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第一章 潜入のパラサイト 夢の世界

「おーす」

 サキチは寝ぼけ顔で会社の中に入ってきた。

「ちょっと、また遅刻だよ。今、何時だと思ってるの?」

「いいだろ別に依頼があるわけじゃないし……」

「依頼があっても遅刻する癖に」

 サキチはピナの小言を聞きながら荷物を部屋の隅に置くと、ソファーに座る。ソファーに座ったサキチは机の上に置いてある手紙を見つけた。

「なんだこれ?」

「あーそれは依頼の手紙よ」

「なんだよ。依頼が来てたのか? だったら早く」

 サキチはそこまで言いかけて手紙の内容に驚きの表情を見せる。

「おい……これって」

「まだヘッドフォンとかは送ってないよ。その依頼を受けるかどうかはサキチに決めてもらおうと思って」

 サキチは手紙の内容をよく見る。そして手紙を読み終えるとピナの方を見る。

「俺達の仕事の中でこの仕事が一番きついよな。でも、この仕事がもっともアトラクタの箱に近づける仕事であることも事実。受けるしかないな」

「分かった。それじゃあ、ヘッドフォンと音楽再生プレーヤーを送るね」


 それから3日間が経ち依頼主が会社にやって来た。

「彼女が宮内サチコさん。今回の依頼主よ」

 ピナは宮内と呼ばれた女性にお茶を出しながら、サキチに紹介をする。

「依頼内容は、亡くなった息子さんの最後の言葉を知ること」

「ああ、分かってるよ」

 ピナの紹介が終わりサキチは宮内の前に座る。

「宮内さん。今回のあなたの依頼をお受け致します。ですがその前にあなたにその覚悟があるかどうか今一度問わなければならない。それほど強烈なことです」

「……私は、息子が亡くなった本当の原因が知りたい。息子が最後に伝えたった言葉を知りたい。その為ならどんな苦痛にも耐えて見せます」

「分かりました。それではさっそく始めましょう」

 サキチとピナそれに宮内はヘッドフォンを装着した。そして音楽を再生させる。


 3人はヘミシンク効果により強制的に眠りにつく。そして、宮内が求める記憶が再現された夢へと潜入した。

「時期的には2週間ほど前か……」

「宮内さん、それじゃあ私達を例の場所まで連れて行ってください」

「……はい」

 しかし宮内は動こうとはしない。良く見ると宮内の額からは汗が流れている。身体も震えている。

「大丈夫……ですか?」

「……はい」

 宮内はようやく歩き出す。そして一歩一歩目的のその場所へと進んでいく。しばらく歩くと宮内は足を止めた。

「ここが息子が亡くなった場所です」

 そこは静かで人通りも少ない路地裏であった。宮内は相変わらず震えている。無理もない。今からここで非常に冷酷な現実を叩きつけられるのだから。


 宮内の依頼それは……殺された息子の原因。そして息子の最後の言葉である。社長が開発したこのシステムには生きた人間に使う方法と死者に使う方法の二通りが存在する。前回の依頼は生きた人間に使った。今回は死者に使う方法だ。人間の記憶は脳の中にある海馬と言われるところに蓄積される。その場にいる者の五感によって幾億もの電気信号パターンとなり海馬に蓄積されるものが記憶である。通常生きている人間はこの記憶を蓄積し8760時間で1つの階層を形成する。しかし死者の特に今回の殺人のような強烈な記憶は死んだ後もその記憶が海馬に残り、そして新たな記憶が形成されることなく永遠にその記憶を反復することになる。社長の開発したこのシステムは死者の海馬にも同じヘミシンク効果を与えることが可能であり、それをリンクさせることで今回のように死者の記憶の中に潜入が可能となるのである。


 ただし、この死者の記憶は先程述べたように『繰り返す』という特徴を持っている。つまり、サキチやピナだけでなく依頼主であり殺された息子の母親である宮内も、息子が殺された場面を何度も繰り返し見ることになるのだ。それがサキチが一番きつい仕事と言っていた理由である。

