1 金曜日の夜はアイスクリームが食べたい
宇宙の果て、ブラックホールの密集地帯を越えたその先に、砂で覆われた惑星があるという。
その惑星で半円形の建造物を探せと古文書にはあった。
それを読んだときには「無茶を言うな」と思ったものだ。
だが、その惑星はあった。
本当にあった。伝承通りだ。
光る白い砂に半ば埋もれるようにして、金属光沢を放つ遺跡が見えた。
長い道のりだった。ようやくたどり着いた。
その遺跡で、宇宙の真理を知る存在と会う事が出来るらしい。
富、権力、名声、全て手に入れた。
だが満たされる事はなかった。
この世の全てが知りたい。
全財産を投げうって、辺境の地の言い伝えを頼りに金と時間にあかせて探し求め、ついにここまでやってきた。
かつてこの宇宙で有数の富豪として栄華を極めたが、財産はすでに底を尽き帰路の燃料すらも危うい。
ここに至るまでに何もかもを失った。
もう何も残っていない。
しかし、後悔はない。
今日、全てを知る。
宇宙船を停めて砂漠を歩き、震える触手を遺跡の扉にかけた。
ピンポーン
妙に安っぽい音が響く。
狼狽える間もなく、中から見た事のない種類の二足歩行型の生物が出て来た。
「どうも、はじめまして。ええと……ようこそ!」
二足歩行生物は頭部を思しき部分を少し下げた。
あまりにも場違いな存在に面食らった。
「その、あなたが宇宙の真理を知る存在、なのか?」
「はい。隅々まで知っているかというと微妙ですが、まあ、全てを設定したのは私なので、そうとも言えると思います」
言葉は流暢だ。
「この宇宙の? 全てを?」
「はい」
怪しい。
申し訳ないが、自分よりも遥かに知能の低い生き物に見える。
多大な犠牲を払って、ようやくここまでやって来たのだ。たちの悪い冗談を言っているのなら許せない。
その謎の二足歩行型の生物はわずかに呼気を震わせた。気配から察するに苦笑したようだ。
「ええ、分かりますよ、あなたの困惑は。お察しの通り、私はあなた方より遥かに遅れた文明圏の出身です。宇宙進出なんてまだまだ全然出来てないし、恒星間移動なんてとんでもないレベル。それどころか、その前に環境問題とか紛争で文明自体が滅びそう。生物としての機能もごくごく限られていて、脆弱ですね。寿命もかなり短いし」
だが、こちらの心を読んだかのように言われ、考えを改めた。
話を聞いてから判断しても遅くはないだろう。
たとえ騙されているのだとしても、こんな生物は見たことがないので、それだけでも話のネタにはなりそうだ。
この惑星にはたどり着くこと自体がとてつもなく難しい。
どこか間の抜けた登場の仕方で調子が狂ったが、冷静になってみればこの場に我々の文明圏の言語を操る生命体が存在する、ということだけで十分に信頼してみる根拠にはなる。
「ちょっと長い話になりますけど、お時間あります?」
「ああ、大丈夫だ。そのために来た」
「あ、ですよねー」
自称、創造主は嬉しそうに笑ってから話し始めた。
***
私はとある滅びに瀕した文明圏出身の者です。
普段はこことは別の世界で暮らしています、いや、ました。
普段は普通の勤め人を……勤め人って分ります? あなたはかなり地位が高そうだから、たぶん勤め人なんかやったことないですよね。誰かに雇われてお賃金を貰って……あ、そうそう、いわゆるサラリーマンってやつです。
あ、違いますよ。創造主業は無給です。
そうじゃなくて生活のための仕事です。
給料はそこそこで、小さな不満は挙げ始めたらキリがないけど、普通に独り暮らしするには十分、貯金もちょっとは出来るかな。
性別は女で、女っていうのは私の種のうちの子供を産むのを担う方のタイプ、もう片方より力が弱くて小柄で……って、ああもう、めんどくさい。
やめた!
