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17.盗賊娘の決心

 束の間、樹は声が出せなかった。


 ――自分の意に沿わない人間は、縛り首……


 いくら法律を破ったからといって、盗掘をしたくらいで死刑は酷い。

 民主主義の世界で生きて来た樹には、窃盗罪は軽犯罪という認識がある。

むしろ、己の欲望のために勝手な法を作り、宝物を私するメンデス首長のほうが、重罪に思える。

 ニルヴァの冒険者協会の制約も、警備兵も、それとつるんでリリアの父を売ったグレイボウも、首長に同調する限り皆同罪だ。


「……それで、グレイボウを裏切り者って、言ったのか」アレクが低い声で確認する。


 樹は、腹の底から怒りが噴出して来るのを感じた。

 こうなると、メンデス首長がカルカトーリをただ同然でくれる、という話も、信用ならない。

 その首長の息の掛かったニルヴァの冒険者協会の地図など、なおさらだ。

 渡された地図がいい加減なものだとしたら、樹達は複雑なカイロ山の洞窟の中で、長時間出られなくなる可能性もある。

 下手をすれば、出口の無い場所へ誘導されるかもしれない。


「俺ら、これからタイロ山へ入るんだけど、冒険者協会から貰ったこの地図、信用していいのか?」


 アレクから地図を借り、樹はリリアと母親に見せる。

 母親は、何かに気付いたかのようにはっと顔を上げると、自分のベッドのマットレスの下へ手を突っ込んだ。

 枕の下辺りから、折り畳まれた古い羊皮紙を取り出した。


「この地図は、うちの人がタイロ山の洞窟の位置を、自分の足で確かめて描いたものです」


 ベッドの上に広げられた羊皮紙と、冒険者協会の地図とを、和哉達は見比べる。


「なるほど。一部というか、かなり違うな」アレクが眉を寄せる。


「特に、第三層から下がある、というのは、冒険者協会の地図には載っていない。――母上、もしよければこの地図、お貸し願えないか?」


「もちろんです。病を治して頂いたお礼に、こんなものしか差し上げられませんが。お役にたてれば」


 恐縮して頭を下げるリリアの母に、樹は、「十分、役に立ちますよ。これ」と笑ってみせた。


「けど、そうなるとあのカルカトーリの話、怪しくなるんじゃね?」


「カルカトーリって……、あの、メンデスが持ってる剣のこと?」リリアが樹に聞き返してきた。


「ああ。メンデス首長が、条件付きで剣をくれるって――」


「あの剣は」と、リリアは表情を厳しくした。


「父さんが見付けたのよ。メンデス首長に没収されたうちの家財の中に、あの剣もあったの」


「そう言えば」樹は、メンデス首長との対話の記憶を、カメラを逆回しにするように頭の中で辿ってみる。

 カルカトーリを自分で見付けた、とは、言っていなかった。


「あの業突く張りの首長が、ただで人にお宝をくれるなんてこと、絶対にない。まして、カルカトーリは名剣だもの」リリアが、悔しそうに拳を握る。


「やはり罠、か」アレクが呟く。


「そう思った方が良さそうですね」トーリも、きっぱりとリリアの言葉を肯定した。


「じゃ、カルカトーリを貰う話は無しってことにする?」


 グレイスが、赤い目で樹を見る。

 樹は「バカ言え」と吐いた。


「十中八九、罠だろうよ。けど、カルカトーリだぞ? あっちが名剣をエサに勇者(おれ)を罠に掛ける気なら、こっちはそれを掻い潜って力づくでぶん取るだけだ」


 コケにされて、黙って居られるか。

 憤る樹を、アレクが「おまえこそバカかっ」と睨んだ。


「カイロ山はメンデスのフィールドだ。アウェーのこっちが無暗に突っ込んでいっても勝ち目は無い」


「じゃあ諦めろって言うのかよっ!? コケにされたまんまっ!?」


「『賢者は、毒に手を染めない』。――今回は罠だと事前に分かっただけでも僥倖だ。諦めろ」


「やだね」樹は、分別臭いオヤジのようなアレクの言い方に、カチンと来た。


「アレク達が行かないって言うなら、俺一人でも行くぜ」


「タツキ一人で何が出来るっ!?」アレクが怒鳴る。


「洞窟の中は入り組んでいて隠れる場所も多い。一体、どれくらいの敵が待ち構えているか分からないんだぞっ!? そんな所へ飛び込んで行ったら――」


「『好んで蝋燭の火に焼かれる蛾』ですか? でも、私もその蛾の一人かもしれません」


 トーリが、樹に向かって口角を上げた。


「私も行くわよ?」グレイスが、白い艶のある長い耳を片手で撫でる。「やられっ放しは、趣味じゃないもの」


 渋い面持ちで仁王立ちになり、腕を組んだアレクの金の目が、樹、トーリ、グレイスと順に動く。


「どいつもこいつも、向こうっ気の強いヤツばっかりで……。勝手にしろ、と言いたいところだが、大神官さまからタツキの教官を承った以上、私も行くしかないな。――いいな、エステル」


