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春-それが初恋だから-  作者: 宮嶋 実果
7/10

〇6〇

 その人はまだ三郷が倒産する前に、たびたびウチの工務店に足を運んでいた営業マンの一人だった。けれど、彼は三郷が倒産する直前に、忽然と行方をくらまし、結果的に三郷は倒産し、ウチの工務店まで廃業に追い込まれてしまった。


 とは言え、お父さんやお母さん基より、私たち家族は彼をちっとも恨んではいない。

 

 元々経営するよりも現場主義で、社員もその頃になれば先行きの不安から他社に自力で乗り換えていた為、残り少ない社員達には一軒家を売り払い、その売却金で退職金を払い、次の勤め先を世話をしてあげた上で、頭を下げていた。


 ウチで働いてさえいなければ、新しい職場で苦労する事も無かっただろうに、と。


 お父さんに頭を下げられていた元社員達は気にしないで良いと言ってくれ、もし再建出来たら呼びもどして欲しいとまで言ってくれた。

 彼らが言うには、ウチの工務店ほど融通がきき、尚且つ腕が揮える職場は無いそうだ。


 安い給料だったにも拘らず、最後の最後まで残ってくれた社員は本物の職人だと、お父さんは少し悲しげな笑顔を浮かべていたような気がするが、その事はまず置いておくとして、どうして彼がココにいるのだろう。って、考えなくても良いか。


 彼は営業マンにしておくのがもったいない程有能で、理性的で、理知的で、ある意味、怖い人だった。だって、彼は土産話と称して、まだ学生だった私に自分が勤めている会社の上司の弱みや秘密を暴露し、笑い話にしていたのだから。


 その穏やかで優しげな笑顔の下に隠された感情や野心に怯え、私達家族や社員達は彼の逆鱗に触れないように慎重に事を図り、まるで空で綱渡りをしているような感覚で、彼と付き合っていた。


 その時ほど先人の有難い言葉を実感した事は無かった。



 ――触らぬ神に祟りなし――



 なんと真実をついた奥深い言葉だろうと、感動した事は未だに良く覚えている。


 そんな恐ろしてくも、今は割とどうでもいい事をつらつらと思いだしていた私は、彼が自分を不審人物を探るような警戒している目つきで見つめている事に対し、気付くのが遅れてしまった。そのせいか久々に私は彼の氷の眼差しを頂いてしまい、生きた心地がしなかった。


「お久しぶりです、お元気でしたか?梅子お嬢様?」


「お、お久しぶりです、水峰みなむねさん。しのぐさんはお元気ですか?」


「えぇ。冬には子供も生まれますよ。――処でこちらで何をなさってお出でですか?お嬢様とあろうお人が。」


 彼は相変わらずだった。

 言葉は丁寧でも、本音は違う。彼は私を《お嬢様》と呼びつつもその本意は【何も知らない子供ガキ】だと、語っている。


 きっと、昔の私ならそこで怯えて終わっていた所だろう。

 けれど、今の私はこれでも家計を支えるとは大げさだろうけれど立派な収入源の一つの駒。もう守られているだけの何も知らない子供ではいられないのだ。

 

 私は意識して口角を上げ、自嘲してみた。


「どうもこうも、三郷が倒産したから学校に通えなくなって。それでとりあえずバイトしてウチに残った負債返却の手助けしてるわけ。ここにいるのは派遣のバイトの為なんだけど、受付の人が私を入れてくれなかったの。プライドがあるのは良いけどさ、ちゃんと人の話を聞いて、先入観で判断して欲しくないよ。」


 このまま帰ったら、私の派遣先がまた非難されちゃう、と愚痴れば。


「なるほど、お嬢さ――いえ、小野田さんが新しい清掃担当だったんですね?」


「・・・?はい。今日からですけど。」


仙田アイツから話は聞いてます。すぐに案内しますよ。小野田さん」


 どんな心境の変化が生じたのだろう。水峰さんは私の呼び方を変えた。


 そんな突然お嬢様呼びを改めた水峰さんを訝しみつつ、私は彼に手を引かれたまま、半ばズルズルと引き摺られる様にして、私はエントランスから堂々と入り(見世物じゃないからね!!)、エレベーターに乗せられ、地下に案内されたのだった。


 で、その先に案内された部屋にいたのは、忘れたくても忘れられない、あの日の空腹ホームレスさんだった。

 

 

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