番外編 「3号のお饅頭」
俺とルナと山。 番外編 「3号のお饅頭」
これは私がCamp&Cafe Lunaに来てすぐの頃のお話。
ある日の朝ーー
家からボイラー室へ向かう途中。
キャンプサイトのほうから、何やら話し声が聞こえてきました。
客A「なんか最近コイツの調子わるいんよなあ~」
客B「マジで!」
客A「そう吹き上がりが、あんま良うなくてな~。 プラグ交換したんやけど~」
客B「あーそれならええ所、知ってんでー」
3号「……どこですか……?」
客A「どこなん?」
客A・B「うおっ!ど、どちらさん?」
私は次のお休みに、優しいキャンパーさんから教えてもらったお店へと向かいました。
市内の外れにあるレトロなバイク屋。向井モータース。
私は乗ってきたバイクを押しながら、店の中を覗きました。
壁には使い込まれた工具や部品が並び、その中に古いけれど綺麗に手入れされたバイクが何台か飾られています。
「……こんにちは……」
奥にいる白髪のお爺さんに声をかけます。
「…………」
返事がありません。
聞こえなかったのでしょうか。
少しだけ声を大きくして、もう一度。
「……あ……こんにちは……」
「…………」
「あ? おったんやったら返事してやー」
「…………」
「……すみません……」
声が大きくない、私が悪いです……。
「…………」
「で、今日は何しはる?」
「……このバイクを……みてほしくて……」
私はバイクを指さします。
「……クラッチが……」
「おうおう! あーここな」
お爺さんはすぐにバイクの横へしゃがみ込みます。
「よっしゃ、みたろ!」
慣れた手つきでバイクを触りながら、お爺さんが私を見ます。
「せやけどねえちゃん、ごっつい単車乗っとんなあ!」
「好きか?」
「……はい……」
「わしも好きや! はっはっは!」
豪快に笑うと、お爺さんはそのまま作業を始めました。
カチャ。 カチャ。
私は店の隅にある、古い一人掛けの革のソファに座って待ちます。
店の中が少しエンジンオイルの匂いがします。嫌いじゃない匂いです。
カチャ。 カチャ。
古いカフェレーサースタイルのバイク。
綺麗に磨かれた旧車のバイク。
バイクもお店も、どれもがアンティークのようです。
その奥に一台だけ、バイクではないものが置かれていました。
水色の古いバス。
丸いライト。
見たことのない、かわいい形です。
じっと見ていると、お爺さんが気づきました。
「お? あれええやろー」
「…………」
「あれな、昔わしが乗っとったんや」
もう一度、私は水色のバスを見ます。
「……かわいいです……」
「せやろー」
カチャ。 カチャ。
お爺さんは手を動かしながら話を続けます。
「あれでなー、よう白浜も行ったんやー」
「…………」
「そこで嫁はんと会うてな」
カチャ。
「ほんで、おっ……しまいや。治ったでー」
「…………」
「……ありがとうございます……」
……気になります。
お爺さんが私に手招きします。
私はソファから立ち上がり、お爺さんのそばへ行きます。
「ここがな、緩んどったんや」
お爺さんが直したところを指さします。
私は覗き込みます。
「……あ……なるほど……」
「……あの……おいくらですか……」
「かまへんかまへん!」
「ネジ閉めただけやし、かまへんよー」
「…………」
それでは申し訳ありません。
私は背負っていたリュックを下ろし、蓋を開けます。
ガサッ! ゴソゴソっ!
「……これ……たべてください……」
「ん?開けてええんか?」
「……はい……」
「うおっ! えらいようけ饅頭はいってるやん」
「……お礼……です……」
「ほんまにかー。ほな、もろとくわー。ありがとーな」
「……はい……」
お爺さんは嬉しそうに笑ってくれました。
「あとはもう大丈夫か?」
「……あ……オイル交換も……」
「よっしゃ、わかった!」
お爺さんが立ち上がります。
「ええオイルあんねんわー。それもな、そこまで高ないのよ」
「まあこれはお金もらうけどなー。はっはっは!」
「そやないとウチ潰れてまうからなー」
「……はい……」
お爺さんは再びバイクの前にしゃがみ込みます。
私はその横で作業を眺めます。
カチャ。 カチャ。
「…………」
キョロ。
「このバイク、結構走ってるなあー」
「……はい……」
キョロ。
「せやけど綺麗に大事に乗っとる! ええこっちゃ!」
「……ありがとうございます……」
キョロキョロ。
「ん?」
お爺さんが手を止めて、私を見ます。
「なんや?」
「…………」
チラッ。
「……お姉ちゃんも後で一緒に饅頭食べよか」
「…………」
「……はい……」
じゅる…。
「これ飲んでー」
お爺さんからコーヒーをもらいます。
「……ありがとうございます……」
お爺さんも向かいに座り、饅頭の箱を開けます。
「ほな、いただこかー」
「……はい……どうぞ……」
お爺さんが一つ取ります。
ぱくっ。
「おっ、うまいなあー」
「……はい……」
ばくっ。 ばくっ。
「……おいしいです……」
コーヒー。 ごく。
ばくっ。 ばくっ。
また、ふと水色のバスが気になります。
「……あの車は……売り物ですか……?」
「あれなあー。もう古いから誰にも売られんよー」
「…………」
ばくっ。 ばくっ。
「ちゃんと直したら乗れると思うけどなー」
ばくっ。 ばくっ。
お爺さんが水色のバスを見ます。
「思い出もあるさかい……」
ばくっ。 ばくっ。
「あ?」
「もう饅頭あらへん……」
「……あ……」
……やってしまいました……。
「……つい……おいしくて……」
「はっはっは!」
お爺さんが大きな声で笑います。
「気に入った!」
「姉ちゃんやったら、あのワーゲン売ったるわ」
「…………」
「……くるまのめんきょ……ないです……」
「そうかー」
「まあ、また免許取ったら言うて!」
「……はい……」
その時、店の横にあるガレージから男の人が入ってきました。
息子「おとん、これなんやけど……」
息子「あっ、いらっしゃい!」
「…………」
私はお爺さんと目が合いました……。
「……ぜんぶ……たべちゃった……」
「はっはっは! 気にせんでええ!」
息子「?」
あの時のことを思い出すと、今でも……恥ずかしいです……。




