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病弱だった俺が謎の師匠に拾われたら、いつの間にか最強になっていたらしい(略称:病俺)  作者: 佐藤 峰樹 (さとう みねぎ)
第二部【王都陰謀編】

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第五十話:「影の会合と、禁書庫の秘密」【後編】

 ルナは私の様子を見るとそれ以上追求することはなく、懐から布片を取り出した。


「この布片ですけど」ルナは言った。「もっと詳しく調べる必要がありますわ。王立魔法学校の図書館には、古代魔術に関する文献がたくさんあります。特に、禁書庫には一般には公開されていない危険な魔術の記録もありますの」


「禁書庫に入れるのか?」私は訊いた。


「主席の特権ですわよ」ルナは少し得意げに言った。「特別な許可なしに入ることができますわ。そこで、『深淵の盟約』に関する記録を探してみます」


「『深淵の盟約』の記録が、そんなところにあるのか?」


「可能性はありますわ」ルナは頷いた。「魔術結社の多くは、その活動記録を残していますの。特に、古代魔術を使う組織なら。魔法使いという人種は、いつの時代も自分の研究を誇示したい生き物ですから」


 そう言うとルナは少し自嘲的に笑った。


「それに、ゴーレムに関する文献も調べる必要があります。どうやって人間の魔力をゴーレムに転換するのか、その仕組みが分かれば、対策も立てられますわ」


 私はルナの言葉に頷いた。確かに、敵を倒すには、まず敵を知る必要がある。『深淵の盟約』がどういう組織なのか、どういう魔術を使うのか、それを知らなければ戦えない。


「分かった」私は言った。「あなたは図書館で調査を進めてください。私は、騎士団の中で信頼できる者を選んで、港湾地区と下町の監視を強化して『深淵の盟約』の動きを見つけ出す」


「でも、あまり大げさに動くと、相手に気づかれますわよ」ルナは警告した。


「分かっている」私は頷いた。「目立たないように、少数精鋭で動く。表向きは通常の巡回として」


「それがいいですわね」ルナは安心したように頷いた。「じゃあ、わたしは明日に朝一番で図書館に行ってみますわ。何か分かったら、すぐにご連絡いたします」


「頼む」私は言った。


「では、今日はこれで」


 そう言うとルナは詠唱を唱えた。体がふわりと浮き上がると、手をひらひら振りながら「では、また。ごきげんよう」と言い残すと魔法学校の方向へと飛び去った。

 その姿を見送って、私は騎士団宿舎へ歩き始める。頭の中にあるのは今後のことだ。まず、騎士団の中で信頼できる者を選ぶ。クーデター後、騎士団は大幅に入れ替わった。新しく入った者たちの中には、有能でギデオン殿が特訓している少人数での連携行動に慣れてきた者もいる。彼らを使って、港湾地区を監視する。

 それと同時に、父の動きにも注意を払わなければならない。エリオットとの接触も、父が仕組んだことだ。父がことだ、あそこで話したのが全てだとは思えない。だが、信頼するしかない。この国のために動いている。それは信じたい。


 部屋に戻り、私は机に向かった。報告書を書かなければならないからだ。だが、何を書けばいいのか。『深淵の盟約』のことは、まだ王には報告できない。タイドリアの密偵との接触も隠さなければならない。結局、私は通常の巡回報告だけを書いた。『港湾地区に不審な動きがあり、巡回を強化する』と。


 報告書を書き終え、私は窓の外を見た。夜が、王都を包んでいる。このどこかで、魔法学校の生徒たちがゴーレムの材料として囚われている。その光景を想像すると胸が痛んだ。私は、彼らを救わなければならない。なにより陛下へ害を為す者を排除しなければならない。それが、私の使命だ。


 ***


 翌朝。


 わたしは、王立魔法学校の女子寮にある自室で目を覚ました。流石に昨日は疲れていたのか、寮の部屋に帰るなりベッドで寝てしまった。窓から差し込む朝日が、部屋を柔らかく照らしている。だが、わたしの心は重かった。昨夜、イザベルと共に聞いた話が、頭から離れない。


 攫われた生徒たち。ゴーレムの材料にされる運命。そして『深淵の盟約』。


 わたしは、ベッドから起き上がり、窓の外を見た。寮の窓からは、学校の中庭が見える。いつもと同じ、穏やかな朝の風景。だが、その平和な光景の裏で、恐ろしいことが起きている。


