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6.思惑

 樹達が初めてのオーク退治に苦心していた頃。

 彼らを早々に追い出したエジン王国王都アーケンの総合大神殿では、各神殿の代表者が大神官アーガリルの執務室に集まっていた。


「本当に、よかったのでしょうか……?」水神の神官ホーレスが、不安気に大神官を見る。

「この大事に勇者さまを早々に王都よりお出しして。しかも、供も僅か三人で……」


「テテラのご宣託です、間違いはありません。……事はもう、始まってしまっています。決めた通りに進めるほかはありません」


「それは、分かっております。しかし……」


 アーガリルは、執務机から立ち上がった。決意とは反対に、心は不安で一杯である。

 テテラの予言は絶対。

 しかし今回ばかりは、絶対の予言が外れて欲しいと願わずにはいられない。


 千年王国と呼ばれ、長く穏便に王が世代を重ねてきたエジンに、魔王の配下が降り立つという。

 配下の名はバルム。魔王の右腕とも言われる、強大な魔力を持った妖魔である。

 上位の妖魔はこの世界に現れる時、本来の姿では現れない。人間の意識に憑依し、支配する。

 テテラの予言では、バルムが王族の誰かに憑依し、エジンを王都から破壊するという。


「バルムの憑り代となる人物が誰なのか、せめて分かれば……」ホーレスが、弱々しく呟く。


「分かったところで、どうするのです? 仮に、勇者さまがご自分の武器を手に入れるまでその人物を神聖魔法で封じたとしても、バルムはまた別の人物を選ぶでしょう」


「しかし、大神官さま」空気(エア)と風の神の巫女サヤナがアーガリルに詰め寄る。


「テテラのご宣託に異議を申し立てる積りは、毛頭ございません。ですが、王都と王城に、各神殿の神官、巫女が、不浄な魔力(ちから)が入り込まないよう幾重にも張り巡らせて来た神聖結界をかいくぐり、バルムがその内側に現れるなど、わたくしにはどうしても納得ができません」


「手引きをする者が誰かは、分かっている、とのことです」


 アーガリルの言葉に、一同が騒然となる。


「それは一体……?」


「まさか、神々に仕える者の中に、そのような不届き者が?」


「各神殿の者に限ってそのようなことは……」


 口々に不安や不信を発する神官や巫女達に、アーガリルは「静まりなさい」と、厳しく言った。


「手引きをする者は、神殿の関係者ではありません。王の信頼の厚い人物であり、神々や神聖魔法にも精通していらっしゃいます」


「そのような人物と言えば……」ホーレスが額に手を当てる。次に、はっとした様子で顔を上げた。


「まっ、まさか、ラスパポケット伯が……?」


 アーガリルは、大きく頷いた。


「しっ、しかし、何故? ――確かに、ラスパポケット伯は、多数居られる貴族方の中でも、先住民メラニアンの血統をお持ちの、特殊なお家柄ですが……。だからといって、どうしてエジンを乱すようなことを?」


