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11.ニルヴァ

 砂漠を進むこと一週間。

 途中、小さなオアシスや、トーリが呪いで見付けた水場などに寄りながら、樹達は比較的楽にニルヴァに着いた。


 ニルヴァはこれまでのオアシスとは違い、本格的な街である。

 その証拠に、日干し煉瓦の立派な大門があった。

 門番が居り、旅人に通行証の提示を求めている。

 ニルヴァに入る旅人の長い列の最後尾に、樹達は並んだ。


「通行証って、一人一枚要るもんなん?」樹は案内人に尋ねた。案内人はニッコリ笑いながら、「いいえ、一組に一枚です。私が持っていますから、ご安心を」と答えてくれた。


 順番が来て、案内人が懐から大事そうに通行証の羊皮紙を出す。門番が紙を手に取り一瞥し、次に樹達の人数を確認すると、「通って良し」と声を上げた。


「お疲れ様でした。これでやっと、ニルヴァに到着です」案内人は、通行証をまた懐に仕舞った。


 大門を出てすぐの駅舎に、樹達は向かう。


「無事に来られてなによりでした」


「戦闘らしい戦闘も、無かったしな」


 ラスパスから下りて手綱を引きながら、アレクが笑んだ。


「そうね。サンドリザードの群れに出くわしたのが、唯一危険だったくらい」と、まだ騎乗したままのグレイス。


 サンドリザードとは、体長一メートルから二メートルの、肉食のトカゲ種である。

 頭が良く、集団で狩りをするのだ。狙った獲物をじっくり包囲して追い詰め、獲物が弱ったところで一斉に仕留める。

 人間の、しかも冒険者のパーティが狩られることはまず無いが、油断すると相手が大型種だけに危険ではあった。

 サンドリザードは昼夜決まった時間に狩りをする訳ではなく、獲物が見つかれば、深夜だろうと襲って来る。

 樹達は夜間に囲まれたが、エステルが神聖魔法でいち早く明かりを打ち上げ、グレイスの弓の連射とアレクの剣、それとレベルが一挙に上がって来た樹の剣で難なく退けた。


「サンドリザードの群れとしては、まだ若くて数も少なかったしな。あれくらいなら苦労しない」


 旧サスワット国やルドラ山地に眠るであろうお宝を探し出そうと集まった猛者達や、そういった連中相手の物売りが行き交う通りをゆっくりと進み、樹達は駅舎に着いた。

 ラスパスから荷物を下ろすと、アレクは銭袋から案内人に支払う銅貨を出した。


 案内料は銅貨十枚。しかし、アレクは十二枚、案内人に支払った。


「お客さん、こりゃ料金が多いですよ?」


「いいのだ。道中、砂漠について色々と教えて貰ったしな。その授業代だ」


 実際、正騎士としてあちこちに遠征し、相当博学なアレクでさえ知らなかった砂漠の動植物について、案内人は実に丁寧に教えてくれた。

 お陰で、樹達は妙なモノを口にして腹を壊したりせずに済んだ。


「本当に、助かった」


「それがあたしらの仕事ですから。……けど、いいっておっしゃるんなら、頂いときますよ?」


 アレクは笑って、「そうしてくれ」と言った。


 駅舎で案内人とは別れ、樹達はニルヴァの冒険者協会へと向かった。

 砂漠の中のオアシスの建物は、木材を組み合わせ縄で縛り、家らしい形にしたものの上に木の枝や大きなヤシのような葉を乗せた、簡素なものだった。

 が、ニルヴァの通りの商店の建物は、全て大門と同じように日干し煉瓦で作られた、立派なものである。

 軒を連ねる商店の入り口前には、浅い水路が巡らされている。

 打ち水と同じような効果を狙ったもののようだ。


「水路があるせいか、他より涼しいんじゃん?」呟いた樹に、アレクが「そうだな」と、返した。


「冒険者協会って、どの辺?」グレイスが、その長身を活かしてくるり、と通りを眺める。


「多分、中央広場の近くだろう」


 アレクが答えた時。

 エステルの側を五、六人の冒険者らしい大男達が通った。

 樹は、エステルがあからさまに怯えてアレクの外套の端を握ったのに気が付いた。


 男達が通り過ぎてから、アレクはそっと、エステルの手から自分の外套を引き剥がす。


「冒険者協会へ行けば、今みたいな連中ばかりがうようよしてる。それに、オアシスで会った奴らに、また会うかも知れないしな」


