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月姫の事情・1



 それは、ただ何でも無い毎日の延長の先、ある日の放課後に起きた出来事。



「ちょっと、彼に色目使わないでよ!!」


 窓の外からは部活の声が聞こえてくる、誰もいない放課後の教室で、桐ケ谷秋穂きりがや あきほは、学校内でも美人と評判の先輩にいきなり呼び出された挙句、そう怒鳴られて目を丸くした。

 目の前で、眉を吊り上げて怒りを露わにしているのは、秋穂の一つ上の学年の東堂麻衣亜とうどう まいあ。緩くウェーブを描く亜麻色の長い髪をおしゃれにセットし、薄く化粧をしたその顔は確かに美人である。しかし、キッと吊り上げられた目は秋穂を睨みつけており、般若もかくやという形相であった。


 そんな麻衣亜の言葉に、秋穂は“彼”とは誰のことかを考えていた。

 恐らくそれは、秋穂と同じ部活の先輩のあの人のことだと見当をつける。けれども、秋穂にはその先輩に色目を使ったという心当たりは無い。

 確かに格好良くて面倒見のいい先輩ではあるが、それは誰に対しても同じであり、それに彼は秋穂の好みではなかった。何よりその先輩は麻衣亜と恋人同士で、彼女にベタ惚れであると言われているのだ。

 人の彼氏を取るなんて考えもつかない秋穂は、ただの一後輩として彼と接していたのだが、一体何がどうしてそんな話になったのかと、首を傾げるばかりである。


「……あの、……いったい何のことか……」

「とぼけないでよ! あんたが彼を好きなこと知ってんだからね!」


 さり気なく否定をしてみたものの、麻衣亜は全く聞いてない。というか、いつ、どこで、秋穂が彼を好きだということになっていたのか。いや、本気の本気で秋穂は彼を好きだと思っていない。思ったことも無い。神に誓ってもいい。


「私は、先輩のことは何とも思っていません!」


 精いっぱい否定してみるものの、麻衣亜は「嘘よ!」と声を荒げるばかりで聞いてくれない。秋穂はいよいよ困り果てた。

 確かに、大好きな彼が他の女にちょっかいをかけられるのは気に入らないだろう。健気な恋心故と言えなくもない。だが、その前に人の話を聞いて、事実を確認して欲しい。


『本当に、大丈夫……?』

 麻衣亜から話があると言われ、先に帰ってもらった友人の言葉と心配そうな顔が頭を過る。

 麻衣亜は学校内でも有名な美人ではあったが、それと同時に気位が高く思い込みが激しくて、しょっちゅう周りとトラブルを起こすという話もよく聞いていた。今の秋穂と同じように、恋愛がらみの言いがかりをつけられたのも、一人二人ではないそうだ。

 その話を知っていたからこそ、友人は秋穂一人を残すことを心配してくれていたのだ。


「何黙ってんのよ! 何とか言いなさいよ!」


 どう説明したものかと秋穂が困っていると、返事が無いことに怒った麻衣亜が、そう怒鳴りながら腕を振り上げた。

 えええええ!? と内心悲鳴を上げながらも、こういった経験が今までなかった秋穂は、とっさに逃げられずぎゅっと目を閉じて、衝撃を待った。


 しかし、いつまで経ってもその瞬間はやって来ず、秋穂が恐る恐る片目を開けると、辺りは真っ暗な闇に包まれていた。

 あれ? いつの間に夜に!? と慌てたが、外の街の光も一切見えず、教室の窓枠や整然と並んでいた机や椅子もうっすらとも見えない。

 上も下もない完全な闇に、秋穂がパニックになりかけたとき、闇の向こうに小さな光の輪が見えた。赤・青・緑・水色・白・紫の淡く光る六つの玉が、等間隔で円形に並び、その円がくるくると回りながらゆっくりと近づいてくる。

 そして、その光の輪が秋穂の周りを取り囲み、秋穂を中心にしてくるくると回り続ける。


 その光景に、状況が分からないながらも忙しく円の光を目で追っていた秋穂は、いきなり聞こえてきた、『姫様』『見つけた、見つけた』『会えた、良かった!』といった声に、はっと息を飲む。瞬間、頭の中に、フラッシュ画像のようにパッパッと様々な映像が浮かび上がっては消えていく。


 どれほどの時間をそうしていたのかは分からないが、映像がすべて消えたとき、くらりと眩暈がして、片手で頭の米神の辺りを押さえる。ふらつきながらも、少し前屈みになってその場に崩れ落ちるのを耐え、その格好でしばらく目を閉じていたが、やがてふーと大きく息を吐いて、体を起こした。


 一気に蘇った記憶に、まだ多少頭はくらくらしていたが、それでも周囲を囲む光達に秋穂はふわりと笑いかけた。


「迎えに来てくれたのね」


『姫様! 神獣様達がタイヘン、タイヘン!』

『お起こししなきゃ!』

『早く帰りましょう!』


 秋穂の周りで跳ねるように光が踊る。それにこくりと頷いた秋穂は、視界の端に映った影に、驚いてそちらの方に顔をやった。

 そこには、気を失って倒れている麻衣亜の姿があり、秋穂は両手で頭を抱えた。

 どうやら、傍にいた彼女まで巻き込んでしまったらしい。しかし、今ここで戻すのも危険だし、と秋穂が悩んでいると、途端に足元から光がわき上がり、とっさに強く目を閉じる。

