14.女の子の買い物はどこでもおなじ
翌朝、樹達は早々に冒険者協会へと向かった。
疑う訳ではないが、首長の許可が出ていても下まで通達がいっていない可能性もある。
タイロ山の入山許可が出ているかどうか、念のための確認に行った。
心配は稀有に終わり、樹達のパーティは、他の順番待ちのパーティを飛ばし「許可証を手に入れた。
許可証はアレクが持った。樹達は協会を出ると、早速タイロ山登りのための買い物に行く。
まず最初に入ったのは、防具屋だった。
「防具屋で、服装を選んでもらう」アレクは、鎧やら兜のずらりと並んだショーウィンドウの前で、エステルに言った。
「お洋服のお店では、ないのですか?」ドレスを軽装に変えるのに、どうして防具屋なのかと首を傾げるエステルに、「防具屋にも服はあるんだ」とアレクが教える。
「普通の服屋のものじゃあ、戦闘中に簡単に破れたり裂けたりする。その点、防具屋で揃えている服は、戦闘で容易に切れたりしないんだ」
「そう、なんですか……」エステルが、何処となくがっかりしたような表情になった。
もしかして軽装でも、普通の女の子のような、レースやリボンが付いている可愛らしいものを選ぶつもりで居たのか? と樹は思った。
ダナエの筆頭巫女であり、将来の大神官と嘱望されていていても、エステルもまだまだ年頃の娘だ。可愛くておしゃれな服は着てみたいのだろう。
いや、そうではないかもしれないが。
単に神殿という狭い場所で暮らしていたので、『服は服屋で買う』としかイメージ出来ないのかもしれない。
しかし、エステルの次の一言で、樹は呆れてしまった。
「でも、そうですよね。妖魔と戦うのに、ヒラヒラのスカートなんか、邪魔ですものね」
――本気でカワイイ服を着る気だったんかいっ!!
呆れたのは樹だけではなかった。グレイスも「これだから、温室育ちのお方は」と、肩を竦めた。
「わっ、私はっ、温室育ちなんかじゃ、あ……っ、ありませんっ!!」
例の如く真っ赤になって抗議する生真面目なエステルの肩を、アレクがぽんぽんっ、と軽く叩いた。
「分かってるから。とにかく中へ入ってくれ」
むっとした顔のまま、樹が開けた扉からエステルが中へ入る。続いてアレク、トーリ、グレイスが入った。
店の中には結構客が来ていた。大半がむさ苦しい筋肉大男だが、中には女性もいる。
いらっしゃいませ、という店員の声は無視して、アレクは真っ直ぐに店の奥へと向かう。
入口に近いところは、鎧や兜、脛当てなどが並んでいたが、奥は一変して、女性物の衣装が、所狭しとハンガーで吊るされている。
中にはビキニのような代物もあり、樹はちょっとどころではなくドキドキしてしまった。
「アレク」不意に、トーリが服を見ていた女正騎士を呼び止める。
「エステルの服の見立ては、グレイスに任せたらどうでしょう?」
「えっ? どっ、どうして……?」
先程まで言い合いをしていた相手に見立ててもらえというトーリの提案に、言われたアレクは元より、当のエステルが目を丸くしている。
「エステルは巫女の衣装以外、殆ど平服など身に付けたことは無いでしょう。アレクも、そうではないですか? ならばここは一番、慣れていそうなグレイスにお任せしたほうが、無難かなと」
「えーっ、でっ、でもっ」まだ先程の口論がもやもやしているらしいエステルは、嫌そうな顔でグレイスを見上げる。
グレイスのほうは、皮肉を言ったのなど忘れたかのように、エステルににっこり笑い掛けた。
「私はいいわよ? 任せて」
「……なら、エステルはグレイスに任せよう」
決まった途端。
グレイスは嬉々としてエステルの腕を取った。
長身でナイスバディのグレイスが、まだ十代で愛らしさが十分残っているエステルを引き寄せる様子は、二人共美人なだけにちょっと百合っぽくて樹はどきり、とする。