 エステルは、やや顔を強張らせ、ピンク色の唇をきゅっ、と噛み締める。

 彼女は多分、嫌なことをした相手に対して警戒をしているのではなく、ああいう、ガタイの大きな男全てが、怖いのだ。

 樹は、原因は分からないが、間違いなく心に傷を負っているであろうエステルに脅すような言葉を浴びせたアレクに、文句を言った。


「ちっとは人の気持ちを考えてモノを言えよっ」


 アレクは、くるり、と踵を返すと、樹は無視してエステルの真正面に立った。


「ああいう手合いにも出くわすのを覚悟の上で、この責務を引き受けたのだろう? ナダエの筆頭巫女殿」


 途端、エステルは白い肌を、顔はおろか首元まで真っ赤に染め、俯いた。

 アレクは腕を組むと、溜息をついた。


「何としても人慣れしない理由は、知っている。けど、この旅は、ただ私達にくっついて来ればいいってものじゃあない」


「わっ……、分かっていますっ。だから、私だって、何とかしようと……」


「こんな往来で、話すことでは、無いのではないでしょうか?」トーリが、二人の話が深刻になりそうなのを止めた。


 樹としては、どうしてエステルが人慣れ、というか、男慣れしないのか、またその事実をアレクが何で知っているのか知りたかった。

 が、ここはトーリの言う通り、天下の往来。我慢しようと思った。


 アレクはトーリに「そうだったな、済まない」と返すと、再び歩き出した。


 ******


 ニルヴァの冒険者協会は、探索場所のタイロ山の近くと言う事もあり、想像以上に大きな建物だった。

 アレクによれば、現ニルヴァ首長が冒険者だった頃にタイロ山に入り、莫大な宝を探し当てたことから、我もという一獲千金狙いが絶えないのだという。


「旧サスワット王都は、もっと国の中央、ここから南西に行った辺りの、水も無い砂漠のど真ん中だ。さすがにそこを探すのは厳しいので、元々王侯貴族の避暑地があったこのルドラ山地の裾野に、みんな目を付けているのだ」


 旧サスワットの王都デールにあった、王侯貴族の館の宝物などは、千年前の勇者の大敗により魔王の配下に持ち去られたとも、魔王の剣の威力によって館ごと灰燼となったとも言われている。

 だが、ここニルヴァの避暑用の館には、王族達が共同で作った巨大な宝物庫が、タイロ山中にいくつもある、と噂されている。

 その一つが、現ニルヴァ首長が見付けた洞窟奥のものだったらしい。


 冒険者協会の中には、それこそ筋肉自慢であろう大男が、そこかしこで仕事を探したり、探索のための手続きをしたりと、うろうろしていた。

 樹達もその中へ混ざり、ルドラ山地とタイロ山の探索者の手続きをする。

 エステルも、彼女なりに頑張ったのだろう、先程のように怯えてアレクに助けを求めるような仕草はしなかったものの、書類にサインをするまでの顔色は真っ白だった。


 樹達は、ようやく手続きを済ませると、冒険者協会を出て宿を決めるために中央広場まで行った。


「あーっ、今夜は久々にベッドで眠れるのよね」レン族のグレイスが嬉しそうに荷物を持つ手を高々と上へ上げる。


「冒険者協会の案内板には、ニルヴァで一番大きな宿は『茶色のラスパス亭』だそうですが?」トーリは、受付カウンターの女性に渡された街の地図を見ながら、「どうします?」と皆に訊く。


「その次に人気なのが、『砂漠の美女亭』。ここは料理がおいしいらしいです」


「ふうん。私は普通にベッドがあってお湯が使えりゃあ、何処でもいい」


 そこは女の子ならもうちょっと気にするものじゃないのか? と樹はアレクの台詞に突っ込みたくなる。

 部屋は清潔なのか、とか、ただ身体を拭くだけじゃなくて、湯船があるのか、リネンは用意されてるのか、とか。

 そこまで考えて、樹は、あっそうか、思い直した。

 アレクは正騎士だ。女と言えども、戦いになれば猛者に混じって野戦もこなす役職なのだ。

 そういう経験を積んでいる女正騎士に、普通の子女のような繊細さを求めても、無駄だ。

 どういう経緯で正騎士団に入団したのか、聞いていなかったが、身分のある家の令嬢だと聞いていたのにドレスのひとつも着られずいつも油臭い鎧ばかり纏っているアレクが、本人はどう思っているかは別にして、樹はちょっとだけ哀れになった。