丸ごと文明圏が違うし、生物としてのスタイルも違うから細かい事は分かんないかもしれないけど、あなたがたは知能が高いから、だいたい分かりますよね。
もう説明なしでいきますから、どうしても気になるところがあったら途中で聞いて下さい。
私が初めてその「ゲーム」と出会ったのは金曜日でした。
そうなんですよ、これゲームなんです。今もプレイしている最中なんです。
その前の週末は出張だったので十二連勤の最終日。
私はとても疲れていました。
普段は週末にまとめて食事を作り置きしておいて、平日にそれを家で食べる生活をしているんですけど、出張があったせいで作り置きは出来なかったし、繁忙期だったから毎日残業で仕事の後に買い出しにも行けなくて、冷凍うどんも冷凍したお米も、納豆も卵も使い切って冷蔵庫はすっからかんで、さすがに今日はコンビニ飯に頼るしかないな、って負けた気持ちになりつつ、コンビニ寄って夕飯の弁当を買いました。
よく生き延びたよ、偉かった、って思いながら、自分へのご褒美にこれくらい買ってもいいよねって、アイスのコーナーでちょっといいアイスクリームに手を伸ばしかけ……
でも、コンビニでアイス買うとアイスが溶けないくらいの距離に自宅があるってバレて尾行されて危ない、美人とか不美人とか服装とか関係なく、変な奴に遭う時は遭うってネットで読んだのを思い出し怖くなって、泣く泣く棚にアイスを戻しました。
まあ、そんな感じで自宅の賃貸マンションに帰って、部屋着に着替えてテレビ点け、スマホすいすいしながら、だらだらと弁当食べてたんですよ。
夢も希望もない金曜日だけど、明日休みだからそれだけで嬉しい。一週間のうちで一番好きな時間でした。
きっとみんなそう。
なんだったかな、「洗濯機 溜めすすぎ 注水すすぎ どっちがいい」とかそんなどうでもいいことを検索してた時だったかな。
急に画面が変わって……
おめでとうございます! あなたは選ばれました。
さあ、ゲームを始めましょう。
Go!
って表示が出て来たんです。
「あ、やっちまった」って思いましたね。
誤タップ誘うタイプのゲームの宣伝に触っちゃったと思ったんです。
あるじゃないですか、罠みたいなやつ。知らないですか?
エッチな格好の女の子が背景にいっぱい出て来るタイプの、ほら、「今なら○○(おっぱいでかい女の子のキャラクター名)無料配布!」みたいなやつ。
このゲームの背景はシンプルだけど騙し討ちしてくるんだから、きっと同類に違いないって思いました。
こういうのって閉じるボタンが超小さいんだよね、どこだろ、え、ない?
ないじゃん?
てか、ブラウザも閉じられなくない? うそ、マジ?
しばらくパニック状態で無駄に画面拡大とか試してたけど全然閉じられなくて。
そこではたと気が付いたんですけど、私のスマホ、私の膝の上にあるんですよ。
おかしいですよね。
じゃあ私が今見てるこの画面は何なの?
なんか、よく分かんないけどあるんです。画面が。
私の目の前に浮いてるっていうか。
さっき画面拡大を試したせいかスマホのサイズじゃなくて大きめのタブレットのサイズになってるけど。
私のスマホを確認したら、謎のゲームの登録画面にはなってなくて、さっきまで読んでた洗濯機のまとめ記事のページが普通に表示されてました。
スマホが無事で、とりあえずほっとしました。
……いや、そんな顔しないで?!
スマホが壊れるよりよっぽどヤバイ異常事態が起きてるのに、こいつ何言ってんの? みたいな。
スマホが駄目になると現代人はマジで死ぬんでね!?
