狂犬と呼ばれている部下を手なずけていると自慢していた元婚約者
わたくしの婚約者は常に自慢していた。
「此度の戦場で活躍していたのは俺の部下でな。あいつは俺のところに配属されるまで狂犬と異名を持っていて、誰の言うことも聞かないで有名だったんだ」
「そうなんですね」
何度か会ったことある婚約者の部下の方々を思い出す。どうして狂犬などと呼ばれているか疑問を持ったが、それをこの場で口にすると後々まで響くから今は黙っておく。
そんな部下の活躍で自分の部隊が活躍したと、自分の言うことはきちんと聞くと鼻高々に自慢していた婚約者が。
「――なあ、この人を侮辱してただで済むのか」
現在その自慢の部下の手によって夜会の会場で宙吊りになっています。
ああ、訂正します。
「マリーベル。お前との婚約を破棄する!!」
婚約者と言っていましたが、数分前に婚約者から婚約破棄されて元婚約者になりました。
理由は、どんどん活躍している自分(の部隊)にわたくしのような伯爵家の令嬢が相応しくないとか、此度の戦場で彼(の部隊)が活躍して、敵からの奇襲を打ち破って戦争を無事終結させた立役者だとか。
(こういうのって、確か、虎の威を借る狐って言うのでしたっけ? まあ、本性が見えたと思えば安い授業料ですかね)
部下を采配するのも才能かもしれませんが、それにしても元婚約者の部下の方々の顔を一人一人思い出しますが、皆さん礼儀正しくて、優しい方たちばかりなのに狂犬って、失礼ですよね。
狂犬呼びされていた理由も調べあげたのでますますひどい呼び名だと憤慨してしまう。
「分かりま」
「――何を言っているんだ。お前は」
分かりましたと言いかけた言葉が遮られて、気が付いたらわたくしは誰かに背中に庇われていた。
「ギルニアくん?」
元婚約者の部下の一人で、元婚約者が騎士団で鍛錬している時に部隊全員に差し入れをすると、
『いつもありがとうございます……』
顔を赤らめてお礼を言ってくれる礼儀正しい青年です。
そんな彼が騎士団服に身を包んで居るのは今回の夜会は祝勝会で元婚約者含む騎士団たちに勲章を授与するためだろう。
そんなギルニアくんの表情は見えないが、元婚約者の顔が血の気が引いて青を通り越して白くなっている。
「なっ、何で邪魔をする!! お前は俺の後ろで黙っていろっ!!」
「ウルセエ!!」
何でも言うことを聞くと言っていた自慢のはずの部下に怒鳴られて、あたふたしたと思ったらの宙吊り。
「マリーベルさまの婚約者だから大人しくいうことを聞いていたけど、こんな一方的にマリーベルさまを侮辱するなら遠慮しない」
ギルニアくんの表情は見えないが、周りの怯えた雰囲気からかなり恐ろしい顔をしているようだ。ギルニアくんと共に居た元婚約者の部下の方々も皆険しい顔をしていて、今にも元婚約者を絞め殺したいという顔をしている。
「ギルニアくん。離してあげて」
後ろから声を掛けるとギルニアくんは元婚約者を離し……その際下に丁寧に降ろすなどとしないから勢いよく落ちていった。
ギルニアくんは泣きそうな顔で、
「どうして、止めるのですか……こんなひどい扱いされたのにまだこんな男に……」
想いがあるのですかと言おうとしたのだろう。だけど、喉に詰まって声が出ない感じだ。
「ここは夜会で、今からギルニアくんたちが褒賞を貰えるのよね。そんなところで醜聞を作るのはそこの元婚約者だけで十分よ」
せっかくの陛下の覚えもめでたい席で自らの地位を陥れるべきではない。
「それに、せっかく孤児の身分で努力して、ここまで駆け上がったのだから。貴方たちの努力を陛下達に認めてもらわないと」
「マリーベルさま……。覚えて……」
「ええ。もちろん」
ギルニアくんたちは昔、教会付属の孤児院で暮らしていたのを覚えている。よく、お邪魔したものだ。
子供の遊びと言う名目で父が寄付金を着服している輩を処罰するための証拠集めをしたり、優秀な人材の斡旋と言う名目でわたくしを連れていったのだから。
