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3.勇者と名乗るな

 勇者だというのを無暗に他言しないよう、店を出る前にもう一度、樹はエステルとアレクから念を押された。

 やはり理不尽を感じながら、しかし樹は頷くしかなかった。


 とにかく、飛ばされたばかりで勝手が分からないのだ。一応仲間だ、という三人に頼るしかない。

 王城から金貨を預かったアレクは、店を出てすぐに両替屋へと入った。

 王都金貨を紙幣のようなものと、いくつかの小袋に分けられた銅貨のような小銭に替える。


「全く。これだから王城の役人はっ」


 ぶつくさ文句を言いながら、紙幣は、長い紐のついた、日本人の樹にとっては昔懐かしい布の巾着に入れる。

 異世界で自分のところと同じ用途のものに出会って、やはり人の考えることは大して変わらないのだなと、少しほっとする。

 それにしても。


「金貨だと重たいから両替したん?」樹の質問に、アレクは「それもある」と答えた。


「王都金貨は、エジン王国中何処でも使えるという代物じゃない。一枚で庶民が通常買い物に使う銅貨の一万倍。こんなものを宿代になんか出したら、宿のオヤジが目を剥いて倒れる」


「王都でも一部の階級の人間だけが、この金貨で途轍もない贅沢な品を買います」


 トーリはアレクから渡された銅貨の小袋を、上着に隠れる革のポーチに入れた。


「アレクは爵位のある家柄の人間です。ですから、出納科も王都金貨でいいと勘違いしたのでしょう」


 この、少々どころかかなり小生意気に思える少年正騎士が貴族の子弟だという事実に、樹は納得の出来るような出来ないような気分になる。

 ただ、着ている鎧も剣も相当値の張りそうな細工の入った代物なので、ありかな、と思い直した。


「私の身分のことなどどうでもいい」と言いつつ、アレクは残った二つの銅貨の小袋を、エステルと樹に渡した。


「さて。まずは武術の腕を上げることだな」アレクが、にやりと笑った。


 魔王が現れるまでには半年しかない、と、大神官アーガリルが言っていた。

 両替屋を出ると、樹は気になっていたことをアレクに訊いた。


「魔王のレベルって、どれくらいなんだ?」


「あー……、それは、まちまちだな。一億だったり、五億だったり?」


「かっ、過去五体の魔王の平均レベルは二億五千万から三億です」エステルが、相変わらず樹を避けるような位置から言う。


「三億って……。倒せんのかよ? そんなバケモノ」


「そこは問題ありません」トーリが、きっぱりと言い放った。


「タツキさまが、ご自身の武器を見付け出して、オプションレベルが全て解放されれば、さほど難しくはありません」


「……その、『タツキさま』っての、止めない? 何となく背中が……。で、俺のオプションレベルって、そんなに高いの?」


 樹の質問に、トーリは真面目な顔で答えた。


「ジャストヒットで、九千から二万三千ほど出るはずです」


 相手三億として、勇者オプションレベル最高でも、二万三千。単純計算でとジャストヒットが十四回はなければ倒せない。


「いやいやいやっ!! それ結構な難敵だぜっ!!」


「たっ、確かに、簡単に倒せたら、こんな大騒ぎにはなりませんし……」エステルが、引き攣った笑いを見せた。


「とにかく、今から敵のレベルをうんぬん言っても仕様が無い。ゆ……、おっと、タツキ殿のレベルアップを図るために、王都から出る」


 これから本当に戦いのための準備を始めるのだ、という不安が、俄かに樹の胸を占める。

 緊張し始めた樹を余所に、買い物の打ち合わせを始めた三人は、旅の道具を売っている店へと向かって歩き出した。


 ******


 ここが本当に異世界で、ゲームの世界ではない、と一番最初に思い知らされたのは、一人一人が持つ己の生活必需品を入れておく麻袋を購入した時だった。

 中身は、携帯用食料、水筒、寝袋、火打石などなど。

 装備は三日分で、アレクの予定では、王都に一番近いミーナ村という小さな村に滞在して、野生動物の狩りをする。


「このミッションは、新米の正騎士が最初に行う訓練だ。狩る獲物は、野ウサギ、キツネ、ネルトーくらいか」


「ネルトーってなに?」


「イタチよりは大きくて、イヌより小さいネズミかな。雑食性だから、結構狂暴だぞ」


 説明しながら、王都の南大門を潜った辺りで、アレクが街道を逸れて草原へと入って行く。


 樹の胸は、不安と、妙な高揚感で高鳴っていた。

 夜の児童公園から、見知らぬ異世界へいきなり飛ばされて、訳も分からないまま『勇者』などという称号を与えられ――しかも、一般の人々にこの称号を知られたら不味いことになるという――ほぼ半日で、仲間だという三人と引き会わされた。

