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9.砂漠の旅

 ルドラ山地の古城へ行くには、旧サスワット国の北側を横切って行かねばならない。

 旧サスワット国は千年前、勇者が最後まで自分の武器を見付けられず、魔王に大敗して滅んだ国だ。

 広さはエジン王国の4分の3ほど。

 地図で見ると、エジン王国の大きさは地球だと、ドイツぐらい。

 なので、旧サスワット国も小国ではない。

 魔王の魔力のせいで、今では全土が瘴気を含んだ砂漠である。


「魔王の剣はエジン王国の総合大神殿にあるんだから、勇者が負けて滅ぶのはエジン王国のはずなのに、どうして隣がやられたわけ?」


 樹の疑問に、トーリが淡々と答える。


「魔王と勇者が相まみえるのは、何も剣のあるエジンで、とは限りません。魔王が現れた地が、たまたま旧サスワット国だったのです。魔王は剣を呼べますから、決戦がサスワット国となり、勇者が負けたのでサスワット国が犠牲となってしまったのです」


「なるほどな」


「魔王の剣はサスワット国の全てのものを粉々にした。おまけに、凄い瘴気を撒き散らした。エジンの西側の人口が少ないのも、これまで冬の季節風に乗って旧サスワット国から瘴気が来ていたからだ」アレクが付け足した。


 しかし、当初草木一本生えなかった瘴気を含んだ砂地も、1000年と言う時の経過と共に瘴気は薄れ、現在は危険なく人が入れるレベルであるという。


「最近じゃあ、高い木が密生して、小さな森があちこちに出来てる。そういうとこじゃあ水も湧いてるんで、旅をするのも大分楽になった」


 樹達が今居るのは、エジン国と旧サスワット国の国境の町ピケ。

 現在の旧サスワット国の話をしてくれたのは、砂漠の案内人だ。

 旧サスワット国は見事なまでの砂砂漠なので、初めての旅人が勝手に入るのは大変危険である。そこで、ピケとルドラ山地の麓にある町まで案内できる人間を雇うのだ。

 髭面に白いターバンを頭に巻いた、地球だったらアラブ人だろう案内人の話を聞きながら、樹は、オアシスか、と内心で呟いた。


 アレクは、案内人の他にラスパスという移動用の動物を、案内人の分も含めて六頭借りた。フタコブラクダにそっくりなラスパスは、背中のコブの間に鞍を置くところまで同じだ。

 地球のラクダとの大きな違いは、前方のコブの左右に、下に垂れ下がるように小さなコブがついているところだ。


「何で、こんなにコブだらけなん?」樹は、大人しいから大丈夫だ、とラスパス使いに言われ、小さなコブに触れてみる。


 硬そうに見えた毛は意外にも程良く柔らかく、小さいコブは掌で触るとぷよん、とした感触だ。

 手触りが気持よくて、いつまでも触っていると、呆れたような顔で見ていたアレクが「子供か」と言った。


「旧サスワット国にはほとんど水が無い。雨も降らないから、次の水場まで水分が無くならないように、コブが増えたんだろう」


 女性だと(しかも二十四歳だった!!)判ってから、少しの間、樹はどう接していいか悩んだ。が、樹が気が付いてもまるっきり変わらないアレクの態度に、結局樹のほうも元に戻ってしまった。

 考えてみたら、男ばかりの正騎士の中で、紅一点、揶揄われようが詰られようが、ひたすら正騎士の責務を果たして来たのだ。

 昨日今日異世界(こちら)へやって来て、ろくすっぽ剣技も身に着けていないような樹など、ただの鼻垂れ小僧だろう。


 それに、戦闘用のシャツに鎖帷子を着、その上から金属製の鎧を装着している正騎士は、胸が大きいか小さいかなど、ほとんど判らない。

 オーダーメイドではあるらしいが、アレクは小柄なせいか、どう見てもトーリが言うほどバストがあるようには見えない。

 これはトーリに担がれたかな、と思いつつ、樹はアレクの胸の辺りを見てみる。


「何だ?」気付いたアレクが、金色の眉を吊り上げた。


「あ、いや……」樹は、なるべくさりげなく後ろを向く。


 こういう時の男は本当にさもしいと、樹は自身を情けなく感じた。


 ******


 ピケから最初の中継地までは、約2日。

 ラスパスは案外力持ちで、人間の食料や水、テントなどを、胸の前と、手前の左右の小さなコブに括り付けて、その上人間を乗せて砂漠を歩く。


「すっごい、忍耐力だよなあ」樹が乗ったラスパスを撫でていると、


「あんた達、ついてるよ」と、案内人の男が嬉しそうに言った。


「何が?」と訊いた樹に、案内人は空を指差した。


「旧サスワット国じゃ、雨は年に数度降るか降らないかだ。その雨が、今、すぐそこまでやって来てる。見てなよ、池をひっくり返したようになるぞ」


 言ってる側から、見る間に頭の上は真っ黒な雲に覆われる。

 周囲に雨を避けるものなどない。

 樹達は、案内人のする簡易テント張りを、見よう見真似で慌てて作る。

 ラスパスから、濡れて困る荷だけを下ろし、一人ひと張りの中へ逃げ込んだ。

 程なく。

 皮膚から内臓へまで響くような雷鳴が轟く。重厚な天のドラムを合図に、大雨粒の雨が砂の大地に零れた。

 雹かと思うほどの大きな雨粒が、樹達のテントを容赦なく撃つ。


 放り出したラスパスは大丈夫なのかと外を窺うと、この動物、雨にはめっぽう強いらしく、平気な顔をしてその場に立っていた。

 

