とにかく邪魔が多過ぎる!〜本物の聖女ですが、勇者も兼任するので愛さなくて結構です〜
頭空っぽでお楽しみいただけます。
異世界から訪れた勇者ケントが世界を救って、数十年が経過した。
世界を脅かした厄災は、七つの国にそれぞれ封印され、勇者の血筋が“巡礼の儀”を行うことにより平和は保たれている。
「ココア様、そろそろお時間ですよ」
「えぇ~?マキナさん、ひどぉい」
旅へ赴く面々は初代勇者を保護し、送り出した国――此処“水国”の王家が選定する習わしだが、此度の人選に、私は些か不安があった。
「酷いって……」
「だってひどいじゃないっ。ココアは、みんなのこと癒してたんだよっ?」
ぽいん、ぱいん、だとか、ぱふん、とかそういう擬音が似合いそうな仕草をしながら、身をくねらせるのは同じ学院で学ぶ生徒であり、異世界からやって来た“第二の聖女”ココア様だ。
たわわな……というか、全体的にふっくらとしたお身体は人を惑わすのか、常に彼女は男子生徒を侍らせている。
「ひどぉくないですよ。陛下からの登城命令です。もう行かなきゃ間に合いません」
「そんな言い方しなくてもいいじゃないっ」
わぁっ、と泣き出すココアを名も知らぬ男子生徒がすかさず慰めにかかるが知ったことではない。
「とにかく伝えましたら」
「やだやだっ。マキナさんがいじめるから行かないっ。でもお迎えが来てくれたら行くっ。具体的には王太子のベリル様とかベリル様が来てくれたら行くのおっ」
「具体的すぎるだろ」
ぽいんぱいん、ぱふん。
廊下の真ん中で擬音と、ついでに甘ったるい香りを撒き散らしながら喚くココアに背を向ける。
背後から男子生徒の罵倒が飛んできたが、お茶に牛乳を加えたような――勇者ケント曰くミルクティー色に、吸い付くような白肌はそんなにも魅力的なものなのだろうか。
……一応、あの香りが呪具の類かどうか調べたことがある。結果ただの香水だったので単純な男受けだと分かって、取り巻きの令息、その婚約者達に同情したものだ。
(というか、色味はミルクティーなのにココア……被ってない?これもケントが広めた飲み物だった気がする)
「あとは――ヘンリー様、いやハリエット様か?どっちでもいいや……アレはちゃんと来るでしょ」
勇者が救った七つ国、その石碑を巡礼し、封印された厄災が解き放たれないよう祈りを捧げる――それが“巡礼の儀”であり、陛下からの登城命はおそらくこれだ。
人選は何となく分かる。教会が売り出し中の“第二の聖女”ココア。発言力が強い公爵家のご子息で、優秀な魔法使いのヘンリー・シュミット。そこへ王太子ベリル・マリーナ・マーレを勇者に見立てて中心に置くのだ。
全員、国一番の魔術学院に通う同級生だから顔見知りであるし、派閥などを考慮しても一番無難な人選だと思う。
「マキナ」
「――ベリル王太子殿下に、ご挨拶申し上げます」
さっさと王城に向かおうとする私を呼び止めたのは、先程まで思い浮かべていた王太子殿下であった。
「堅苦しい挨拶はよしてくれ、婚約者じゃないか」
「だからこそですよ。しっかりしないと周りがうるさいんですから」
「そうかな」
金髪碧眼、絵に描いたような王子様だ。
殿下とはそこそこ長い付き合いであるが、いつまで経ってもこの煌びやかさには慣れない。
私の黒髪と深い青色の瞳とは輝きが違うのだと、誰かから罵倒されたのを思い出す。
「君がもう少し気を許してくれたら嬉しいのに」
「嬉しい、ですか」
「うん。俺達の結婚は王命だけどさ」
聖女――そう、この国の本来の聖女は私だ。
そして“聖女”マキナ・カナメは、勇者ケント・カナメの血筋であり――。
もうお分かりだろうか。
私は“聖女”で“勇者”の一人二役なのである。
巡礼には勇者の血と、神から祝福を得た聖女の祈りが不可欠であり、極論、この旅は私一人で事足りてしまう。
先代の巡礼は王家から聖女が輩出されたので特に問題にはならなかったらしいが、今回は勇者側からどちらも出てしまった。