 エステルは、一瞬怯えたような表情をしたが、黙って頷いた。


「あのっ!!」唐突に、リリアが声を張った。


「私もっ、連れてって下さいっ!! お願いっ!!」


「リリアっ。何を無茶なことを。皆さんにご迷惑でしょう?」途轍もないことを言い出した娘を、母が窘める。


 リリアは真剣な顔で母親に向き直った。


「無茶は分かってる。けど、父さんの敵討が出来る機会なんて、これを逃したらもう来ないかもしれないもの」


「リリア……」母親が、泣き出しそうな表情で、娘の肩にそっと手を触れた。


「あなた、そんなことを……」


「敵討はいいが、武器が使えなきゃ出来ないぜ?」


 万引きの手際は良さそうだったが、それ以外、リリアは武器が扱えるようには見えない。

 率直な意見を言った樹に、リリアは、愛らしい顔に自信満々な笑みを掃いた。


「バカにしないで。あたしの父さんは『疾風(はやて)のモーリス』って、二つ名で呼ばれた盗賊よ。あたし、母さんには内緒にしてたけど、父さんからずっと盗賊の技を習ってた。だから――」


 リリアはすっ、と腰ベルトの後ろへ右手を回す。次の瞬間、ドスっ、という鈍い音がし、扉に細いダガーが突き刺さった。

 樹は心底驚いて、扉とリリアを交互に見てしまった。

 エステルも、呆然とした面持ちで赤毛の少女を見詰めている。

 しかし、残りの三人はさして驚愕した様子もない。


「いい腕だ」と、アレクは扉からダガーを抜きリリアに返した。


「やれるのは投げナイフだけ?」グレイスが尋ねる。


「もっと大きなダガーも扱えるよ。実戦もしてるし、罠の外し方とか、鍵の開け方なんかも父さんに習ってやった」


「では、良い戦力になりますね」平素と変わらぬ表情で、トーリが言った。


 戦い慣れている三人の意見に、樹は改めて、自分がまだこの世界の戦士であるという自覚が出来ていないのを痛感する。


「エステル、リリアのレベルを見られるか?」


 アレクの問いに、エステルははっとした様子で慌てて神聖魔法を唱えた。


「……盗賊中級、特殊技有り。縄抜け、鍵開け、罠外し、です」


「ふん」アレクは厳しい表情を崩さずに頷く。


「本当にいいんだな?」


「もちろん」と肯首するリリアに、母親はまだ困り顔のままだ。


「どうしても、行くの?」


「……ごめん、母さん」


 娘の決意が固いと見て、母親は溜息をひとつ、ついた。ゆっくりベッドの下の二つの引き出しの片方を出した。

 入っていた衣類を退け、底の板の手前右端を軽く押す。

 と、板が外れて、中から革の鞘に収まった、大振りのダガーが現れた。


「母さんっ、これ……」リリアが驚いて短剣を覗き込む。「父さんのダガー『リゼット』じゃないっ!!」


「そうよ。――家財を没収された時、隣のメイ小母さんに咄嗟に屋根裏に隠して貰ったの。父さんが死んだ後、メイ小母さんが持って来てくれたのよ」


 母親はダガーを取り出すと、リリアに渡す。リリアは父の短剣を大事そうに両手で受け取ると、柄を握って抜いた。

 剣は、まるで昨日研ぎに出されたかのように、小さな窓から入る陽光を跳ね返した。


「持って行きなさい。リリアが使うのなら、きっと父さんも喜ぶわ」


「ありがとう、母さんっ」


 リリアは短剣を鞘に戻すと、片手で母の首にしがみ付いた。

 樹は、不覚にも貰い泣きしそうになる。

 昔は涙脆いことなど無かったのだが、妻子を持ってからは、こういったシチュエーションに至って弱くなった。

 オヤジな自分が出るのを必死で阻止しつつ、言う。


「じゃ、じゃあっ、タイロ山へ行くかっ」


 おうっ、と陽気な声で応えたグレイスに、トーリはくすっ、と笑い、アレクははあっ、と肩を落とした。

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