「ギルニアくんたちの手柄を貴族階級の部隊隊長に横取りされていると聞いたから調査していたけど、まさかわたくしの元婚約者も同じことをするとは思わなかったわ。……ごめんなさい」
心から謝罪をするとギルニアくんたち部隊のみんなが嬉しそうに顔を赤らめて、
「いえ。――マリーベルさまの婚約者だから言うことを聞いていただけなので」
「マリーベルさまに恩を返す機会だと張り切っていましてね」
「ギルニアなんか。マリーベルさまを幸せに出来るならと涙を呑んで……」
「おまっ⁉ 黙っていろと言っただろう!!」
仲間内で盛り上がっているが、その様に呆然としているのは元婚約者。
「ま、マリーベル。そいつらと仲がいいのか……。って、浮気をしていたんだな」
「何を言っているんだ。あんたが自慢げに連れてきた。どこぞの侯爵夫人とマリーベルさまを同列にするな」
「なっ⁉」
「あん時。殴っておけばよかったと心の奥底から思ったぜ」
「ギルニアくん。言葉遣い」
「あっ……」
ギルニアを注意してから腰を抜かしている元婚約者と視線を合わせるためにしゃがむ。
「ねえ。――アーディガさま」
冷たい声になったのは仕方ないだろう。
「貴方は、わたくしのこと全く興味持たなかったんですね」
確かにわたくしは伯爵家だ。元婚約者はわたくしの家に婿入りのはずだった。婿入りするはずだったから貴族籍のままだったが、婿入りの話が無かったら一般試験を受けて、騎士団入りをするか文官になるために試験を受けないと生活を維持できない環境だったはずなのだが、そんなことすっかり忘れている。
そして、わたくしの家が伯爵家なのは……。
「我が家が代々。国家を見張る監査の一族で、私欲で監査の目を曇らせてはいけないからあえてそれ以上の権力を得ない。と言うのが家訓だったのですが」
まあ、本当に権力がないと監査として役に立たないと思われるからそれ相応の権力を裏で握っている。
そんな我が家の婚約者に彼がなったのは派閥とか諸々の件で無害そうな家柄を選んだに過ぎないのだが、婿入りの際に説明したと思ったが、それが頭から抜け落ちたのだろう。
監査の一環で、問題児の多いと有名な部隊の隊長になって、その部下たちを上手く従えているという思い込みで。
「我が家の婿は目で見て選んだ方がいい。――いい教訓でした」
あと、不倫の証拠も集めてありましたので婚約破棄はそちらの有責で承ります。
監査の一族なので証拠もしっかりあると伝えると青ざめていく元婚約者。
ちなみにこの夜会の騒ぎは宰相に事前に話をしていて、褒賞の前の座興扱いにしてあると父に言われた時はまだまだ父に及ばないと反省したのだった。
「――で、ギルニアくん。わたくしの婚約者になりませんか」
「――はい?」
「了承してくれてよかったわ。では、手続きを」
「了承してません!! これは困惑の『はい』であって、返答ではありません!!」
ギルニアくんの言葉に言質を取ったは通用しないようだ。
「わたくしの家は代々監査の一族。下手に力を付けて権力争いに巻き込まれるわけにはいきません。それでいて、わたくしの目が行き届かない場所の監査を出来る人材が欲しくて、それに当て嵌まるのが……」
「俺……いえ、私ですか」
「ええ」
ギルニアくんがわたくしを想っているのならそういう意味で婿に迎えるのがいいと思ったのだ。
「監査では危険が伴いますけど、わたくしを想っているのなら守ってくれますよね」
「………俺は、好きだと思われてから結婚をしたいと思っていて」
「あら。――なら、わたくしを惚れさせてください」
無理難問を吹っ掛けていると思われたが、そう無理難問ではない。
(監査をしている時に助けた人は星の数ほどいるのに、名前をしっかり覚えている意味に気付ければいいですね)
と心の中で思っているのだった。
当初はただの狂犬の恩返しのつもりだったのだけど。