巡礼は国を挙げての一大事。他国に平和を維持する力があると示すためにも、王族を重要な役割で参加させる必要がある。
そこで、何も役割のないベリルに与えられたのが“聖女の婚約者”の肩書というわけだ。
『君を愛せるよう、努力するよ』
婚約が決まった十歳の誕生日、彼が言った言葉だ。
気持ちは分からないでもない。
勇者の血筋とはいえ、田舎で畑仕事をしている女のおまけ扱いされるのだ。王家の誇りがそれを許すとは到底思えない。
けれど、今となっては。
「……愛さなくて結構ですよ、殿下」
「マキナ?何か」
「ベリィ!良かった。探したんだよ?」
「ヘンリー……どうしたんだ?そんなに慌てて」
「むうっ。ハリィって呼んで?」
“第二”だろうが聖女は聖女。
私との婚姻が不満なら、ココアにしたらよろしいと伝えようとしたと同時に、やたらと鼻にかかった声が響く。
肩まで伸びた亜麻色の髪をふわりとなびかせ、中性的な美貌に朱を差した青年――ヘンリー・シュミットは私と殿下の間に割って入り、腕を絡ませた。言うまでもなく殿下の方である。
「これから王城へ行くんでしょ。一緒に行こうと思って」
小首を傾げる姿は男女問わず魅了する愛らしさ――らしいが、私から見れば殿下もヘンリーも見上げるほどの大男である。
何も可愛らしくなかった。
「それに……カナメさんと一緒だなんて、心配だよ」
「何故?婚約者同士、何の問題もないよ」
「ベリィは優しいから……。
カナメさんが、ココちゃんや僕に意地悪していても、庇ってあげるんだ……ね?」
この男、日頃からそうなのだ。
無駄に長い袖で手を隠し、お茶会の場では“くぴくぴ”なる擬音を発生させて茶を啜る。どっから鳴ってるんだその音は。
目をきゅるりと潤ませ、天然を装い嫌味を繰り出し、小首を傾げるのはお決まりの流れであった。
ハリエットというあだ名も彼に魅せられた一部の人間がつけたもので、女装趣味などは一応ない。本人も気に入っている様で、殿下にも呼ばせたいようだ――公爵令息としてどうなのかとは思うが、一応こんなのでも学内三位の実力者。ある程度の奇行は黙認されているのだろう。
「カナメさんは聖女じゃなくて、悪女なのに……。僕が目をさまさせてあげるっ」
「何か言ったかい?ヘンリー」
「っ!
う、ううん。なんでも……ないよっ?」
――奇行も過ぎれば面白くないものである。
身に覚えのない嫌がらせの証言や、妨害にいい加減我慢ならなくなって来た。
こんな面子で旅なんてとんでもない。
(陛下、どこまで話を聞いてくれるかな)
気が遠くなりながら、私は王城へ足を運んだ。
◇
――謁見の間。
「巡礼の旅に選ばれたのは有難き幸せでございます。しかし聖女マキナは、聖女は己のみと、真の聖女であるココア嬢に嫌がらせをしておりました」
「物を隠されたり、お友達を作るなって言われたり……マキナさん、ひどいよっ」
「シュミット公爵家としても、教会の意向としてもマキナ・カナメを聖女と認めるわけには……いかないのですっ」
声高々にありもしない罪を吠えるのはヘンリーとココアだ。
何でそんなに溜める必要があるのか、罪より先にそちらを教えて頂きたい。
「……マキナよ、身に覚えはあるかの」
「全くございません、陛下」
突如として始まった断罪劇に、目頭を押さえながら重たい口を開いた陛下。頭が痛いのは私も同じだが、なるべく冷静にお答えして差し上げた。
「全くないだって!?陛下、マキナは聖女にも、未来の王太子妃にも相応しくないのです!」
「では、そなたは余が選んだ者より相応しい相手とやらを知っているのか?シュミットの息子よ」
「知って、います……でもっ」
瞳を潤ませて頬を染めるヘンリー。
視線を陛下から外し、殿下へ向ける。
あ、これ遠回しな自己推薦だ――陛下も察したらしく、早く何とかしろと目で訴えてくるが無茶言うな。
(早くなんとかせい)
(脳に直接語りかけてこないで下さいよ……)
(わし、もう嫌)
(いっそ、うちのじいさま呼びます?)
