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4.初モンスター退治

 草原での戦利品を持ってミーナ村に到着した時には、既に陽は西にかなり傾いていた。

 アレクは村人を捕まえて、行商人が来ているかを聞く。

 丁度宿に居ると教えられ、そのまま樹達を引き連れて宿へと入った。


 宿のカウンター脇で、もうそろそろ店仕舞いというところに大物を持って来られた中年の小太りな行商人は、結構驚いていたが、それでもそこは商売。

 オオカミとネルトーの毛皮を丹念に調べ、アレクの言っていた値でほぼ買い取ってくれた。

 肉は、宿の親父が骨ごと買った。

 樹が考えていたのとは反対に、この世界の人間はオオカミを調理して食べるのが当たり前のようだ。

 ネルトーとオオカミは、野ウサギと一緒に、宿の調理場に運ばれた。

 行商人が、毛皮に傷を付けるな、と心配していたが、手慣れた宿の親父は、へいへい、と生返事をした。


「オオカミの毛皮が商品手形十枚、ネルトーが商品手形八枚。野ウサギが二羽で銅貨四十枚、と」


「肉は宿代、ですかね?」トーリが宿の女将に振ると、女将は笑って「そうですね」と言った。


「お部屋は四人部屋でよろしいですか?」


「私は構わないが。エステルは?」


 星の女神の巫女は、振り向いた金の瞳に意を決したように「だっ、大丈夫ですっ」と返事した。


「……無理なら二部屋取るが?」


「いっ、いいえっ。これもっ、訓練ですのでっ」


 ――何の訓練?


 樹は内心で首を捻る。

 というか、樹達は四人だが、男二人に女二人だ。樹の感覚なら、男女別々で二部屋じゃないのか、と思う。


 そこをアレクに言うと、「エジン国じゃあ、旅人は相部屋が当たり前だ。それは、男であっても女であってもな。まして、我らは一グループだ。同じ部屋に泊まるのは当たり前だ」


「エジンじゃなくてもそうですよ」と、トーリ。


「グループの人数が多ければ別ですが、四人ほどなら一部屋でなければお金が掛かって無駄です」


「けど、女の子は男が居たら、着替えなんか、嫌じゃねえの?」


「見られない方法はありますので」


 樹がトーリと話している間に、アレクは女将から部屋の鍵を預かっていた。

 先に二階の部屋へと上がりながら、「王子や王女じゃないんだから。まして冒険者ならば、自分の身は自分で守る」と、誰に言うでもなく言った。


 樹は、つまり、トーリとエステルに悪さなんぞしようとしたら、結構痛い目に遭う、ということか、と、肝に銘じる。


「可愛いお嬢さんばかりだから、お客さん、大変ですね」女将に揶揄われて、樹は不覚にも頬が熱くなった。


 ******


 女将に揶揄われたが、実際はそれどころではなかった。

 夕食を済ませ部屋へ戻った樹は、自分の荷物を寝台脇のチェストへ仕舞った途端、どっと寝台に倒れてしまった。

 何時靴を脱いだのか、革の鎧を外したのかも全く覚えていない。

 気が付いたら朝だった。

 昨日一日で自分の周囲ががらりと変わり、おまけに久々の格闘まで行った疲れは、たとえ肉体が若返っても、樹の身体に多大な疲労をもたらした。

 おかげで。


「タツキ」目の据わったアレクは、昨日までの『殿』が消えて、起きた途端に呼び捨てだった。


「おまえのバカでかいイビキで、こっちは一睡も出来なかったぞっ!! どうしてくるれっ!!」


 樹は、自分でもイビキの自覚があったので、「悪い」と言いながら頭を掻いた。


「疲れてたんだから、しょーがねえじゃねえ」


「言い訳するか、貴様っ」


 アレクは、可愛らしい金の目の下に、くっきり隈をつくって睨み付けてくる。

 そのやり取りに、くくっ、と笑ったのは、意外にもトーリだった。


「あれだけ一日で色んな出来事に遭遇すれば、誰だって疲れ果てます。アレク、あまり尖らないように。でないと隈が酷くなります」


 ちっ、と舌打ちして、アレクは黙った。シーツを被り直すと、中でごそごそと器用に身支度をして寝台を降りた。

 男なんだから別に着替えを隠さなくてもいいものを、と、樹はちょっと違和感を覚えた。

 

 ――いいとこのボンボンだってっから、人に裸見られるのヤなのかな。


 と考えていたところへ。

 逆にトーリが平気な顔で下着一枚になり着替えているのを目撃する。


「トッ トーリッ!!」


 樹のほうを向いたまま、白いスリップの上に黒いワンピースをのんびりと着込むトーリに、樹は不覚にも全身がかっかして来てしまった。


 そんな樹の、ゆでダコだろう顔を流し眼で見て、トーリは、地味だが整った顔立ちの上に艶のある笑みを掃いた。


「タツキさまが襲って来ましたら、即座に古代呪術の重力場で天井へ押し付けてぺしゃんこにして差し上げますので、お気使いなく。それと、イビキは叔父が酷かったので、私はあまり気になりませんでした」