 次いでゆっくりと目を開けると、そこは青々とした木々の生い茂る森の中の、僅かに開けた芝草の上だった。


 本当ならば、おそらく神殿の中に召喚されるはずだったのだろうが、急遽僅かに位置をずらしたのは秋穂だった。

 なぜそのようなことをしたのかというと……。


 懐かしい世界の風を感じながら、辺りを見回していた秋穂は、急いで近づいてくる十数人の人の気配に、慌てて森の中へと足音を立てないように駆け出し、遠目にその場の様子が垣間見える辺りに、そっと気配を殺して隠れた。

 そのまま太い木の影から僅かに顔を出して様子を窺っていると、秋穂達が現れ、未だに麻衣亜が気を失って横になっている場所に、鎧を纏った人や、神官や騎士のような恰好をした人達が慌ただしく現れた。

 そして、そんな人々の先頭に立っていたのは、遠目にも分かる、太陽の光を受けてキラキラと輝く濃いめの金色の髪、すらりとした体躯に、ここからでも感じ取ることの出来る純粋で強大な魔力。


 ――ああ、私の……。


 これほど離れているのに、それでも一目見ただけで体の奥から湧き上がる感情に、秋穂は胸元を押さえた。


 ――私の愛しのダーリン! 会いたかったわ。離れ離れでずっと寂しかったの。ああ、今すぐにでも傍に行きたい。ぎゅっとしてもらって、キスしてもらって、ずっとべったりくっ付いて、いつまでも傍にいたいの!


(な……何かしら。言葉が妙に俗っぽいのは私の育った環境のせいかしら?)


 そう妙な気分になりながらも、秋穂は今にも駆け出して行きそうな本能と、必死に戦っていた。


 ――大好き大好きダーリン! 今すぐ傍に行くわ。

(駄目駄目駄目! 私は元の世界に戻るんだから、絶対に近寄っちゃ駄目!!)

 ――ちょっとくらい良いじゃない。

(駄目ったら駄目! 会ったらもう離れられなくなるもの。私は帰りたいの!)

 ――ずっと離れ離れで、ようやく会えたのに……。

(駄目だっつってんでしょ! とにかく、会わないようにしてさっさと神獣達を目覚めさせないと!)


 ちなみにこれは、単なる秋穂の心の中での葛藤である。

 月姫の生まれ変わりでありその記憶を取り戻したと言っても、別に彼女の中に月姫の人格が存在するわけでは無く、単に彼女の記憶を受け継いだだけで、秋穂と月姫とは別人だ。けれど、眠たい寝たいやお腹空いた食べたい、という本能と同じように、太陽王の傍に行きたいいちゃつきたいという本能が、秋穂の中でしきりに揺さぶりをかけてくるのだ。それを、秋穂は必死に理性で抑え込んでいた。


 何故秋穂がこれほどまでに太陽王に会うのを嫌がっているかというと、太陽王の傍に行ってしまえば、秋穂の理性はあっさりと本能に負け、元の世界に帰る気など一瞬で消え失せてしまうことが明確に予想できるからだ。現に、この距離でちらりと見ただけでも、抑え込むのに苦労するほどの衝動が全身を襲う。直接会ってしまえば、もう二度と離れられなくなるだろう。それを懸念しているのだ。


 月姫の記憶を取り戻してから、秋穂には神獣を全て蘇らせれば、その力を借りて元の世界に帰る方法も分かっていた。

 そして、帰ることが叶うなら、秋穂は元の世界に帰りたいと思っている。


 ぽややんとした天然の母と、朗らかな父、ぶっきらぼうだが妹には甘い兄、よく喧嘩はするが仲の良い友人のような楽しい姉、女王様気取りだが臆病で寂しがりな愛犬、そんな家族に囲まれて、何不自由のない平凡な日々。それが秋穂にはとても大切で気に入っていた。そう易々と手放せるわけは無かった。

 だからこの世界に、太陽王のもとに繋がれるわけにはいかないのだ。



 木々の隙間から、目が覚めたらしい麻衣亜が太陽王を見上げ、そんな麻衣亜に膝を付いて話をしている彼の姿が見えた。


 麻衣亜をあの場に残してきたのは、秋穂と共に神獣を蘇らせるための旅をするよりも、王都の神殿や王城で保護してもらっていた方が、麻衣亜にとっても安全だろうと思ったからだ。この状況から考えて、王達や神殿側は麻衣亜が月姫だと思うだろう。ならば、王城や神殿に連れて行かれたとしても、丁寧に扱われ衣食住も保障される。

 それに、神獣を目覚めさせる旅に出るにしても、どのような旅路になるか分からないのだ。にもかかわらず、麻衣亜に事情を説明して、付いて来てもらうのは気が引けた。何より、秋穂の話を信じてもらえるかも分からない。

 それならば、王城か神殿にいてもらった方が、麻衣亜にも秋穂にも良いように思えた。


 神獣を全て蘇らせ、元の世界に戻るときに、麻衣亜を迎えに行こうと、秋穂は考えたのだ。



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