陛下と祖父は共に旅をした仲間であり、ご子息である殿下は高齢になってから授かったそうだ。
しかも先代聖女は陛下の妹である姫の一人娘で、修道院で生涯神に仕えると誓った先代聖女には子供が居ない。
親戚筋もあるにはあるが、最終手段だろう。
――つまり、王家の血を残せるか否かはベリル殿下にかかっているのである。
「……陛下、発言の許可を」
「よい、話せ」
「まず第二の聖女と呼ばれておりますココア様ですが、厳密には聖女ではございません。ちょっと聖女っぽい人です」
「ちょっと聖女っぽい人」
「んふっ」
陛下、復唱しないで下さい。
殿下、今ちょっと笑いましたね。
「祖父は異世界からやって来て、女神から勇者として力を授かりました。これは有名な話ですね?」
「ココアだって女神さまから貰ったもんっ」
「お黙り白玉」
「白玉!?」
「ココアからお汁粉に改名させるわよ」
「お汁粉あるのこの世界!?」
「おめでたい時期なったら飲ませてあげるから大人しくしな」
「正月ゥ!!」
よし。祖父から教わったお汁粉でココアを黙らせることに成功した。字面だけで飲料が渋滞しているが気にしない。
お汁粉が飲料扱いで正しいのか、白玉を入れるのはぜんざいだったかもしれないが今は良い。どちらも美味い。ココアが謎のキャラ作りをやめたのも気にしない。
「結論から申し上げます。
ココア様の力は彼女をうっかり召喚した女神がお詫びに授けたもの、という訳です」
「成る程な。
勇者や聖女は皆、この世界が危機に瀕した際に召喚される」
「仰る通りでございます、陛下。
我々の世界は危機どころか平和そのもの。召喚される理由がないのです」
とりあえず良い子にしていたら祖父直伝のお雑煮もつけてやろう、そう思っていた矢先――。
「この能力……もしかして菓子折り?」
「菓子折り」
「んふっ」
余計なことを言うな。
陛下は復唱するな、殿下は吹き出すな。
ともあれ、ココアはこれで大丈夫だろう。本人にも思い当たる節があるようだし、さっさと次に進むとしよう。
「次に殿下の婚約者の件に移ります。
こちらも結論を申し上げますと、私でなくても良いのは確かです」
私の発言に目を輝かせるヘンリー。
何故か少しだけ勝ち誇った顔をしているように見えるのだが、先日でかでかと張り出されていた期末試験の順位、学年三位の成績が正答な努力による結果なのか不安になってきた。
「身の程をきちんと理解しているようだね?」
「ええ、シュミット公爵令息。
私でなくても高位貴族令嬢、もしくはそれに匹敵する程優秀な令嬢か、王家に利をもたらす血筋の息女であるのならば構わないのです。ご存知の通り、直系の血筋はベリル王太子殿下しかおりません。
ですから、妃を迎える必要がある……間違いございませんか。陛下」
「うむ。きちんと理解しておるようで、余も安心である」
陛下が私の言葉を肯定すると、ヘンリーは眉を寄せて唇を噛む。
「私が婚約者の座を辞すれば、筆頭候補となるのはサイラス公爵家のアリアーネ様、次点でカーネリアン侯爵家のクラリッサ様となります」
「どちらも非常に優秀な令嬢であるな」
「ええ、陛下」
「で、ですが!アリアーネ嬢にも、クラリッサ嬢にも婚約間近のお相手がいます!」
「ならばどうすると申すのだ、シュミットよ」
「シュミット公爵家から、妃を――、いえ。王配を出します。
ベリル殿下に相応しいのは、彼を誰より想って来た僕、ですっ」
言っちゃったよ。
頑張って反らしてきたのに言っちゃったよ、この男。
見てよ陛下天仰いじゃったじゃん。
別に同性だから、ではない。話を聞いていたのか?世継ぎが必要なんだ、この国には。だから“妃”なのだと。
「ヘンリー、ちょっと良いかな」
「っ!ベ、ベリィ……」
「まず、君の気持ちには応えられない」
頭痛すら感じてきた頃、それまで後ろで吹き出すばかりだった殿下が前に出た。
「僕が男、だから……?