いやいや、自分にはそーいうアブノーマルの観賞趣味は無い、と、慌てて心の中で否定する。
エステルは、今にも泣き出しそうに顔を歪ませたまま、グレイスにエスコートされて、というか、引き摺られて服の林の中へと消えた。
「じゃあ、こっちも探すか」二人がジャングルに消えたのを確認して、アレクが言う。
が、トーリは、「ご心配なく。もう大体品は決めてあります」とアレクを制した。
「あ、そ」素っ気無く申し出を引っ込めたアレクを不審に思った樹は、そっとトーリに理由を問うた。
「アレクは、コーディネイト音痴ですから。本人もその辺り、自覚しています」
確かに、先刻、トーリが言ったように、職務中は鎧、休憩時間はミスリルの鎖帷子に白のアンダーシャツ、休みの時も、おっさんが着るような丸襟の無地シャツと、全くおしゃれというより女の欠片も無いアレクに、戦闘用とはいえ女性らしいファッションを選べ、というのは無理かもしれない。
それにしても。
アレクは別として、女子は戦闘服ひとつにもコーディネイトを真剣に考えるんだなと、改めて樹は女の貪欲なまでの美の追求心に舌を巻いた。
トーリがさっさと自分用の服を勝手に漁りに出掛け、手持無沙汰になったアレクと樹は、それでも少しは自分に役に立ちそうな装飾品などの小物を見て回る。
その時。
「きゃーっ!! いやあっ!!」奥からエステルのらしい悲鳴が聞こえた。
何事かと、樹とアレクは手にしていた小物を放り出してそちらへ向かった。
服の林というかジャングルというかを抜け奥へと入る。と、開け放たれた試着室が見え、その中にこれまでとは全く真反対の衣装を纏ったエステルが居た。
ほぼビキニと言っていいチューブトップに、長袖の、これも丈は短めの上着を羽織り、下は、樹の故郷日本で言うところのホットパンツ。膝上まで丈のあるブーツは、足首から膝上部の間すべてが編み上げになっており、少々脱ぎ履きしにくそうだが、十分に可愛い。
何より、エステルのほっそりとした脚がばんっ、と映える。
「素材は、トップスのチューブトップがエンリット魔布を使用しています。上着は軽くて丈夫で炎を半減するサンドウォード。ボトムのパンツもサンドウォードです。
そして、これっ!!」と、グレイスは力を込めてエステルの脚を指差した。
「ミスリルを繊維状にしてタイツ風に網み合げ、上部のベルトには一角熊の革を使用した、中々ユニークな逸品です。これなら、足元を斬られたり魔法で狙われたりしても、多分6割方防御出来ます。――ちなみに色は全部、巫女の身分を尊重して、白で統一しました」
確かにこれなら、軽装でありながら山に登るにも適している。
何より、エステルの愛らしさが引き立っている。
樹は、頬が熱くなっているのを、どうにも出来なかった。
そんな樹のスケベ心を知ってか知らずか、エステルは赤い顔を半泣きにしてグレイスに抗議した。
「あっ、あの……っ、こっ、こここ、こんなに脚とか、お腹とか、出さない服は、無いんですか?」
「ん~~、今、この防具屋さんで、魔法からも直接攻撃からも最も防御力が高くて、かつ動き易い服を選んだら、こうなったのよねえ」
グレイスはしれっと答える。
「魔糸を編み込んだチューブトップは、相手の魔力を吸収したり、逆に反射したり、自在に変化させられるの。サンドウォームの上着は、エステルは後衛だから少ない筈だけど、万が一斬り付けられても、簡単に傷を負わないわ。
何よりそのタイツ風ブーツだけど、それ、タイツといってもミスリルだもの。ちょっとやそっとじゃ刃は通らないわ。それと、ウィンディンゴのバックスキンの靴の裏には、レッサル剛金の錨が打ってあるから、いざって時には妖魔を蹴飛ばせば、レベルの低い小物なら一撃であの世行きよ」