ようやく少し落ち着いて、とにかくいろいろ試してみ分かったんですけど、画面、消せないんです。
あと、こういうのって画面閉じられない時には大抵「Yes or No」って出て来る気がするんですけどこのゲームは「Go!」一択。アクティブなボタンは「Go!」しかない。
怖かったけど、直観で分かりました。
始めるしかないんだ、と。
危険なんじゃ? とか、そんなこと考えないでもなかったけど、私に選択肢はないんだろうな、と。
半ば操られるみたいな感じで「Go!」をタップしました。
次の瞬間、私は何もない真っ暗な空間に放り出されました。
なにこれ、落っこちてる?
いや、無重力?!
上も下も分からなくて「あ、やっぱり死んだ」って思いました。
やめときゃよかった!
超後悔しました。
今度こそ本当にパニックだったんですけど、目の前の画面に文章が出て来たので、半泣きで縋るみたいに読みました。
創造ゲームへようこそ。
チュートリアルを開始します。
このゲームに課金要素(ありとあらゆる対価の要求を含む)はありません。
全ては「無」から創造されます。
ゲームオーバーはありません。このゲームは削除出来ません。
ゲームのレベルが上がると出来ることが増えていきます。
根気良くプレイを続け、頑張ってレベルを上げましょう。
ここは、亜空間です。あなたが許可しない限り外からは一切干渉出来ない空間です。
亜空間の中は安全で、あなたが傷付くことは一切ありません。
広さは有限ですが、とても広いので有効活用しましょう(半径約500億光年の球形の空間を500億年分ご用意しました)。
亜空間はカスタマイズ出来ます。
まずは、亜空間を快適にしてみましょう。
希望の改変をイメージする、もしくは口述することでカスタマイズが可能です。
例1:今までの世界と同じ程度の重力と地面が欲しい。
例2:明るくしたい。
パニック状態の私には親切な例示がありがた過ぎましたね。
それそれ! それにします! 地面と重力と明るさでよろしく!
そう思った瞬間に身体が硬い地面に落ちた感覚がありました。軽い衝撃はあったものの、怪我はしてないみたいです。
そういやさっき「あなたが亜空間内で傷付くことはない」ってあったような、あれ本当だったんですね。
亜空間からは出たいと念じれば出られます。入りたい時も念じれば入れます。
それでは、やってみましょう。
やってみました。
本当でした。
あっさり出られました。
亜空間に入る直前に居た場所に出されるみたいですね。
亜空間から出ると、テレビの前に敷いたラグの上、座卓には食べかけのコンビニ弁当が置いてあります。さっきまで座っていたまさにその場所です。
とりあえずいつでも出られると分かったので、好奇心に抗えず、また亜空間に入ってみました。
レベル1:
亜空間にはあなたしか入れません。あなたの出入りは自由です。
亜空間に入った時は亜空間から出る直前に居た亜空間のその場所に、亜空間から出た時は亜空間に入る直前に居た場所に出られます。
亜空間に居る間は亜空間の外での時間は流れません(外と同じように時間が流れるようにすることも出来ます)。
その時にようやく気が付いたんですが、亜空間では私は全裸でした。
どういう仕組みなのか、亜空間を出ればちゃんと服を着てるんです。
けど、ご丁寧に亜空間に入るたびに毎回全裸。
持っていたはずのスマホもありません。
なるほど、亜空間には何も持ち込めない、何も持ち出せない、ってことね。
「あなたしか入れません」を、厳密に適応してくる感じ、と。
了解。
……いや、ちょっと迷惑だな、この厳密さ。
服くらい許せよ!