 半裸で天井に貼り付けられてせんべい状態の自分を想像して、樹は一挙に萎えた。


「……叔父さんと、一緒に住んでたんだ?」トーリの言ったもう一つの話に惹かれ、樹は尋ねる。


「はい。私の一族はエジン王国の大半を占める人種ジプシャニアン人と、先住民メラニアンの混血です。失われた純潔のメラニアンの古代信仰と呪術の研究を、一族の生業としていますので」


 何か、大事な部分を隠しているようなトーリの話に、樹はもう少し具体的に聞きたくなる。

 そのために口を開いた時。


「ねぼすけの星の女神の巫女を起こすか」アレクが無造作にエステルの寝台のシーツをめくった。


 エステルは、なんと神官服と装備を着けたまま、眠っていた。


「こら起きろっ!! 朝食に間に合わなくなるぞっ」


 黒いアンダーシャツの上から鎖帷子を着込んだアレクは、エステルの浅緑色の長い髪の端をつんつん、と引っ張る。

 刺激に気が付いたエステルが、紺色の目を薄く開けた。


 廊下を慌ただしく駆ける音がした。

 なんだ? と、樹は寝ぼけたまま上半身を起こしたエステルから廊下へと目を移す。

 いきなり扉が開き、女将が飛び込んで来た。


「出たっ!! 出ました、妖魔ですっ!! それも、こんな昼日中からっ!!」


「どんなヤツだ?」アレクが女将に尋ねる。


 樹は、窓の外を見た。

 ミーナ村はさほど大きな村ではない。村の中央に広場があり、広場の中心に井戸がある。

 井戸は他にも数か所あるが、広場のものが一番大きい。

 その、村の大切な財産とも言える井戸の周りに、人より大きな妖魔が二匹、うろついていた。

 赤茶けた縮れ毛に褐色の肌、身に纏っているのは剣帯と、何の動物のものか分からない、汚らしい腰蓑。


 間違いなく、オークだ。


「あいつらだけか?」


 訊いた樹に、女将は震えながら「たっ、多分」と頷いた。


「メシ食う前のひと働き、ってか」


 樹は手早く革の鎧と篭手とブーツを履く。


「おーい、本気でオークを倒しに行く気か?」アレクが呆れたような声を上げる。


 が、そういう少年正騎士も既に鎧と剣を身に着けていた。


「エステルは、どうしますか?」黒い詰襟の上着をきっちりと着たトーリは、まだ眠そうな巫女を振り向く。


 浅緑色の髪の巫女は、「……いきます」と、小さく頷いた。


 宿を出た四人は、他にも泊まっていた冒険者達と合流する。

 居たのは五人。皆、腕は良さそうだ。

使い込んだ黒い革の鎧を着た、中でも一番大柄な男が、アレクの銀の鎧を見て口笛を鳴らした。


「正騎士さまがいらっしゃったとはなっ。こりゃ助かるぜ」


 アレクは気にする風でも無く、男に訊き返した。


「で、どっちを先に片付ける予定だ?」


「あ――井戸の反対側のヤツをって、思ってたんだが」


「どうだ? トーリ」


 相手のレベルを尋ねられたトーリは、「無理ですね」ときっぱり否定した。


「結構レベルが高いです。井戸の反対側の個体はレベル四十。手前の個体が三十六です」


「げっ!! そんなに強いんかよこいつらっ!?」


 傭兵の鎧の男は、それまでの余裕の顔を引き締める。

 男の仲間も皆、剣や戦斧を握り直す。


「反対側の個体に、劣化の呪文を掛けます」と、トーリ。


「掛かったら、一斉に斬り付けて下さい。ただし、手前の個体の動きには注意して」


 トーリは右手の人差指と中指を立て、口の前へ持っていく。左手は下に下げたまま、右へ、左へ、と、まるで軟体動物のように捻る。

 その間僅か一分ほど。

 訊き慣れない呪文の詠唱が終わると、トーリは動かしていた左手と右手の掌を重ね合わせ、腕を突き出してオークに向けた。

 指先をぱっ、と開く。と、黒い霧のようなものがオークに素早く纏わり付いた。

 黒霧は、瞬く間にオークの武器や身に着けたもの、更には肌や髪までを乾燥させ、ぼろぼろに崩していく。

 オークが、大きな牙の生えた口を開け、苦しげな声を上げた。

 身体がひび割れながらもまだ崩れないオークに、抜刀したアレクは駆け寄ると右肩口から胸に掛けて、ロングソードを切り付ける。

 しかし、まだ一撃では倒れない。

 トーリが言っていたように、仲間が斬られたことで逆上したもう一匹が、アレクの背後から戦斧を振り下ろす。

 黒い鎧の男が、その戦斧を止めた。


「ちいっ!! 結構なバカ力だぜっ!!」