「でっ、でも……、お腹が、冷えます……」
まだ抵抗するエステルに、「何を言ってるんだ」とアレクが叱咤した。
「ニルヴァの気温はいつだって二十八度を超えている。そんな簡単に腹なんか冷えるか」
結局、二人に説き伏せられたエステルは、その露出度の高い衣装をお買い上げすることとなった。
樹としてはとても目に嬉しかったのだが、最後に「夜の寒さ対策に」とグレイスが選んだ、これも白のエンリット魔布の外套を纏うと、エステルはすぐにトウモロコシのように身体に巻き付けて、折角の細身の曲線美を隠してしまった。
「うーん、惜しい」呟いたのは樹ではなく、トーリだった。
いつの間にか選んだ服装に着替えていたトーリは、トップスは袖なしの黒のスウェットシャツ、下はグレイスと同じようなぴったりと身体の線が出るスウェットパンツだ。
肩から膝ほどまである薄い上着は、外套の代わりなのだろう、フードもちゃんと付いている。
足元は、これも黒のショートブーツで、素材はエステルのものと同じウィンディンゴのバックスキン。
「通気性がいいのですよ、ウィンディンゴは」ひょい、と片足を上げてみせるトーリは、それまでの大学教授のような堅苦しさは何処へやら。
長い黒髪も艶やかな、美女だった。
樹は、衣装や化粧一つで女が化けるのは知っていたが、それにしても、トーリほど印象の変わった女性は初めて見た。
黒に包まれた、ときめく脚線美を見詰めながら、樹は「そ、そっか。んじゃ俺も、ウィンディンゴのブーツに替えよっかな」と言った。
探そうと棚を物色し始めた樹の後ろ襟を、むんず、と誰かが掴む。
「待った。エステルもトーリも、エンリット魔布をふんだんに使ったシャツだの外套だの、おまけにミスリルのブーツまで選んでるんだ。まずはこの二人の会計がいくらになるか済ませないと、余計なものは買えないぞ」
「えー……。そんなに、高いのか? 彼女らの衣装?」
「多分な。予定金額をオーバーしてなけりゃ、樹の分も買ってやる」
はっきりしっかり『みそっかす』扱いされた樹は、これでも自分は本当に勇者なんだろうか、と、内心でぼやく。
少々面白くない気分で待っていると、会計を済ませたアレクが戻って来た。
「思った通りだ。――タツキ」
「あ?」
「残金で買えるのは、鉄のロングソード一本くらいだな」
「って、俺が今持ってるヤツよりいいのかよ?」
「ゴルグール剛金製ロングソードのほうが、はるかに値が張るな」
「アレク」樹はちょっと頭に来て、女正騎士を睨みつけた。
「それって、最初っから「もう買えない」て、言えねえの?」
アレクは、金色の眉を吊り上げた。
「買えないわけじゃなかろう。鉄のロングソードは買えるのだから」
「あってどーするんだよ? そのシロモノっ」
「あー、でも」と、トーリが話に割って入って来た。
「ゴルグール剛金製ロングソードのような、魔法を掛けにくい材質のものよりも、鉄のものは魔法が掛け易いですね。ですから、持っていても損にはならないです」
これからカルカトーリという魔法剣を貰いに行くのに、また一本、邪魔な剣を誰が持って行くんだ?
そう、樹が言おうとした時。
「なら、私が下げてってもいいわよ? そのロングソード」グレイスが名乗りを挙げた。
「私の武器は弓だけど、妖魔が大量に出現した時なんかは、矢が足りなくなっちゃうでしょ? そんな時のために、ロングソードを持ってたほうが安心だもの」
と、いうことで。
買い物の予定金額の残金は、武器屋で鉄のロングソードを一本、購入した。
えーとお・・・
なんだかのんびりお買い物しちゃってますう。
戦闘シーンはどこへやら・・・(汗)
いや、これから出て来ます。