明るくなったせいか、裸なのが凄い気になっちゃって誰も居ないのになんとなくしゃがみこんで身体を隠しました。
だってこんな広くて良く分かんないとこで無防備なの落ち着かないし。
まあ、でも仕方ないです。続きを読みましょう。
亜空間では物の複製が可能です。複製されたものはオリジナルの完璧なコピーです。
複製元はあなたが知っているもので、あなたの世界に存在したことがあるものなら何でも可能です。
存在を知っていればそれで良く、現物を参照する必要はありません。正式名称も必要ありません。
ただし、亜空間から物を持ち出すことは出来ません。
試しに何か作ってみましょう。
次に食べ物を作って、食べてみましょう。
分かりにくいけどこれは、実在するものなら何でもコピーを作れるってことのようです。
全裸が落ち着かなかったので、下着、部屋着、スリッパを思い浮かべました。
途端に足元に私の服が出て来ました。
今まで着ていたものと全く同じものが。
ただ、長年部屋着として使用してきたはずなのにくたびれておらず、新品のようでした。
なんでもいいや、とにかく服着よ、服。
いそいそ身に付けました。
はあ、助かった。
立ち上がって改めてあたりを見渡すと、見渡す限り広がる白っぽい地面、雲一つない夜空でした。星はまったくありません。
半径約500億光年の空間って言われてもデカ過ぎてぴんと来ないし、なんか適当こいてるだけかなってその時は思っていました。
今は本当だって知ってますけどね。
後から知ったんですけど、その文明圏のその時の科学技術のレベルで観測可能な範囲が亜空間の広さに、少し余裕を持たせて設定されるみたいです。
だからあなたの文明圏で、もしもこのゲームをしてる人が居たら、その人の亜空間はきっと私のよりも広いですね。
まあ、いいや。話を戻しましょう。
500億年分……って、ここに居る間、外の時間の流れは止まっているらしいので、どういう意味かいまいち分かりませんが、私の体感時間ってことなのかな? 500億年この中で過ごしたらこの亜空間は消えてしまうということでしょうか。
まあ、そうだと仮定しても地球の歴史が46億年だから地球の歴史が10回分よりもまだ多いわけで、とうてい人間が使い切れるような時間ではないですね。
てか、外の時間は止まってるって何?!
え、凄い。休みたい放題じゃん!
永遠の金曜日の夜!
人類の夢!
亜空間の中は快適でした。
晴れた秋の日の夜の高原のように澄んだ心地良い空気、思わず深呼吸しました。
私が傷付くことはない、という条件を守るために最低限の環境はデフォルトで整えられているみたいでした。
でも殺風景で落ち着かない。
着ている服を見ました。
さきほど私がイメージしただけで出て来たものです。私が持っているものと寸分たがわぬ作り。
これがVRだとしたら大したもんです。
この時はまだ私はものすごく良く出来たVRなんだろうなって思っていました。
私はゲームに詳しくないし、いつの間にかもうそんな技術が出来たのかもしれない、ありえなくはないって。それか夢かなって。
どっちにしろ、私の身に差し迫った危険はなさそうなので、とりあえず遊んでみることにしました。
ゲームなんだし、遊ばないと損です。
さて、存在を知っていればいい、名前も知らなくていいっていうのは、私が思い浮かべたものがこの世に存在してさえいれば、ちゃんと細かく指定しなくても、勝手に「お前が欲しいのはこれだろ?」って探してきて作ってくれるって事なんですかね?
さっき、部屋着を出した時のことを思い出すと、たぶんそう。
つまりそれって何でも思い通りなんじゃない? 亜空間内限定だけど。
ものすごく楽しくなってきて、がぜん張り切りました。
まずは家でも作ろうと思いました。
落ち着きたいし。
環境を自由に弄れる上に、どんな豪邸でも建てられるってすごく楽しいですね。
なにこれ最高。
手元にスマホがないから検索が出来ませんが、以前イン〇タグラムで見た豪邸をふと思い出しました。
広くて、緑がたくさん見えて、外と内の区別があいまいなほど開口部が広く、天井も高い家です。
こういう家って、めちゃくちゃお洒落で素敵だけど、寒かったり暑かったりしそう、エアコンの効きも悪そうだし、暖房費高そう……なんて思っていたのですが。
私は今そんな事気にしなくていい空間に居る!
家で使っている湿度温度計を出してみました。
湿度50% 気温23度
おお、本当に快適な環境になってるってことじゃんか、すっご。
この温度湿度をキープする事が出来て天候も思い通りなら、どんな家を建てても良いということです。だって、外だって家の中みたいに快適ってことだから。
やったね、やりたい放題だ!