「分かりません」と、アーガリルは俯き首を振った。


 実際、大神官であるアーガリルにも、王城内の貴族達の細かな軋轢の噂は、中々入って来ない。

 神殿と王城は互いに独立した存在であり、干渉し合わない、という、古来からの慣例のせいもある。

 だが、今回ばかりはそうも言ってはいられない。事は、エジン国の存亡が掛かっている。

 バルムのような強大な妖魔が王都を壊滅させれば、エジン国は瞬く間に魔王によって滅ぼされてしまうだろう。


「しかし、それが事実ならば妙です」


 大海神アガディの神官にして正騎士隊の副隊長でもあるウォルフテッド・テオニス・シュバルツドルンが、一歩前へ出た。

 正騎士でありながら神官も勤めるという、珍しい存在であるウォルフテッド卿は、他の神官が皆白い長衣を纏う中、一人だけ正騎士の銀の鎧を身に着けている。

 今年で二十四歳。

 家柄は子爵と低いが、剣の腕前はアレクを凌ぐ。強い魔力をも持ち合わせていたために、大海神の神官となった。

 武力の神でもある大海神には例外的に、正騎士と神官を兼任する者が出る。

 神殿の決まりで、大神官の執務室に剣は持ち込めないので剣帯は外している。

 プラチナブロンドを背の中程まで伸ばし、頭の後ろで結んだところに大海神アガディの文様の入った髪留めをしている以外、神官であるとは見えない。


 若い巫女達が夢中になる甘い美貌を曇らせ、ウォルフテッド卿は言った。


「ラスパポケット伯には、エゼルバルト陛下に謀反する理由がありません。むしろ、陛下に不平を抱く方々を窘められていたくらいです。なのに」


「噂が、あります」テテラの巫女シーラが、意を決したように顔を上げた。


「ラスパポケット伯は、反エゼルバルト陛下派に、何らかの弱みを握られた、と」


「それは、何処からの情報ですか?」ホーレスが、詰問するように若い巫女を睨んだ。


 シーラは、エステルとさほど歳は変わらない。が予言の女神の巫女というだけあって、他を圧する風格がある。

 出自が王家に連なる侯爵家、というのもあるだろう。

 それだけに、アーガリルがどうして、自分の次の大神官をシーラではなく孤児であるエステルに、というのが、大方の巫女や神官達の疑問だった。


 ホーレスの青い瞳に凝視されても少しも動じる気配も見せず、シーラは答えた。


「さる高貴な方にお側仕えする者、とだけ、申し上げておきます。もし、わたくしにラスパポケット伯の現状を伝えたと知れれば、その者の命が狙われるやもしれませんので」


 アーガリルは「尤もです」と頷いてみせる。


「して、ラスパポケット伯の弱み、とは?」


 シーラは深紫の瞳をひた、と大神官に向けたまま、落ち着いた声で答えた。


「ご嫡子ガレスト様が、原因不明の眠り病になられているということです」


「それは……!!」一同が、また騒然となる。


 アーガリルも、予測していなかった話に、動揺した。


「それならば何故、トーリ……令嬢を、勇者の供に付けたのでしょう?」


 同じように驚いているサヤナが、アーガリルの考えていたことを口に出した。


「勇者の監視、もしくは、暗殺」物騒な意見を口にしたのは、ウォルフテッド卿である。


 武人らしい推測だ。しかも、的を射ている。アーガリルは、今更ながら樹にエステルを同行させたのを後悔した。

 もし、ウォルフテッド卿の言葉が現実となれば、間違いなくエステルもその戦闘に巻き込まれる。

 もう一人の戦力、アレクがある程度防いでくれると信じるしかない。

 もしくは、勇者タツキが、驚異的な早さで成長してくれれば、トーリも暗殺など難しくなるだろう。


「……いいえ、そもそも、ラスパポケット令嬢が、勇者を暗殺するかどうか……」


 アーガリルの、期待を込めつい呟いた言葉に、気付いたウォルフテッド卿が、はっとした顔で膝を付いた。


「申し訳ございません、大神官さま。軽率な発言を致しました」


「ああ……、いいえ。卿のせいではありません」と、アーガリルは、混乱する思考を立て直そうと、深く息を吸った。


「そう……。こうなったら、あらゆる可能性を視野に置いておかなければいけないのかもしれません。事と次第によっては、神殿が王城の貴族様方にも関与せねばならないかも」


 ウォルフテッド卿、と、アーガリルは、唯一王城に何の不信も抱かれることなく出入り出来る、アガティ神の神官を呼んだ。


 顔を上げたウォルフテッド卿に、「なるべく、王城の動向に注意して下さい。どんな小さなことでも、気になった事柄があったなら、私かシーラに伝えて下さい」


「畏まりました」


「ホーレス神官」


 急にアーガリルに名を呼ばれて、ホーレス神官ははっとした表情で大神官を見た。


「街での布教の時、王城の噂が出ていないか、若い神官達に注意させて下さい。王城の下働きの者達は噂好きです。やくたいもないものも多いでしょうが、なるべく耳を貸すように、と」