ヘンリーじゃなくて、ハリエットだったら良かったの……っ?」
「君が令嬢になっても無理かなぁ。
俺が好きなのはマキナだから」
一歩下がって二人のやり取りを静観しながら、王命での婚約が決まったあの日に思いを馳せる。
『君を愛せるよう、努力するよ』
殿下はたしかにこう言った。
そして今になって、私はこう思うのだ。
「これ以上愛さなくて結構ですよ、殿下」
努力など要らなかったらしい殿下は、有難いと言うべきか、すぐに私に惚れて下さった。順風満帆でそれはそれは両家共に喜んだものだが、何というか――重たかったのだ。殿下の愛は。
「王命での婚約だっただろ?だけど俺はいずれ夫婦になり、共に国を治めていく女性にはきちんと向き合いたかったんだ」
それでね、と殿下は続ける。
うっとりとした微笑みに、止めるべきか迷ったが、ヘンリーの思いを断ち切るべく、いっそのことぶち撒けていただこう。
「それで、殆ど毎日マキナの家に通ってね。交流を深める事に努めたんだけど、最初は上手く行かなくて。ね、マキナ」
「吃驚したんですよ、いきなり来るから」
王族の訪問はいきなりだろうと持て成すのが当たり前だと、主張したそうなヘンリーに釘を差す。
「この人どこにいたと思います?
畑の中ですよ、畑の中」
「少しでも君に近付きたくて」
「ちゃんと農作業用の服でいた上にやたら馴染んでて、気づいた時に悲鳴あげたんですよ」
「ふふ。勇者ケントは引退後、田舎で農業を営んでいるって聞いたから。故郷で生業にしていた稲作という素晴らしい文化を広めた偉人だよ?ぜひ体験してみたかったのさ。水田と青空を背景に佇む君の姿は美しかったな」
「田植えしながら毎日毎日口説いて来る王子様がいてたまるか」
「俺なんだよなぁ。
ああ、今思えばあの田植えが俺達二人の初めての共同作業だったね。手が触れ合って、泥だらけでも君の手は柔らかく――」
「陛下ぁ、御子息が気持ち悪いよぉ。
この人言ってもないのに私の行動把握してるし怖いよぉ」
最近こそ息を潜めていたが、一度始まれば止まらない。
『堅苦しい挨拶はよしてくれ、婚約者じゃないか』
『だからこそですよ。しっかりしないと周りがうるさいんですから』
――しっかりしないと殿下は暴走するし、周りへ私への愛を語って回るしで苦情が殺到するのだ。
「あの……なんか、大変そうだね」
「大変なんですよね、本当に」
いつの間にか私を後ろから抱きしめ、恍惚としたお顔で頬擦りする殿下を目の当たりにしたヘンリーは言葉を失っていた。
品行方正、絵に描いたような王子様像が崩れていく音が聞こえたので、今後突っかかって来ることもないだろう。
「陛下、巡礼の旅……私一人で良くないですか?」
とにかく邪魔が多すぎる!
聖女で勇者な私一人なら、すぐ終わるのに!
――謁見の間に響き渡る私の声に、陛下が再び天を仰いだのが見えた。
「前途多難であるな……」
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