そこから先はフィーバータイムでした。
空調管理もお手入れも死ぬほど大変そうな豪邸を立て、周囲に植物を配置し、太陽と月と星を作り、私の体感時間に合わせて昇り沈むように設定し、南側には白い砂浜と青い海、北側には草原、美しい林と山、どっちを向いても最高のロケーションを作りました。
私が使っているスマホも複製しようかと思ったんですけど、やめておきました。
複製したスマホがキャリア会社的にどういう扱いになるか不安だったので。
いや、ほらスマホって電話だから。
一台一台に固有の電話番号が割り振られているから。
安易に複製すると電話がかかって来た時にどうなるのか良く分からないし。
同時に鳴るの? それとも携帯会社からの怒られが発生するの?
分からなくって怖いじゃないですか。
家具も欲しいなと思ったんですけど、いい家具がすぐには思いつかなかったので、一旦外に出てスマホで検索したりして出入りを繰り返してました。
……って、え? そうですよ、戻るたびに毎回全裸。
亜空間で作ったものは外に持ち出せないので、外に出るたびに亜空間内で作り出した服は亜空間に置いて行かれます。
で、亜空間に戻ったら全裸。
あはは、まあまあ。
その時は亜空間内にちゃんとした家が出来てたし、そこまで不安感もなかったからもう全裸でいいかなって。
落ち着いたら服を着ればいいし。
あと、家具配置するのが楽し過ぎて、途中から全裸とかどうでも良くなってましたね。
値段見ないで、素敵な家具を広い家にぼんぼん置くのって本当に楽しい。
私は庶民だから高級家具なんか全然知らなかったけど、ネットでみつけた良さそうな家具、値段見たらびっくりするようなやつも、選んでは置き、選んでは置き。
ゲームの力で出した家具は「ここに置きたい」とイメージした場所に出現するから、移動させる必要もありません。
で、そうやってスマホを使うたびに出入りを繰り返して気が付いたんですが、なぜか亜空間の中ではちょっと小腹が空いてるんですよね。
でも外に出るとそうでもない。
なんかこう、外では胃の中にちゃんと食べたものがある感じがする。
でも亜空間ではそれが消える。
胃の中空っぽな感じなんですよ。
なんで?
最初は「もしかして亜空間内では物凄いカロリー消費するのかな?」って思ったんですけど、「対価を要求することはない」ってあったし、違うな。なんだろこれって。
で、分かったんですけど、たぶんこれ服と一緒で「亜空間には私しか入れない」が厳密に適応されているっぽいんですよね。
おそらくですが、消化吸収が済んだ食べ物は「私」に含まれるけど、まだ胃の中にある食べ物は「私」には含まれないんですよ。
私が亜空間に入るたびに外では私の胃の内容物だけがどこかに存在してて、私が戻るとそれも胃の中に戻るって考えるとちょっと気持ち悪いですけど、たぶんそういうことなんでしょう。
意識したらすごくお腹が空いてきちゃって。
何か出して食べようかな。
さっき「何か食べてみましょう」ってあったし。
でも亜空間の外には持ち出せないんだから意味ないか……
いや、待てよ。
いやいやいやいや、待てよ?!
それがむしろ好都合なんじゃない?
つまり亜空間では何を食べても無罪って事なんじゃない?
今日一、目が輝きました。
いや、本当に。
私、甘いものも脂っこいものも大好きなんです。まあ、そういう人の方がたぶん多いですよね。
でもたくさん食べると太っちゃうし、健康にも良くないから基本的に自炊は欠かさないし、いつも栄養管理アプリと相談しながら節制してたんです。
その日食べていたコンビニのお弁当だって「アジのほぐし身、じゃこと小松菜のせ弁当」それに鉄分とカルシウム鉄分配合のヨーグルト飲料でヘルシー路線まっしぐらのやつ、それはそれは質素な代物だったんですよ。
うおおお! こうしちゃおれん!
私のパーティーは今からが本番!