 樹は戦況から見て、アレクの手負いを手伝った方がよいと思い、井戸を回り込もうと駆け出す。

 が、その背をエステルが止めた。


「いけませんっ!! 相手が強すぎますっ!!」


「じゃこのまま見てろってかっ!?」樹はエステルを睨んだ。


 エステルは巫女の杖を取り出すと、「星の女神ナダエの御力をもって、この者に祝福を与えんっ」


 短く神聖魔法を唱え、樹に掛ける。

 樹の周りに、金の粉のようなものが纏わり付いた。


「あっ、おいっ。神聖魔法の使い手が居るんなら、俺達にも祝福の呪文を掛けてくれって!!」


 黒鎧の男の仲間が文句を言う。

 エステルは黙って男を睨んだ。


「なんだよっ」と口を尖らせた男のすぐ後ろに、暴れるオークが迫って来た。


 樹は、井戸を回るのを止め、男の背後に向かって剣を閃かせる。


「うわおっ!!」


 叫んで身を屈めた男の頭のすぐ上を、横薙ぎにロングソードを走らせた。

 運が良かったのか、勘が戻ったのか、オークの利き腕を斬り飛ばした。斬り口から、妖魔の黒い血が噴出する。

 エステルが神聖魔法ですぐにその血を止めた。

 痛みに咆哮する妖魔に、他の冒険者達が一瞬怯む。

 人間を怯えさせる雄叫びだが、樹は、最初の時と同様、全く恐怖を感じることなく、オークの分厚い身体に剣を突き通した。


 樹と同じく、恐怖を感じないらしいアレクが、手負いにした一匹の脚を払い、倒れて井戸に頭を打ち付けた所を斬り付け、首を落とした。

 妖魔の首が、間の悪いことに井戸の中に転がり落ちる。ざっぶぅんっ、という、威勢のいい水音を上げた。


「しまった……」


 本当に不味いことをした、という顔で、アレクはトーリを振り返る。

 トーリはやれやれ、という風に首を振った。


「どうしたん?」樹は、剣を鞘に戻し、アレクのところへ行く。


「……オークやゴブリンなど、闇の妖魔の血はほとんどが毒だ。私としたことが、オークの首を井戸へ落とすなどというヘマをやらかすとは」


 だからさっき、エステルはすぐに神聖魔法で妖魔の血を止め、無毒化したのか。

 樹は、井戸の中を覗いた。

 水は大して深くはなく、オークの首は、なぜか上を向いて浮かんでいる。


「つるべで降りれば、取って来れそうだぜ?」


「にーちゃんっ、妖魔の首を引き揚げようってのかっ?」


「引っ張り上げる綱のほう、持っといてくれる?」別に造作は無さそうなので、もう井戸に入る積りの樹に、黒鎧の男達は呆れたような声を上げる。


 アレクは人の悪い笑みを浮かべながら、「素手で触れるなよ。痺れるぞ」と、村人に言い大きめのぼろ布を寄越してもらった、


 樹は「ありがと」と礼を言うと、ぼろを腕に巻き付け、つるべを握って井戸の中へ降りた。


 樹がオークの首を引き揚げたあと、エステルが黒く変色した水を村人に一杯汲み上げさせ、神聖魔法で浄化する。

 その水を井戸に戻すと、井戸の中の水全体が、あっという間に浄化された。


「……エステルって、なにげにすげえ巫女さんなんだ」


 感心して呟いた樹に、「あんなだが、次期大神官と言われている」とアレクがさらりと言った。


「……あれが?」樹は、風格あるアーガリルを思い出し、眼前のエステルと比べてしまった。


 どう考えても、柄じゃない。

神聖魔法こそ凄いが、びっくり屋だし、怖がりだし。樹は吹き出しそうになった。

 樹の思考が分かったらしいエステルが、白い頬を真っ赤にする。


「わっ……、私だって、それなりに頑張っているんですっ!! だだだっ、大神官さまはともかくっ、今やらねばならないことは、しっかり、やっていますっ」


 ぷんっ、と背を向けると、エステルは足早に宿へと戻ってしまった。


「あーあ、怒らせちまったな」アレクがにやりと笑い、エステルに続く。


「そんなつもりじゃないって」弱った樹の背に、黒い鎧の男がぽんっ、と拳を当てて来た。


「女は一旦拗ねると面倒だぞ? 謝るなら早い方が得策だぜにーちゃん」


 がははと笑って、同じ宿へ引き上げる男とその仲間を見送る樹に、トーリが、

「戻りましょう」と、何事も無かったように言った。

いっ、一応ハーレム目指してます。

・・・途中で力尽きるかもしれませんが・・・

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