 砂を撃ち抜く勢いの雨は、三十分くらい降っただろうか。

 樹は、やや弱まって来た雨音で安心し、テントの外へ首だけ出してみた。

 と。

 ラスパス達の足の間から、自分達の居る所から三メートルほどの辺りに細い川が出来ているのが見えた。

 こんな短時間で、畦ほどだが砂漠に川を作るだなんて、凄い降り方だと思った刹那。

 あっさりと雨が上がった。

 ラスパスが、びしょびしょになった毛皮から水気を切るため、思い切り身を震わす。

 顔を出していた樹は、水切りの水をもろに浴びてしまった。


「――いってえっ」


 上手くテントに隠れて見ていたアレク達や、案内人にまで笑われる。

 全員テントから這い出て来て、再びラスパスに荷を括り付ける。

 荷作りが終わり、再びラスパスに乗ろうとした樹は、トーリが地面を見ながら例の古代呪文を唱えているのを目撃した。


「ん? なんの呪文だ?」


 樹の問いに、トーリが薄く笑む。


「呪というほどのものではありません。軽いまじないです。折角あれだけの雨が降ったのだから、染みた水が砂の下のどの辺りを流れているのか見えれば楽かな、と」


「へえ? 砂漠の水脈が見えるまじないがあるのかい?」案内人が驚く。


 トーリは、「比較的浅い場所にあれば、見えます」と、答えた。


「先住民の古いまじないです。簡単なので、よければ後でお教えします」


 そりゃ有難い、と、案内人の男は喜びながら、ラスパスに跨った。


 実際、トーリのまじないは役に立った。最初のオアシスに着くまでに二度、水脈を見付けてみんなで喉を潤すことが出来、ラスパスも砂を掘った浅い水場で身体を休めることが出来た。


 ただ、樹としては、これまで見たことも無い野生動物との遭遇には、ちょっと困った。


 地球でも、砂漠の動物はユニークだが、メラニの動物はその上を行く。

 まずはハダカウサギ。

 因幡の白ウサギが現実になったとしか見えない容貌で、毛が一本も無く、肌の色素が無いので動脈や筋肉がはっきり見える。

 大きさは、ハムスターくらいで、ウサギの特徴である耳はしっかり長い。

それにしても砂漠なのにどうして透明なのか?