いそいそ服を着て、出したばかりの巨大なダイニングテーブルに腰掛けました。
灰色がかった武骨な無垢材の天板とデコラティブなピカピカの黒曜石の脚のミスマッチさが気に入って出したやつです。メーカーとか分からない一点もの。
思ってた二倍くらいのサイズで狼狽えたけど、家が広過ぎたから結果的には丁度良かったですね。てか、大抵の素敵な家具って豪邸用に出来てるんですよね。悲しいかな、庶民向きじゃない。
そのバカでかい豪華なテーブルの上にアイス用のスプーンと、家で使っているお気に入りの小皿を出しました。
まず思い浮かべたのは、さっきコンビニで諦めて棚に戻したストロベリーのアイスクリームでした。
わーお、すぐ出た。ちょうど良く冷えてる。
スプーンですくって食べました。
ああ、美味しい。幸せ。
やっぱアイスはこれが一番好きかも。
甘いものを食べたらしょっぱいものが食べたくなって、次に思い描いたのは、何年か前に閉店した店で食べた牛肉でした。
イチボ肉の塊を何時間もかけて自家製オーブンで焼き上げて燻製風味にした、あのお肉。
せめて、もう一回食べたかったなあ。
お店がないから、もう食べられないんだよな。美味しかったのに。
それが、次の瞬間には目の前にありました。
牛肉なのにベーコンのような独特の香り、忘れもしないあのかぐわしさ。
嘘でしょ。
思い出の中のお肉も食べられるの?
もう存在しないのに?
そういえば、「この世に存在したことがあるものなら」って書いてあったな。過去に実在した事があればいいってことか。
じゃあ、歴史上の失われた秘宝とかも出そうと思えば出せちゃうってこと?
すっご!
夢中で食べました。
懐かしくて美味しくてちょっと涙出て来ちゃいました。
一緒に飲んだ赤ワインも美味しかったんだよなあ。
そう思うが早いか、赤ワイン入りのグラスが出現しました。
天国か?
完全にカロリーオーバーだし、こんな夜中に油っこいものばかり食べて有罪確定です。
でも大丈夫。
どうせ外に出ればなかったことになるから! やったぜー!
まさに夢のひと時でした。
食べ終わって一息ついてふと画面を見ると画面が更新されています。
お疲れさまでした!
レベル1で出来ることを全て試し終わりました。
チュートリアルは終了です。
この画面は念じる事で必要のない時には自由に消すことが出来ます。また念じる事で出現させる事が出来ます。
この画面は他人には見ることが出来ません。
ゲームのログや次のレベルに上がるための条件などはメニュー画面から確認する事が可能です。
チュートリアルと終えると自動的にレベル2に上がります。
レベルが上がりました。おめでとうございます。
レベル2:
亜空間に自分が許可したものを持ち込めるようになりました。
亜空間で作り出したものを自由に外に持ち出せるようになりました。
なお、レベル2以上では飲食したものや身に着けたものについては、創造したもの、そうでないものに関わらず自動的にあなたに帯同します。
もうレベル上がるんだ! スピード感あるなあ。今のゲームってこんな感じなの?
いや、それよりも……
いや、え?
え?!
最初のレベルアップでいきなり「亜空間には私しか入れない」の前提条件崩しちゃうの?
そんなのあり?
「なお、亜空間内や外で飲食したものや身に着けたものについては自動的にあなたに帯同します」?!
つまり、つまりですよ。
今まで食べたもの、全部私のお肉になっちゃうってこと?!
よりにもよって、このタイミングで?!
「Oh……」
思わず突っ伏しました。絶対太りました。おしまいです。
今かよ……!