「時間はそろそろか」

 サキチは腕時計を確認する。宮内のほうを見ると宮内はある一点を見つめていた。宮内が見つめる先には、これから起こることなど知るよしもない宮内の息子が携帯を片手に歩いていた。

「ケイタ……」

 宮内は一歩前へと歩を進める。生きている息子の姿を見つけた宮内は無意識に歩を進めたのだ。それに気が付いたサキチは宮内を止める。

「宮内さん。駄目です。依頼を受ける時、契約にあったはずですよ。干渉は許されません」

 このヘミシンク効果は、海馬の記憶を夢として再現する。しかし、この夢は海馬の記憶を忠実に再現しているだけに夢の中での干渉はイコール記憶の改ざんとなる。今回の場合記憶の持ち主は死んでいるのだからあまり関係はないとは言えるが、仮に今飛び出して息子を助けたとしても殺されるという結果は収束し変わらない。それどころか息子の記憶には母親が助けに来たという記憶が新たに刷り込まれることになる。これが生きている人間の場合、過去の記憶に矛盾が生じ、それが結果として脳の許容限界点に達することで精神崩壊が起きる可能性があるのだ。もちろんそれには個人差があるが、そう言った理由から過去への記憶改ざんは絶対に許されていない。サキチやピナが今回のような場合に依頼者と共に夢に潜入する場合、依頼者の抑止という仕事も兼ねているわけだ。

「でも息子が……ケイタが……」

「落ち着いてください。これは過去の記憶。ただの夢です」

「でも……でも」

「もし契約を破るようなことがあれば、強制的に拘束。その上90分が過ぎると同時にアナタはこれ以上夢に潜入できなくなります。いいんですか?」

 サキチのその言葉に宮内は多少大人しくなった。少しばかり脅しが入っているが、そうでもしないと今にでも飛び出しかねないのだから仕方がない。ただサキチは宮内の気持ちも分かっていた。目の前には生きている息子がいるのだ。夢の中とはいえ話しかければ会話も出来る。子を持つ親にとってこれほど嬉しいことはないだろう。しかし同時にサキチ達にとっては最も危険な人物でもある。


 こういう人ほど社長が最も懸念していた『パラサイト現象』に陥りやすいからだ。例え一時的であろうと元気な息子に会える。ここに来れば会えると知る。そうなれば何度でも何度でもこの世界に来ようとする。そうしてやがてこの世界の住人になろうとする。90分という枠を飛び越えて、自分の命も顧みず。こういう時の対処法は決まっている。このたった一度の潜入で問題を……依頼主の希望することを達成することである。

「あ……」

 宮内の目にはある人物が写った。自分の息子の背後から近づく一人の男。宮内はこの男に見覚えがあった。そう、現実世界ではこの事件は2週間前の出来事。すでに犯人は警察によって捕まっており、宮内もこの犯人と接見したことがあるのだ。そんな宮内が息子を殺すと分かっている犯人を目の前にして、大人しくしていることが出来るわけがない。

「……お願いやめて。ケイタを殺さないで」

 宮内が暴走しないように腕を抑えているサキチに力が入る。サキチの腕を振りほどこうと宮内が力を入れる為だ。宮内の願いも虚しく犯人は息子を後ろから包丁で一撃の元、突き抜け殺害する。完全なる通り魔事件。犯人は捕まった後誰でも良かったと言っている。ただそこに宮内の息子がいたから刺した。結果死んだだけ。それだけの理由。そんな理由で大切な息子を奪われた親の気持ちが軽いはずがない。本当は、自らの手で犯人を殺したいとすら思っているだろう。サキチもできる事ならば夢の中でくらい犯人を殺させてやりたいと思っている。でもそれは絶対に出来ない。そういう決まりなのだ。