 しかも、いきなり王都の外へ出て剣での実践が、今まさに始まるのだ。


 早速、背の高いカヤの藪の間から、オオカミが現れた。


「レベルは2から3。練習代には打ってつけです」


 機械のようなトーリの説明に、却って樹は腹が据わった。


 ――じいさんの剣術指南が、ほんとに役に立つ時が来るとはなっ。


 こちらを睨み付けるオオカミから目を離さず、樹は腰のロングソードを抜いた。

 祖父に稽古をつけて貰っていた頃使っていたのは、日本刀と同じ重さの木刀だった。ゴルグール剛金製ロングソードは幸いなことに、木刀の重さとさほど変わらない。

 正式な持ち方が分からない樹は、両刃なのでどちらを上にしてもいいだろうと、柄に巻かれた滑り止めの革目が右上の格子になるように握り、青眼に構えた。


「へえ。形は出来てるんだな」うっかり、アレクの声に耳を傾けた。


 途端。

 樹の気が逸れたとみたオオカミが、一声咆哮し跳躍して来た。


「うっわっ!!」樹は、顔を狙った鋭い爪の一撃を、寸でで躱す。


 自分達の前面に着地されたアレクが、万が一のために鞘を払った。

 が、興奮したオオカミはアレク達へは向かわず、再び樹に襲い掛かって来た。

 大分遠ざかっていた剣術の勘が、先程の動きで多少戻って来た樹は、今度は慌てずに飛び掛かって来たオオカミの胴を左下から斜めに斬り上げる。

 血飛沫を上げて草むらに倒れた獣の首に、アレクが即座に剣を突き刺した。


「お見事」片頬で笑いながら、少年正騎士は腰のナイフを取り出した。


 何をするのか? と見ている樹の眼前で、オオカミの腹を手早く割いていく。

 血抜きをすると内臓を出し、後ろ脚を束ねて麻縄で括った。


「それ、どうするん?」


「決まってるだろ? ミーナ村で売るんだ。オオカミの毛皮は、この辺りじゃジャイアントフォックスに次いで高値で売れる」


 王都の正騎士がそんなことまでしてるのか? と、樹はアレクを少々呆れた目で見た。


「なんだ? その顔は。――言っておくがな、正騎士って言っても、新米は給料も低いし野戦も多い。身分の善し悪しに拘わらず、倒した獣の捌き方や売値、食べ方くらいは、みんな知っている」


「……そういうことな。けどそれなら、骨付いてたら重いだろ?」


 樹が指摘すると、アレクは人の悪い笑みを浮かべた。


「肉も売り物だ。けどここで解体すると持っていく時に袋が汚れる。だから――」


 と、いうことで、前足も後ろ脚同様に括ると、前足を樹が、後ろ脚をアレクが持って運ぶ羽目になった。


 その後、オオカミは出ず、レベル1の野ウサギが三羽、レベル2ネルトーが一匹出た。

 野ウサギはエステルが器用にスゲで編んだ網にそれぞれ入れ、ネルトーはオオカミと同様に内臓を抜いて四足を縛って担いだ。

 ただし、樹はオオカミの前足とネルトー一匹を、アレクは後ろ脚と野ウサギ、エステルとトーリは野ウサギを一匹ずつ持った。


「なんで俺だけ、重いモノを……っ」


「腕力の鍛錬だと思えばいい」アレクが笑う。


 大きな金の目がけぶるように細められた顔がなんとも可愛いな、と、樹は思ってしまった。


 ――まてまてっ。俺はゲイじゃないっ。


 俄に湧き上がった樹の気持など知る由もなく、アレクは背後から説明する。


「そら、あそこがミーナ村だ」


 言われた方向へ首を回すと、小さな門のついた生垣に囲まれた、故郷風に言うと、同じ色の煉瓦で造られた家が並ぶヨーロッパのド田舎の村が現れた。


「もう一度言っておくけど」オオカミ天秤の相方のアレクが、しつこく念を押す。


「王都の正剣士見習いってことで通せよ、タツキ」


「わぁかったよっ。しつっけえって!!」


 完全に悪ガキだった17歳の頃に戻ったなあ、と自分で感じながら、樹は俄仲間三人と共に、草原から村へと続く街道へと出た。

ちょっと・・・のんびり書きすぎてますかね^^;;

この後は少しずつ、厄介な敵も出て来ます。

それにしても、チートも何もない主人公って・・・

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