使いが、すっ、と樹に手を差し出して来た。


「私はグレイス。よろしくね」


 樹は、自分とおっつかっつの長身のグレイスの、長い手指を握った。


「俺はタツキ。で、こっちの正騎士がアレク。白いワンピースの()が、巫女のエステル。黒ずくめの、あんたと同じくらいの背の人が――」


「古代呪術研究者の、トーリです」


 樹が紹介する前に自分から名乗ったトーリに、グレイスは「やはりね」と頷いた。


「噂には聞いているわ。古代呪術の使い手が居るのは、本当に有難いわ。――じゃ、行きましょうか」


 なめし革職人の親父は、いつの間にか店をほっぽり出して妖魔退治に出て行ってしまっていた。

 樹達は、店の外へ出ると、これから黒森へ行くという若い衆の後について走った。


 ******


 黒森は、その名の通りこんもりと茂った濃い緑の葉を持つ木々が密集していた。

 クロマツやミズキ、タブノキなど、幹も太い大木が、動物の格好の隠れ家にもなっているようだ。

 樹達が着いた時には、既に村人や冒険者らと妖魔が入り乱れて戦っていた。

 ゴブリンが持っている武器は、ほとんどが人間から盗んだ、錆びたショートソードである。

 妖魔は斬るわけではなく、バカ力で武器を振り回し、当たって気絶した人間に素早く飛び掛かって、鋭い爪で引き裂くのだ。


「くそっ。松明持ってちゃあ、妖魔(やつら)の攻撃を防げねえっ!!」


 なめし革職人の親父が、戦斧でゴブリンの爪を辛うじて止めながら愚痴る。


「――ナダエの名の元に発する。聖光(ホーリーライト)」エステルが外套の内側から巫女の杖を出すと、神聖魔法を唱えた。


 一度に五個の光球が、エステルの杖の先から飛び出す。光球の大きさは、猫の頭ほど。

 しかし、村人が持つ松明よりもはるかに明るく森を照らす。


「おおっ。こいつは助かるぜっ!!」


 村人達は松明を消すと、ゴブリンの攻撃を防ぐため、それぞれショートソードや背に背負っていた円盾を下ろした。

 逆に、聖なる光に怯えたのか、ゴブリンが森の奥へと撤退し始める。


「どうする? 追うか?」樹は親父に訊いた。


「おうよっ。ここで始末しとかにゃあ、奴ら明日の晩には二倍に増えるぜ」


「えっ? そんなことが……?」


 狩り損なった妖魔が、まさか分裂するとでもいうのか?