 妙な顔をしているのを見られたくないので横を向く。と、樹の目に、広場の一番奥に建つ、巨大な建物が目に入った。


「あれって、ニルヴァ首長の館か?」


「そうだが……」


 まさに目と鼻の先。時刻は、丁度昼過ぎ。

 乗り込むには絶好のチャンスだ。


「タツキ、まさか余計なことを――」


 アレクが止める言葉を口に出す前に、樹は、「ダメ元でアタックしてみようぜ?」と声を弾ませた。


 アレクが、大きく溜息を吐く。


「折角、目の前まで来てるんだ。行ってみない手はねえよ」


「タツキ。おまえの頭の中は、一体どうなっているんだ? 何度、無理だと言ったら分かる?」


「会う前からダメって決め付けるのって、おかしくね? 勇者(こっち)はなるべく強い武器が欲しいんだし、みんな俺の立場って分かってるんだろ? だったら、真っ向勝負で話してみるのも手だぜ」


「だから、それは現状無理だって――こらっ、ちょっと待てタツキっ!!」


 背後で制止の声を上げているアレクを無視して、樹はニルヴァ首長公邸を目指して足早に進んで行く。


 地球(こきょう)での不動産の仕事でも、ダメ元で土地の売買交渉をしに地主に会いに行って、こっぴどく追い返されたことなど数知れない。

 不動産の仕事は、千三つ。おいしい話が千例あっても、本当に纏まるのは三件くらいだ、とは、店を持たず、フリーで土地売買をしていた知り合いの言葉だ。

 樹は、仮にも父の跡を継いで、地元の売買だけで細々と経営していたので、そこまでの大博打に参加したことは無いが、それでも、値段交渉が折り合わずに売主や買主と険悪になったことは、ままあった。


 交渉事は、とにかく相手に会ってみなければ分からない。進むかダメかはそこからだ。


 と。

 腹を括って一人で頼みに行く気の樹を、エステルが追い駆けて来た。


「何だ? 止める気なら、わりいけどムダだよ?」


「いっ、いえっ。お引き止めは、しません。ご一緒します。でなければ、多分、タツキさまは公邸にお入りになれないので」


「……は?」樹は、何故? と首を傾げる。


「ですから、メンデス首長は、勇者、というタツキさまの自称のご身分だけでは、公邸の扉をお開きにはなりません。これは、こちらのしきたりです。

 幸い、というか、私は星の女神ナダエの巫女です。神々に仕える者は、ある程度位もありますが、大概が公の場所での信用があります」


 考えてみれば、そうだ。

 日本で言えば、市長か県知事に会いに行くようなものだ、勇者だ、と言っても逆に嫌がるこの世界の人間が、簡単に樹の言葉を信じるとは思えない。

 勇んで向かっていこうとしていた樹は、賛成しなお且つ冷静に助言してくれたエステルに感謝する。


「ありがとう、エステルっ!! また俺、いつもの悪い癖で、勝算無しで突っ走って行くとこだったっ!!」


 樹は、エステルの白くて華奢な手をぎゅっ、と握った。

 途端、エステルの顔が、ぽんっ、と音が出そうなほど、一挙に真っ赤になった。

 エステルは恥ずかしそうに樹の手をそっと外すと、「い、いえっ、これも、お勉めですから」と、俯いた。


「あらまあ、いい感じになってるのね?」からかう声に、樹は振り向く。


 広場の入口方面を背にしたグレイスが、腰に手を当ててくすくすと笑っていた。


「そそそっ、そんなんじゃ、ないですっ!!」エステルは真っ赤なままで、背の高いレン族の美女に抗議する。


「別にいいんじゃないこと? 勇者さまと仲良くするのは、仲間として当然だし」


「そうです」という、トーリの低い声が、グレイスの後ろから聞こえた。


「トーリまで来ちゃったんだ?」樹は少し意外な気がした。


 だが、美人二人は当たり前でしょ、と言わんばかりに微笑む。


「正騎士様は、おつむが固いのよ」グレイスが片目を瞑って、つん、と、鼻を上げた。


「アレクからの伝言です」と、トーリ。


「『砂漠の美女亭』で待っている、だそうです」


 トーリはそうは言わないが、その伝言が頑固者のアレクの、最大の譲歩であるようだった。

下書きしてあっても、最終的にアップのギリギリまで校正してたりしております。


それでも、間違いだらけにする、ダメ作者・・・

キャラも維持が大変ですうぅぅ

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