表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

ネジないの

作者: 吉水ガリ

「おじさんの頭の中はお花畑?」

 あどけない顔をした少年から不意に放たれた言葉に、男はぽかんと口を開けた表情を返してしまった。

 しかし、すぐさま顔を引き締める。

「坊主、俺に何か用か?」

 怒気を孕まないよう注意を払って言葉にした。

 若造や中年ならともかく、目の前にいるのはまだ十代にも満たなそうな子どもである。ふざけた台詞を投げかけてきたからといって、喧嘩腰になるところではない。

「ぼくはネジを探してるんだけどね、おじさんの頭の中がお花畑だったら、そこを探して見つけられないかな、と思って」

「ネジ?」

「ぼく、頭のネジが一本抜けてるって言われるの。ぼくの頭から、どこか他の人の頭の中に行っちゃったんじゃないかと思うんだ」

――頭のおかしいガキか。

「おじさんは違うみたいだね。――――誰か知らない? お花畑の人」

 少年は小首を傾げて尋ねた。


「なんで連れてくるかな」

 突然の来訪者に、教祖は困り顔でそう言った。

「ここにはお花畑な連中がいくらでもいるだろ」

「それは否定しないけどさ」

「おい坊主、ここにいる信者どもならどいつもこいつも一人残らずお花畑だ。気が済むまで探せ」

 渋い顔をする教祖を尻目に、男は淡々と少年に告げた。

「ありがと、おじさん!」

 言うや否や、少年は駆け出した。広い屋敷に冒険心でもくすぐられたのだろうか。

「キミ用心棒でしょ、子どもなんか連れて歩きなさんなよ」

「連れはしない。しばらく遊んでれば気も済むだろ」

「人の家を舞台にしないでほしいんだけども」

「お前の娘もいるだろ。仲よく遊んどけ」

「それは無理かも……」


「あなた誰? 馬鹿な親から生まれた不幸な子どもの一人?」

 少女の口から発せられた質問に、

「わかんない」

 少年は単刀直入に答える。

 少女は訝しげな眼を寄越してくる。

「じゃあ、ここで何してるの?」

「キミの頭の中はお花畑?」

「は?」

「ぼくは頭のネジが一本抜けてるって言われるから、どこかにないか探してるんだ。もしキミの頭の中がお花畑だったら、そこを探して見つけられないかな、と思って」

――ただの馬鹿か。

「私は違うわね。この家にいるのはそんな連中ばっかりだけど。どいつもこいつも馬鹿でクズ。あたしの父親なんか金の亡者だし。――――というか、あたしから見ればあなた自身がお花畑なんだけど」

「ぼくが? でもたぶんネジはないよ。誰かの所に行っちゃってる」

「……そう…………大変ね」

 少女がため息交じりにそう呟いた。


 数十分ののち、少年は部屋に戻ってきた。

「どうだ坊主、気は済んだか?」

 用心棒の問いに、少年は首を振る。

「全然見つからない。みんなお花畑じゃないっていうし……」

「そうか。じゃあ、そろそろ諦めて家に――」

「おい詐欺師! 面見せろコラッ!」

 突然、屋敷に怒号が響いた。続いて、どたどたというやかましい足音が聞こえたかと思うと、部屋のふすまが開け放たれた。

「この腐れ教祖! よくも俺を騙しやがって! 何が幸福だ! 何が真実だ! お前は自分が金を儲けることしか考えてないだろ!」

 現れたのは一人の男だった。怒りで震える声、真っ赤になった顔、血走った眼。

 その視線はまっすぐに教祖へと向かっていた。

「あんた、なんだい突然!」

「うるせえ! 俺は分かったんだ! こんな宗教、すべてまやかしだった! 俺を救ってはくれなかったんだ!」

 男が両手をすっと前に出した。その手には拳銃が握られていた。

「お前を殺してや――」

 男が言い終える前に、銃声が響いた。

「お前が死ね」

 用心棒の手にも拳銃が握られていた。その銃口はまっすぐに、侵入してきた男に向けられていた。煙が微かにたなびいている。

「いきなり殺すなよ、おい」

「いきなり殺されるところだったぞ」

「それはそうだけどさ、手を撃つとかできるでしょうに」

「俺は心の中に獣を飼ってるんだ。――――殺る時は殺る。中途半端な真似は出来ねえよ」

 言いながら、用心棒は膝を折り、眉間に穴の開いた男の顔を覗き見た。

「騙されて逆上する。そんな馬鹿な男らしい面構えだな」

 そう吐き捨てた用心棒のそばに、少年が歩み寄ってきた。

「おい坊主、死体なんてまじまじと見るもんじゃねえぞ。どんな死に方でもろくなもんじゃ――」

 用心棒の声はそこで途切れた。

「ん? どうした」

 教祖が声をかけた次の瞬間、

「――――!」

 空中に血が舞った。

「なッ?」

 用心棒が倒れこむ。その口からは血が溢れている。

 用心棒は自分の胸のあたりを手で押さえていた。そこからは血が滲みだし、赤い染みを作り始めている。

「なんだよ、おい!」

 突然の事態に困惑した声を上げる教祖に答えを寄越したのは、幼い声だった。

「ごめん、ぼくが刺したんだ。いきなりでびっくりしちゃった?」

 こともなげにそう言ってのけた少年の手には、ナイフが握られていた。

「なんでこんなことを……」

「おまえ……誰かの差し金か…………?」

 二人の言葉に、少年はきょとんとした顔をする。

「ぼくはネジを探してるだけだよ。お花畑はなかなか見つからないし、ぼく、他の所にないか考えたんだ。――――おじさんの心には獣がいるんでしょ?」

 少年の問いかけに、用心棒は答えを返すことができなかった。無言で息を飲むしかなかった。

「もしかしたら、その獣さんがぼくのネジを飲み込んだんじゃないかと思ったんだ。心があるのってここだよね?」

 少年はずいっとナイフを突き出し、なおも赤く染まっていく用心棒の胸を刺した。

「――――!」

「鉄の匂いがする! ぼくのネジはここにあるかも!」

 少年は嬉々としてナイフを胸に突き立てる。

 教祖はそれを止めることもせず、ただただ息を飲んで見ていた。

一分も経たぬうち、

「あれえ? 無いや。ここならあると思ったんだけどなあ」

 少年は残念そうな声と共に、その手を止めた。

「どこにあるんだろう、ぼくのネジ」

 そして、教祖の方に向き直る。

「おじさんは『金の亡者』なんだよね。金だけじゃなくて鉄も好き?」

 そう言った少年の目は、期待に満ちた輝きをしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