 尋ねようと樹が口を開き掛けた時には、もう親父は森の奥へ突進していた。


「こちらも行くしかなさそうだ」アレクが、抜き身のロングソードを持って走り出した。


「援護します」トーリは、例によってまた意味が分からない古代呪術の呪文を唱え始める。


 アレクよりやや遅れて駆け出した樹の隣に、グレイスが来た。


「木の陰にいるわ。こちらを窺っている」


 エステルが、再び聖光を作り出し、木陰を照らした。

 途端。

 一匹のゴブリンが樹に向かって跳躍して来た。手にした錆びた戦斧が、樹の顔面を狙う。

 盾を持っていない樹は、身体を反転させ避けようとした。と、そこへなめし革職人の親父が割って入って来た。


 がきぃんっ!! という、金属と金属が激しくぶつかり合う音がした。

 親父は、自分の戦斧の腹で、ゴブリンの斧を抑えてくれた。


「親父さんっ!?」渾身の力で妖魔の攻撃に耐えている職人を、驚愕して見上げる。


 仕事で鍛え上げた太い腕が、だが今にもゴブリンの力に圧し潰されそうになっていた。


「いっ、今のうちにっ 離れなっ!!」


 親父は、樹のことを本当に剣士見習いの若造だと思っているのだろう。

 こんなところで深手を負わすようなわけには、行かないと。

 親父の好意は有難い。だが、樹は勇者だ。

 一匹でも多く妖魔を倒して腕を上げ、自身の武器を手に入れなければならない。


「……わりい」


 心から親父に詫びると、樹は親父の腕の隙間から、ゴブリンの喉を刺し貫いた。

 そのまま剣を引かずに、妖魔を投げ飛ばす。

 投げられた時に喉が完全に裂けたゴブリンは、黒い血を撒き散らしながらクロマツの大木に激突した。


「なんちゅー、バカ力だ」


 あんぐり口を開けた親父を見下ろして、樹が息を吐いた時。

 背後からグレイスの矢が飛んで行った。

 矢は、タブノキの上方に居た妖魔を、見事に射抜いている。


「キラーバットっ」革職人の親父の隣で戦っていた村の男が、グレイスが射落とした妖魔を見て叫んだ。


「血の臭いを嗅ぎつけやがったなっ」


「まずいぞ。あいつらは数が多い。ゴブリンの比じゃねえ」


 騒ぐ村の男達に、トーリの、低いが良く通る声が命じた。


「その辺りの方々、もっとこちらへ下がって下さい。――重力波が通ります」


 先程から呪文を唱えていたのが完成したしたことを告げたトーリに、男達は慌てて引き下がった。

 奥の方のゴブリンを追い回していた樹も、トーリの声に気付いて、急いで彼女のところへ引き返す。

 樹が、自分達に恐れをなして逃げたと思い込んだらしいゴブリン共が、十数匹、一斉に大木の陰から出て来た。


 トーリが、掌を合わせ両腕を前へ突き出した。

 前回樹が見た時と同じく、すっ、と手を開く。と、周囲の空気から景色まで、何もかもを歪める《なにか》が、トーリの手から飛び出した。


《なにか》は、放射状に広がっていく。気付かぬままに触れた妖魔達は、あっという間に身体が押し潰され、あるいは奇妙に捻じれ、また幾筋もの波型の線に刻まれてばらばらになる。

 更に《なにか》は樹上の葉陰に見え隠れしていたキラーバットの群れをも斬り裂いた。

 ばたばたと黒い空から落ちて来る妖魔の羽や肉片を、エステルが神聖魔法の結界を張り人間達に掛からないようにする。

 明るい神聖魔法の光球に黒く光る、夥しい数の妖魔の死骸の雨に、村人は声も無くただ見詰めている。


「す……、凄いな……」革職人の親父が、ややあって呟いた。


 トーリの古代魔術の威力に度肝を抜かれたのは、村人だけではない。

 一度目のあたりにしている樹さえ、今回の術は強力だと思った。


 ――一体、トーリはどれ程の呪力を使えるのだろう。


 トーリの呪力に気を取られている間に、ゴブリンが、樹とアレクの背後で突然奇声を上げた。

 錆びた武器を振りかざして来た数匹のゴブリンを、樹とアレクは寸でで躱す。

 躱したついでに、アレクは一匹のゴブリンに足払いを掛けた。よろけたゴブリンを、丁度眼前に転がって来た革職人の親父が仕留めた。

 一方、樹はどこで拾ったのか、新品のロングソードを振り翳した一匹を相手にしていた。ロングソードだけでなく、円形の盾も装備している。

 体格も、他のゴブリンより一回りは大きい。


 察するに、こいつがゴブリンのボスだろう。

 学生の頃、相手のトップと拳の挨拶はよくやった。

 久々のタイマン勝負に、樹は背がかあっ、と熱くなった。


 思い切って踏み込む。と、ボスゴブリンは樹の一撃を見事に盾で受け流した。

 打撃を受け流された樹は、間合いを取り直そうと後ろへ下がる。


「不味いっ!!」という警告と同時に、アレクが樹の鎧の後ろ首を掴んで引っ張った。


 下げられた樹の居た場所に、ゴブリンの唾が飛んで来た。

 黒い唾液は草の葉の上に落ちると、ジュウっ、という嫌な音を立てて葉を溶かした。


 意外な現象に目を丸くした樹に、「下っ端の妖魔(ゴブリン)とボスクラスになるホブゴブリンとじゃあ、毒の強さが違う。ホブゴブリンのような強い妖魔の体液は、大体強力な毒を含んでいる。少し掛かっただけでも手や足が爛れ、最悪の場合、身体に穴が開いたりする」