 ハダカウサギの他にも奇妙な動物はまだ居る。カエルもそうだ。

 体調は、本当にトノサマガエルとおっつかっつだ。違うのは、両目の間に小さなコブが一個ある。

 肌は、ハダカウサギと同様、色素が無い。

 水の無い砂漠にカエルが居るはずがないので、実際にはカエルに似た別種の動物である。

 アレクはミニマムドラゴン、と言った。


「普段は大人しく砂の中に潜っているが、あの大きさで、一旦怒らせるとラスパス二頭を軽く焼き殺すくらいの火を吐くんだ」


「案外、厄介だな」


 樹の率直な感想に、アレクは「そう。だから、踏ん付けた時は全速力で逃げた方がいい」と忠告してくれた。


「それにしても、何で毛が無くて透明なん?」


「詳しく調べた学者が居ないから推測ですけど」と、前置きしたトーリは、

「小動物は、日中の暑さを凌ぐのに、毛があったら邪魔だから、と言われています。あと、捕食動物が、毛があると捕まえ易いので無くなったのではないかとも」


「旧サスワット国の砂漠には、他にも肌の色素の無い動物が結構いる」アレクの言葉に、樹はもしかしたら魔王の瘴気が関係しているのかも、と推測した。


 砂漠と言っても、北極寄りの大陸の中央部である。陽が落ちると一気に気温が下がる。テントも張り終え、火を熾して食事の支度をしていると。

 先に水場に来ていたパーティの中の男が、樹達のところへ寄って来た。

 いかにも百戦錬磨の冒険者という風情の赤毛の大男は、ごつい顔をにやつかせながら樹達を見回す。


「あんた達も、魔法剣探しか?」


 意味が判らず、樹はアレクを見た。焚火と夕日に照らされたアレクの横顔は、不機嫌極まりないものだ。

 むすっとした顔で焚火の上に吊るした鍋に干し肉をナイフで削って入れている。

 男を相手にする気が無いらしいアレクに代わり、トーリが「ええ、そうです」と、答えた。


 おっとりと優しげな顔の割に声の低いトーリに、男は少しびっくりしたような表情になる。

 が、気を取り直したのか「へ、へえ、やっぱりか」と、取り繕った。


「女の子四人にヤローが一人。どう見てもパワー不足のパーティだと思うんだが。――どうだい、ここはいっちょう、俺らと組まないか?」


「……生憎、人手には困って無い」アレクは面倒臭そうに言った。


 男は苦笑すると、トーリとエステルの間に、強引に割り込んでしゃがんだ。


「こっちの浅緑の髪の可愛いお嬢ちゃんは巫女さんか。どの神様の巫女さんなんだ?」


 ずいっ、と髭面を近付けられて、エステルはやや怯えた表情で後ずさる。


「ほっ、星の女神ナダエ様ですっ」つっかえはしたものの、いつものエステルよりははっきりと言い切った。


「ほー、そいつはすげーな」男は本気で感心した顔をする。


「ナダエの巫女さんって言ったら、魔王が現れる時に必ず倒すために、訓練の旅に出るんだって聞いてっけど……。あんたもそれか?」


「あ、いえ、今回は……」誤魔化すのが苦手なエステルが、赤い顔をして口ごもる。


 彼女の浅緑色の髪の一房を、男はすっ、と手に取った。


「まあいいや。でも、ナダエの巫女さんって、みんな美少女だって噂してたが、ほんとなんだな。あんた、いくつ?」


 エステルが今度は本当に嫌悪で固まってしまったのが、反対側の樹にも分かった。

 いやらしくやに下がった面をした図々しい客をとっととぶっ飛ばしてやろうかと、樹が腰を浮かす。

 が、樹が噛み付くより早く、トーリがエステルの髪を弄ぶ男の手を強く払った。


「自分が名乗りもしないうちからこちらの事情を根掘り葉掘り聞いた挙句、婦女子の身体に不躾に触って来るとは、エジン王国の冒険者協会に席を置く戦士とは思えない蛮行ですね」


 トーリの、憤慨を抑えた整然とした抗議に、男は大仰に驚く。


「おーお。おっかねえの。――気取ってっけど、どうせおまえら、その兄ちゃんの女なんだろ? 女の中に男一人のパーティっつったら、普通は全部愛人か性奴隷かだもんよ。だったらちょっとくらいこっちにも……」


「だっ――!! だれがっ、タツキさまの、おっ……、おっ、おんな、ですかっ!!」


 木のスプーンを握り締めて、エステルが怒鳴った。


 男は、しかしエステルの激昂を無視するように「ふうん、タツキって言うんだ」と、静かに復唱した。


 この男、と樹は思った。

 明らかにこちらを怒らせて情報を引き出そうとしている。

 同じことを思ったらしいアレクの手が、ナイフを脇へ置くとそっと剣の柄に置かれているのが見える。

 樹も、相手に気付かれないように、剣の柄を掴んで引き寄せた。

 二人の殺気に気付いた男が、「おおっと、こいつは長居し過ぎたかな」と、両手を挙げて立ち上がる。


「ほんとに、他意はねえよ。人手が足りなきゃ手伝うって」


「くどい。人手は足りてる。さっさと自分達の場所へ戻れ」


 アレクの脅しにもまだにやにやとしている男に、グレイスがのんびりと恐ろしい追い撃ちを掛けた。


「そうよねえ。あんまりしつこいと、連射でそっちのメンバー全員射殺すわよ」


 男はその時になって初めて、グレイスがレン族の高位の弓使いだと気付いたようだった。


「わっ、わかったよっ。――邪魔して悪かったな」男は顔を強張らせて、自分の仲間の元へと戻って行った。


「ったく。嫌な手合いだ」アレクが吐き捨てるように言う。


「ふん……。あ、そう言や、ヤツの言ってた魔法剣って?」樹は、アレクの言葉に共感しつつも、男の言っていた剣の話も気になってしまった。


 アレクは、ああそうか、という顔をした。


「ルドラ山地の古城のどこかに、いにしえの古代文明が高度な技術を駆使して創り出した、強力な魔力を帯びた剣があるという噂話だ」


 アレクの話に、トーリが付け足す。


「ただ、もし本当にあったとしても、もうとっくに何処かの国の宝物庫か、武勲の騎士の家の家宝になっているでしょう。

 古代文明の特殊武器は各地でも多く見つかりましたが、最近は遺跡からも、ほとんど高価なものは出ていません」


「そっかあ。……じゃあ、今回は戦闘訓練だけってことか」樹は少し肩を落とした。


 焦っても仕方ないのは分かっているが、もし、出来るのならば、一刻も早く武器を探し出し、魔王を倒し、帰れるものなら地球に帰りたい。

 あちらでは既に、自分は故人となっているかもしれないとエステルに言われたが、それでもいい。

 幽鬼となっても、一目だけでも、妻と息子の姿が見たい――


「それで思い出した。タツキに言い忘れてた」アレクの、至極つっけんどんな言い方に、樹のセンチメンタリズムは一挙に破壊された。

遅い!! 遅すぎるっ!!

でも、頑張ってますっ!!

次は「月天使~」の続きを、一週間で上げられたらいいなー。

「勇者~」はその次の週になる、予定です。

予定、です……(泣)

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