太陽王の疑問・3
念のためにと、光の神獣のいる大神殿の監視と警備を強化してから、十日以上が経った。
今までの、風から火、火から土、土から水の各聖獣が蘇っていった日数から比較すると、今回は少し間隔が開いているようにも思われた。
そんなある夜更け、リーフリッドは妙な胸騒ぎを覚え、数人の護衛を付けて大神殿へと向かっていた。
その途中、もう深夜だというにもかかわらず、夜着のマイアに出くわした。
マイアが深夜に幾人かの貴族と密会をしているという報告は、リーフリッドのもとにも届いていた。恐らく会いに行く途中か、またはその帰りなのだろう。
思わぬリーフリッドとの遭遇に、彼女はひどく慌て、何やら言い訳をしていたようだったが、リーフリッドはそれに構わず大神殿へと足を進めた。そんなリーフリッドの後を、マイアが縋るように付いてきたが、リーフリッドは彼女に見向きもしなかった。
体の奥で、何かが騒いだ。早く早くと本能が急かす。
――ああ、やっと君が……。
正面からではなく、裏口を通って神殿内へと足を踏み入れた。石造りの通路を抜けその先の扉を開けば、光の神獣の神玉を祀ってある祭壇の脇へと繋がっていた。
「……っ、これは!?」
祭壇の間へと足を踏み入れたとき、そこに広がっていた光景に、リーフリッドの背後に控えていた騎士の一人が驚愕の声をあげる。
そこには、重なるように床に倒れ伏した、警備や監視のために置かれた兵士達の姿と。
祭壇の前に立つ、フードで顔を隠したマント姿の人物の足元を中心に、半径三メートルほどの魔法陣が浮かび上がり、そこから天井にかけて光の柱が立ち昇っていた。
渦を巻く様な光の柱の中を、目を凝らして見てみると、その人物はマントの裾をバタバタと揺らしながら、手に神玉を掲げているようだった。
静まり返った神殿内に、リン…リン…という軽快で厳かな鈴のような音が鳴り踊る。
やがて、その人物が手に持つ神玉が透明に透き通り、その上に白く輝く神獣の姿が浮かび上がった。それは、伝承にも語られ、また古の文献にも描かれていた光の神獣、大きな白い一対の翼を持った、体長二メートルほどの輝白の狼。
自分よりも僅かに上空に現れた神獣を見上げ、その人物が何かを話しているかのように口を動かすが、光の柱のせいかその声はリーフリッドのもとへは届かなかった。
しかし、その人物の言葉に小さく頷き、そのあと深く頭を下げた神獣に、リーフリッドは驚きに目を瞠った。孤高で誇り高い神獣が頭を下げるその人物は、一体何者なのか。
その人物の足元の魔法陣がより一層の輝きを放ち、光の柱から零れる真っ白な光が神殿の壁や柱、精巧な細工の施された祭壇を照らし出す。その光の中心で、輪郭も淡く真白の光に覆われた大きな翼をもつ狼と、マントをはためかせながら凛と立つ人物は、まるで神話の一幕のように静謐で神々しく、リーフリッドやマイア、そして騎士達の誰もが声を飲み、その荘厳な光景に見入っていた。
やがて体の端の方からキラキラと光をまき散らしながら姿を消した神獣に続くように、光の柱は徐々に勢いを無くし、マントの人物の足元に浮かび上がっていた魔法陣も地面に溶けるように消えて行く。
途端に落ちたシンとした静寂の中、その人物が手にしていた神玉をそっと祭壇へと戻す。神獣が眠りに就いてからは、ただの丸い石のような灰色をしていた神玉は、今は透明な玉の中心から眩いほどの白い光を発し、まるで玉の中心に太陽を据えているかのように力強く輝いていた。
誰もが動くことも声を発することもできないまま、その人物の一挙一動をただ見守っていたとき。
「あ……あなた、何者なの!?」
突然叫ぶように発せられたマイアの声に、その人物は今初めて人がいることに気が付いたかのようにびくりと肩を揺らし、慌てて顔をこちらに向けた。その様子に、リーフリッドは自然と高揚していく気持ちを感じていた。
残念ながら、その人物はフードを目深に被っているために、顔は見えなかったが、何やら慌てている様が伝わってくる。
ただじっと、その向こうは見えはしないが、その人物の目があるであろう場所を見つめていると、その人物はしばらく動きを止めた後、ばっと勢いよく顔を横に向けた。
そして、いつの間にか宙にふわふわと浮いていた六色の光を見上げると、「に、逃げよう!」と声を上げて、体を出入り口の方へ翻した。
そんなその人物の背中に、リーフリッドは妙な焦りを覚えた。
この人物は誰なのかとか、今の出来事は何だったのか等を、捕まえて問い詰めなければと考えるより先に、ただこの人を逃がしてはいけないと、その一心で声を上げた。
「待て! 逃げるな!」
その声に、その人物がピタリと動きを止める。
その様子に首を傾げながらも、騎士の制止も聞かず、その人の傍へと駆け寄った。
その人物が、妙に慌てながら宙に浮かぶ光に向かって何やら騒いでいたが、それに構わずぐっとその腕を掴む。
自分でも不思議なほど慎重に掴んだ腕はとても細く、それに驚くと共に、染み込むような安堵感が体に広がっていく。
腕をリーフリッドに掴まれたまま、まだここから逃れようとジタバタと騒ぐその人を、リーフリッドはぐっと腰を掴んで抱き寄せた。
そして、何やらピキンと固まってしまったその人物に構わず、そっと、だが素早くその人が被っていたフードを脱がせる。
はらりと、真っ黒で艶やかな髪がフードの中から零れた。天井から差し込む月明かりに照らされた顔は思ったよりも幼く、驚きにか大きく見開かれた漆黒の瞳に、リーフリッドは息を飲んだ。
じわりと腹の奥で熱が渦巻く。言いようのない飢餓感と狂おしいほどの恋情が全身を襲う。
これは自分のものだ。自分だけの。誰にも、触れさせはしない。――ようやく、この手に戻ってきた……。
瞠られたままの美しい闇色の瞳にただ自分だけを映し込んで、こみ上げる昂揚感のままに、リーフリッドは笑みを浮かべた。