「あ? 下痢だけじゃすまねえの?」


「食べたら、舌が溶けるぞ」


 アレクが説明している間に、ホブゴブリンがまた唾を飛ばして来た。

 二人は再度毒を躱し、剣を構え直す。


「ホブゴブリンにうっかり噛まれたりするなよ。喰い付かれたらすぐに神聖魔法で清めないと、噛み傷からすぐに腐るぞ」


 樹は、ホブゴブリンにあちこち噛まれて、ボロボロに腐る自分を想像して、ぶるっ、と身震いする。


「……噛まれなきゃいいんだろっ、噛まれなきゃ」


 気合いを入れ直した時。

 右横奥の木陰に隠れていたゴブリンに斬り掛かられた。

 不意打ちに慌てて、樹はうっかりホブゴブリンの方へ近付いてしまった。

 途端。一万ボルトの電流が、左腕に落ちた気がした。振り向くと、ホブゴブリンが樹の左腕に噛み付いていた。


「あっ!! つうっ!!」


 剣を取り落とし、動けなくなった樹の首に喰い付こうとしていたホブゴブリンは、次の瞬間、仕留める筈だった獲物の剣に胸を刺し貫かれた。


「そうは、いくかってのっ!!」


 妖魔の強力な毒を受けてなお動ける樹に、見ていた村人達が驚愕の表情になる。

 耳をつんざく悲鳴を上げて倒れたホブゴブリンから、樹は無造作に剣を引き抜いた。

 妖魔の傷口からシャワーのように溢れ出た黒い血を胸元にまで浴びてしまった。が、痛くも痒くも無い。


 離れた場所で神聖魔法を使っていたエステルが、血相を変えて樹の元へ走って来た。


「何、どした?」


「じゃ、ありませんっ」星の女神の巫女は、まず清めの魔法を樹に施すと、腕を掴み、大木の陰へと回った。


 樹は、訝しそうに自分達を見ている村の男衆を気にしながら、エステルの成すがままに引っ張られる。


「手を、出して下さいっ」


 樹は、剣を持っていた手を差し出す。と「そっちじゃありませんっ」ともろにエステルに怒られる。

 それでようやく、彼女が知りたがっている事柄に気が付いた。

 左手の甲を見せる。と、一行、オレンジ色の文字が浮かんでいた。


『――勇者オプション《妖魔の毒二十%無効》が開放されました』


「うっそ。じゃ俺、妖魔の毒、平気なんだ」


「全部じゃありませんっ。に……、二十%ですっ。ボスゴブリン以上に強い妖魔の毒には、まだ危険がありますっ」


「おーいっ、木陰でいちゃついてる二人―っ!!」アレクの声がした。


 エステルは、ウサギか? という速さで飛び出して行った。

 これが脱兎の如くってヤツか、と思いながら、巫女の後を、樹は追う。


「いっ……、いっ、いちゃついてるなんてっ!! わた……、私は、巫女ですっ。そんなふしだらなことはっ」


 真っ赤になって抗議する愛らしい少女に、アレクはげらげらと笑う。


「ふしだらって。いいじゃないか、恋愛くらい。神々に仕える巫女も神官も、家庭を持ってはいけないなんて戒律は無いんだから」


「でっ、でも」エステルは両手の拳を上下に振る。


 その動きが、余計おもちゃの人形っぽくなって、樹もトーリも、グレイスまでもが吹き出してしまった。


 まだ笑いの残る声で、アレクが樹に言った。


「そんなことより、タツキ、革屋の親父さん達が話があるって」

どうもまだ、樹が弱っちいのであんまり活躍してません。

地道に上がっていくと思いますが・・・

地道に書いて行きます(汗)

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