第26話 弱点
「走れ!散らばるなよ!」
俺は叫んだ。俺から離れるなよ、特に二人。俺から目を離すんじゃない。
「ふふふ、凄いね。見てよアル、こんなでっかい昆虫格好いいね♪飼いたいくらいだよ。」
バカかコイツ…餌は俺かよ。
「っっっっっっっ!」
ラックバードも真っ青な顔して必死に走ってる。そうだよ同志。それでいいんだよ。戦いで雄叫び上げてるのは似合わない。俺の近くで俺を守ってくれ。
「あれ?変態は?」
ディッドがマグが離れたことに気付いた。まだ余裕あるなコイツ。と、俺達の上を弾き飛ばされたマグが飛び越していった。
「おい!大丈夫か!?」
一瞬焦ったけどすぐ思い出した。この変態は大丈夫だ放っておこう。
「丁度いいね。全員ここに固まったし、虫との距離も稼げたしね。そろそろ始めよっかな。」
やる気満々だな。後は変態に爆弾でも用意して貰えば何とかなるかもな。
「おい………どうした!?」
目の前でマグが倒れたままで動かない。冗談かと思ったのだが、よく見ると体中から出血している。
「ラッキー!ヤバイぞこれ……何かマグのこと知ってるか?」
「いえ…今まで逃げ回ってるだけだったので詳しいことは何も知らないんです!すいません。」
ラックバードに抱え起こして貰い状態を確認する。傷口、出血、痣、呼吸。俺と一緒だ、死ねる体だ。本気で死にそうだ。
「おい!マグ!聞こえるか?何があった!?」
俺は本気で焦った。知り合ったばかりの変態だけど、人が目の前で死ぬのは耐えられない。 ピクリとも動かない。既にもう遅いのか?俺は必死に声をかけた。幾度か声をかけ続けていると、微かに反応し辛うじて意識を取り戻す。
「うう……毒です……アレは……飛ばして……くる…」
毒?何だコイツ、毒に侵されると普通の人間になるのか?理解できない。
「自…分の…う…わぎ…のう…らに、赤…い…」
赤いなんだ?上着を捲ると何本もの液体の入ってる瓶が括り付けてあった。赤いのは一本しか無い。
「コレをどうすんだ!」
「の…ま…せ‥」
「分かった!」
俺は普段の俺じゃないみたいに迅速に反応した。どす黒い紫色に変色した顔を見る。呼吸が少し落ち着いてきた気がする。が、俺は専門的な知識は全く無い。焦りだけが加速していく。
「そっちはどうだ?ディッド!毒には気を付けろ!絶対喰らうなよ!」
食い止めている、凄いなアイツ。ラックバードも必死に応戦しているが、足元が踏ん張れないのか力を出し切れていない様だ。が、とりあえず俺はマグの手当に集中できそうだ。
「ゴホッゴフッ……ガアァ………ヒューヒュー。」
マグは言葉にならない音を発している。
「フーフー………すーすー。」
!?呼吸が落ち着いた?顔色も少し明るさを取り戻してきた。少しずつ平静さを取り戻し注意深く観察を継続する。
「厚いな。この甲羅。龍よかは硬くはないんだけど虫自体がさすがに大きいよね。痛がってるかも良くわかんないし。ラッキー、そっちはどう?」
「効きそうな所を狙ってるんですけど、私の方もイマイチ分かりません。やはり心臓を狙わないと駄目かも知れないですね。」
ディッドは器用に毒の攻撃を避けながら何度も切りつけている。しかし、このままだとそのうち押し切られてしまうだろう。
「アル…君…コレを…ラック君…に…」
マグがまた見たことのない鉄の塊を差し出した。
「コレを‥あの……投げ…つ…け… 」
消え入る様な声で作業を頼まれた。俺は一縷の望みに賭けラックバードに駆け寄り言われた通りに伝える。ラックバードも何かを察したが、おもむろに荷物を広げ細工をしだした。
意を決し、ラックバードの目が光る。
「ディッドさん!いいですか!行きますよ!」
この雰囲気はアレか?
「そう!コレコレ〜!やっぱりコレだよね~!」
そう、アレだな。
「ディッド!衝撃を加えたら直ぐに回避しろ!」
俺の声は届いたようだ。力いっぱいアレを背中に突き立て素早く距離を取る。
その瞬間、虫の背中が甲羅の内側から爆発した。爆弾を仕込んだアレの先端がしっかり奥まで届いていたらしい。凄まじい威力だ。
先程、俺はマグから鉄の塊を3つ預かっていた。そしてディッドはそのポイントに狂いなく追撃した。同じ場所、同じ威力で合計3回キッチリと。
3度の轟音の後、巨大な昆虫は動きを止め、ただの塊となった。
「うわ〜、酷いな…体の真ん中にポッカリ穴空いてるよ……何か虫って生きてても死んでても造り物って感じがするよな。」
死骸だったら怖くない。なんたってもう動かないからな。思わず近くで観察してしまう。
「ラッキー、マグの様子はどう?」
今は俺の代わりにラックバードが看病を引き継いでいる。あの後、マグの持っていた薬?と思われる物をマグに投与した。いや、適当じゃなく、マグが指示したものを本人に飲ませたんだから間違いはないだろう。
「大丈夫そうです。顔色、呼吸、体温、心拍数も安定してきました。」
ラックバードはアスリートだからな。体調管理とか詳しそうだし、心配は無いだろう。
「貧弱者は大変だね。戦ってないのにボロボロじゃん。」
「あのな、このサソリの毒って馬車サイズで100人殺せるんだよ?このサイズなら1000人は逝けるんじゃないか?生き残っただけ奇跡だと思うぞ。」
変態だから助かったんだろう。多分俺なら秒で死ぬ。
「何にせよすぐには動けない。少しここいらで休憩しよう。」
強い日差しは厳しさを増してきていた。サソリの肉をくり抜いた殻をドームにして休むことにした。
結構快適だな。ちょっと気に入っちゃたよ。