 息子を刺した犯人はそのまま走り去っていく。そしてサキチ達の目の前には背中から包丁で刺され大量に出血している息子の姿が映っていた。地面が鮮血で赤く染まっていく。この出血の量では恐らく息子は5分と保たずに死んで行ったのだろう。

「ケイタ……ケイタ……ケイタ」

「気持ちは分かりますが落ち着いてください。宮内さん。息子さんの最後の言葉を聞くんでしょ?」

 サキチに宥められてはいるが宮内は動揺を隠し切れない。過去の出来事とはいえ目の前で息子が刺されたのだ。しかしサキチも腕の力を緩めるわけにはいかない。力を緩めればすぐにでも宮内は息子のところへと駆け寄ってしまうだろう。


 こういう状況で危険なことはもう1つある。それは生きている宮内への影響だ。このシステムは海馬の記憶を鮮明に再現する。そう現実と夢の区別がつかないほどに。それほど鮮明に再現するからこそ、過去の記憶を知ることも可能なわけだが、あまりに鮮明な記憶の再現は潜入者にも誤った記憶を植え付ける。第三者として客観的に見ているサキチとピナには影響はない。しかし宮内は違う。宮内はこの夢の世界の過去の記憶を、自分の記憶として認識してしまう危険がある。つまり実際には現場にいなかった宮内だが、このシステムを使うことであたかも自分が現場にいたような錯覚を起こすのだ。つまり目の前で息子が殺される現場を見た今のこの状況が現実の記憶となって上書きされてしまうのだ。


 実際にはこのシステムの説明をし明晰効果により自由に夢の中を移動できる。それを認識してれば起こらないことではある。たいていの依頼者にこの危険はない。しかし宮内のように自分の状況を客観的に見ることができていないものは、そのあまりにもショッキングな状況に脳が対応しきれないのだ。人間の脳は意識しなければ『夢』と『現実』を区別できるようには出来てはいないのだ。

 

 と、突然辺りが真っ暗になる。突然のことに宮内は相変わらず動揺している。しかしサキチとピナにはこれがどういうことか分かっていた。そう息子の記憶が途切れたのだ。つまり死を迎えたということである。


 やがて空間は湾曲し始める。そして、気がつくとそこは会社のソファーの上。全員が無言であった。沈黙がその空間を包んでいた。宮内は目から涙を流していた。それを見ていたサキチが宮内に声を掛けようとした時、突然ピナの声が聞こえた。

「……宮内さん。手続きはコチラでお願いします」

 いつもの事務仕事。ただ心なしか声が少し暗い。宮内は言われるがままに手続きを進める。

「息子は……」

 宮内の声に二人は注目した。

「ケイタは、悲惨な死に方をしました。なんの理由もなく、ただそこにいただけで殺されて。きっと無念だと思います。でも私は息子の心の内を最後に聞けて良かった。有難うございます」

 宮内は涙を流しながら頭を下げる。


 正直、サキチは息子の最後の言葉を聞いていなかった。宮内を抑えるのに必死だったからだ。でも近くにいたピナと宮内はしっかりと聞いたようだった。


 このシステムは死者の記憶の中にさえ潜入出来る。しかしこれはあくまでも生きている人間の為のシステムだ。生きている人間が過去にある大切な『何か』を見つける為の。宮内が帰り再び会社は二人となった。サキチはいつもと同じように自販機からコーヒーを買いソファに座る。そしてコーヒーを飲みながら、ピナを見た。ピナはずっと静かに後ろを向いたままだった。

「……泣いてるのか?」

「……泣いて……ない」

「泣いてるじゃねぇか……」

「泣いてない!!」

 強がるピナにサキチはそれ以上は何も言わなかった。

「人の記憶に……心に潜入出来るって……ある意味とても残酷なことだよね」

 サキチはコーヒーを飲み干す。

「ああ、そうだな」


 人はみんな心に大切ななにかを持っているのかも知れない。ピナもサキチも今回のことでそう思った。



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