「承りました」ホーレス神官は、尊敬する年配の女性大神官に、恭しく膝を折った。


 ******


 一方、武器探しの旅の途中の勇者樹の一行は。

 ミーナ村からアレッサ村までの道では、妖魔に出くわすことはなかった。


「やっぱ、今朝のオークはただの迷子だったんかな?」


 たった今仕留めたばかりのネルトーの皮と肉を専用の袋に詰め、樹はぽつりと呟く。

 隣で荷を背負い直していたトーリが「の、ようですね」と賛同した。


 前半三時間の道中で狩ったのは、野ウサギが四匹、ネルトーが二匹。いずれもアレクが見事に身と皮を捌いて処理した。

 途中、余分に一匹狩ったラディアルという、カモシカよりも小さいシカのような動物は、すぐに四人分の昼食になった。


「ラディアルはネルトーや野ウサギより肉が固いので、あまり宿屋や肉屋に好まれないんだ。毛皮は、冬の鎧の中に着る暖房ベストとして人気はあるが」


 アレクの説明通り、切り分けて串焼きにしたラディアルの肉は、筋肉質で結構噛みごたえがあった。


「味はまあまあだけどな」樹の感想に、エステルが頷く。


「貧しい山の住人は、ネルトーや野ウサギは金銭に替えて、自分達はラディアルを主食にしています」


 そうなんだ、という樹の感想に、なぜかトーリがちらりと睨んだ。


 アレッサ村に着いたのは、もう陽がかなり西に傾いた頃だった。

 この村にはなめし革の専門の職人が居る。店仕舞いをしてしまう前に、と、アレクは樹を急き立てて職人の家へ急いだ。

 簡素な丸太小屋のような、看板も出ていない店へ入る。と、先客が居た。

 今は夏なのだろうが、日本よりもはるかに涼しいエジン国で、袖無しのスウェットTシャツに七分丈のスパッツを履いている。

 女性らしいシルエットがくっきりと出ている服装に、樹は自然とあらぬところに目が行く。

 大きめの胸を覆う皮の胸当ては左側だけのものを着用している。背に背負った矢筒と肩に掛けたショートボウも年季が入っており、かなりの腕前の弓使いだと察せられた。

 トーリも背が高いが、彼女はもう頭半分ほど大きい。地球ならば、間違いなく超一流のモデルか、ミス・ユニバースチャンピオンだろう。

 しかし、超美人に対して樹が一番驚いているのは、その美貌ではなかった。

 彼女の、腰過ぎまである白髪の頭部には、長い耳が二本、乗っているのだ。


「……ウサギ族?」疑問をそのまま口に出した樹の脇腹を、アレクの肘が思い切り突いた。


 ミス・ユニバチャンピオンが、こちらを向く。指無しの皮手袋にネルトーの毛皮三枚を握ったまま、赤い瞳で樹を睨んだ。


「私はレン族。こういう姿なので、あなたみたいなものの分からない人々は時々、勘違いをするけれど、そこら辺の野ウサギと一緒にされるのは非常に不愉快だわね」


「あ……、えーと……」完全に機嫌を損ねたらしい。


 トーリの声ほど低くはないが、妙に腹に響くハスキーボイスで苦言を呈され、樹は謝ればよいのか、と、完全に迷う。

 と。

 いきなりアレクに後ろ首を掴まれ、無理矢理頭を下げさせられた。


「済まない。失礼をした。何せ剣士見習い(こいつ)は、エジンでも北方のド田舎の出で、高貴なレン族の方になぞ、ついぞお目に掛かったことなぞなかったので」


「ふうん」レン族の女弓使いは、血のように赤い目をやや和ませ、やっとアレクに放して貰い首を上げた樹の顔をじっと見た。


「……ん?」


 樹は、女の赤い瞳を見ているうちに、瞳に吸い込まれていくような錯覚を覚える。

 周囲の景色が薄くなる中、逆に故郷――こちらの人間がアルシオン異界と呼ぶ、地球のことを鮮明に思い出していく。

 愛息とのこと、妻のこと、借金のこと……。

 突然、誰かがぎゅっ、と樹の手首を握った。やや痛みすら感じる程に握られて、樹の意識が現実に戻る。


 樹を地球の思い出から引き戻したのは、エステルだった。


「読心術です。気を付けて下さい」相手に聞こえないごく小さな声で、エステルは樹に注意した。


「……ま、いいでしょう」レン族の女弓使いは、謎めいた笑みを浮かべ、樹達にカウンターを譲った。


 その直後。


「黒森の近くに妖魔が出たぞっ!!」


 表で男達の騒ぐ声が聞こえて来た。


「くっそっ。何だってこんな時期にっ!!」なめし革職人の親父は、前掛けを乱暴に外すと、舌打ちしながら店の奥の壁に掛けてある戦斧を取り上げた。


「悪いが今日はこれで店仕舞いだ。これから妖魔退治に出にゃならん。明日また来てくれ」


「ちょい待てって」樹は親父に言った。


「妖魔退治なら、俺ら剣士の仕事だし。……そりゃどれくらいの数の妖魔が出てっか分からないから、全部引き受けますって訳にはいかねえけどだけど。

 ここはひとつ親父さん、ちょっとだけ俺らに時間くれないか?」


「……あんたらも、妖魔退治に参加するっていうのかい?」


 頷く樹に、なめし革職人はふうむ、と唸った。


「何時までも持ってっと、痛んで来るだろうし。荷物は少しでも軽いほうが戦い易いし」


「分かった。そう言うなら、あんたらの持ち込んだ品を買い取ってから行こう」


 やりっ、と小さく快哉して、樹はネルトーの皮五枚を親父に見せた。親父は傷が無いか確かめると、相場の値で買ってくれた。


「粘り勝ちっ!!」ガッツポーズを決める樹に、アレクは大笑いをし、エステルは大きな溜息をついた。


「けりがついたところで、出掛けましょう。妖魔が村に迫っていたら危険ですし」相変わらず平然としているトーリの言葉で、樹達は少し慌てた。


「そうだったっ!!」樹は袋を背負い直す。


「出るか」


 アレクが店の入口へ歩き掛けた時。


「じゃあ、私もあなた達パーティに入れてもらうわ」


 レン族の女弓使いの言葉に、樹達は驚いて、一斉に彼女を見た。

カメというよりカタツムリなスピードになっておりますが、書いております!

またまたナイスバディな女性が出てくるという、林史上、無かった展開!!

・・・そろそろおっさんが恋しくなったりして^^;;

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