悪い事は出来ないものです。そんな都合の良い話はなかった。
しかし、どうやら私はこれで食うに困ることはなくなりました。
はい、ありたがいことですよね。
今後は気候変動で食料危機に陥る可能性が高いと言われていますし、普通に考えたら喜ばしいことです。
食費浮きまくり。
タイミングが最悪だっただけで。
ていうか、よく考えると、今私の胃の中にある未消化のアイスクリームとか牛肉やワインをここに置いていかなきゃいけないとしたら、完全なゲロの状態のそれが亜空間に置いてけぼりってことですもんね。
私が亜空間に戻ってきたら強制的に私の胃の中に戻るのか、それとも床に落ちたゲロとして存在するのか分かりませんが、出入りするたびに毎回全裸になってた事を考慮すると、ゲロが床に落ちてる可能性の方が高そう。
それはちょっと嫌だわ……そう考えたら、これで良かったのかもしれません。
てか、こんなあっさり物を持ち込めるようになるなら最初からでも良かったじゃん!
なんでこんなに意地悪なタイミングなの?!
ってその時は思いましたが、たぶんこの工程で黄泉戸喫的な何かで私という存在にこのゲームをインストールした? みたいな? それとも逆かな、「創造ゲーム」のユーザーとして私が正式に登録されたのかな。
とにかくそんな感じの作業が完了したんだと思うんですよね。
考えてみたら、亜空間から何か持ち出す、また亜空間に何か持ち込む事が出来るようになる、が出来なきゃ胃の中のものも亜空間から持ち出せない、亜空間に持ち込めないのは当たり前で、そういう意味ではかなり理に適かった順序だとは思います。
頭ではね! 分かっていますがね!
でもめちゃくちゃ悔しい! 強制デブ活をさせやがって! こんなの罠じゃんか、ひどいよー!
ともあれ、これで亜空間に出入りするたびに強制的に全裸の刑ともおさらばです。
スマホも持ち込めるってこと。めちゃくちゃ快適。
嬉しいの半分、図らずもデブ活してしまったショックが半分で、興奮が少し冷めて一気に眠気がやってきました。
さて、今日のところは家に帰ってもう寝るか。
いや、待てよ?
外では時間が止まっているって話だよね。
このままずっと居ちゃおうかなあ。
外に出て時刻を確認すると時計は21時2分のままでした。
TVを付けると9時のニュースが始まったばかり。
本当に時間が経っていないようです。
でも私は眠気を感じていました。
夜の9時前後としてはありえない眠気、いつも私は11時頃に就寝しているので体感的には今は11時半だといわれた方がしっくりきます。
つまり私の肉体の時間は普通に経過しているというです。
調子こいて、ずっと時間の流れ止めたままにしておくと、もしかして私、凄い勢いで老いていっちゃうのでは?
なんだっけ? 竜宮城状態? いや、逆か?
なんでも思い通りで広くて、こんな快適な亜空間、入り浸ってしまうに決まっています。
……ちょっとくらい老けてもいいんじゃない?
むしろ睡眠たっぷり取って若返るまでありそう。
いや、でもなあ……
正直めちゃくちゃ迷いました。
睡眠大好き。
私たぶん本格的に怠け始めたら年単位で怠ける。
……ダメダメダメ!
さすがにめちゃくちゃ老けたら周りに変に思われる!
えっと、設定変えられるんだっけ、外の時間の流れと同じに。
これでよし。
食べ終わったアイスのカップを亜空間に置いたままにするのが嫌で、それだけ持ち帰り、家のゴミ箱に捨てたところで、あ、と思いました。
これって私がさっき亜空間で作ったものだ。本当に持ち帰れた。
そうだよね、間違ってないよね。私今日、コンビニでアイス買ってないし。
ていうか、VRじゃないんだ。
え、まじ? ありえなくない?
いや、ありえないとは思っていたけど、ありえなさのレベルが一段上がったくない?
生々しい現実感に少し背筋が冷たくなりました。
でも、その時はとにかく眠かったので、突き詰めて考えるのはやめました。
レベル3へのレベルアップ条件:
亜空間で作ったものを外に持ち出してみましょう。☑
亜空間に外から何か持ち込んでみましょう。
亜空間で100種類以上のもの作りましょう。
さあ、ゲームを続けましょう!