(急がなきゃ)


 わたしは、素早く着替えを済ませた。主席用の特別な制服――深い青のローブに、銀の刺繍が施された襟。それを身につけると、わたしは部屋を出た。


 寮の廊下は、まだ静かだった。多くの生徒は、まだ眠っている。わたしは、足音を忍ばせて階段を下りた。

 一階のロビーを抜け、寮の玄関を開ける。外の空気は、冷たく澄んでいた。わたしは、深呼吸をして、校舎へと歩き始めた。


 寮から校舎までは、石畳の道が続いている。両脇には、手入れの行き届いた庭園。魔法学校は、王都の中でも最も美しい場所の一つだ。だが、今のわたしには、その美しさを楽しむ余裕はなかった。

 道の途中で、何人かの早起きの生徒とすれ違った。彼らは、わたしの姿を認めると、慌てて道を開け、深々と礼をした。


「お、おはようございます、ルナリア様」

「おはようございます」


 わたしは、軽く頷いて通り過ぎた。生徒たちの奇異なものを見るような視線が、背中に刺さる。それもまた、いつものことだった。

 やがて、校舎の正門が見えてきた。石造りの巨大な建物が、朝日を浴びて威容を誇っている。門番の衛兵が、わたしの姿を認めると、慌てて姿勢を正した。


「ル、ルナリア様!」

「ごきげんよう」


 わたしは軽く手を振って、校舎へと向かった。廊下を歩くと、行き交う生徒たちが一斉に道を開ける。ひそひそと囁き合う声が聞こえる。


「主席のルナリア様だ……」

「あの天才魔術師の……」

「近づいたら、凍らされるって噂もある……」


 わたしは、その囁きを無視して歩き続けた。慣れている。主席という立場は、尊敬と同時に、恐れも生む。それが、わたしの日常だった。特にクーデター事件の後はなおさらだ。……まあ、多少はわたしの責任もあるかも知れないけど。

 図書館の前に着くと、入口で若い男性教官が生徒たちに何か説明していた。わたしの姿を認めると、教官の顔が強張った。


「ル、ルナリア様。おはようございます」


 教官は、慌てて頭を下げた。周りの生徒たちも、一斉に礼をする。


「おはようございます、フェリクス先生」


 わたしは、優雅に会釈を返した。フェリクス教官は、魔術史を教える若手の教官だ。わたしよりも年上だが、明らかに緊張している。


「何か、ご用でしょうか?」

「図書館を使わせていただきますわ」

「あ、はい、もちろんです。どうぞ」


 フェリクスは、慌てて扉を開けた。わたしは、優雅に中へと入っていく。


 図書館の中は、静謐な空気に包まれていた。高い天井まで続く本棚が、迷路のように並んでいる。数人の生徒が、机に向かって勉強していたが、わたしの姿を見ると、一斉に視線を逸らした。


 奥にある司書の机では、老齢の女性司書が本の整理をしていた。わたしが近づくと、彼女は顔を上げ、その目が大きく見開かれた。司書のマーサだ。


「ルナリア様……!」

「ごきげんよう、マーサ先生」

「こ、これはこれは……。本日は、どのような資料をお探しで?」


 彼女は、明らかに緊張した様子で訊いた。わたしは、彼女の反応を気にせず、静かに答えた。


「禁書庫を使わせていただきますわ」


 顔色が、さっと変わった。


「き、禁書庫、ですか?」

「ええ。問題ありまして?」

「い、いえ、もちろん主席であられるルナリア様には、その権限がございますが……あの、どのような資料を?」


 彼女の声には、明らかな動揺が滲んでいた。禁書庫は、危険な魔術の記録が収められた場所だ。通常、主席であっても、理由なく立ち入ることは推奨されない。


「古代魔術に関する文献ですわ。詳細は、申し上げられませんの」


 わたしの声には、有無を言わせぬ威圧感があった。彼女は、一瞬躊躇したが、やがて頷いた。


「……承知いたしました。鍵を、お持ちくださいませ」


 彼女は机の引き出しから古びた銀の鍵を取り出し、わたしに手渡した。その手が、わずかに震えている。


「ありがとうございます」


 わたしは鍵を受け取ると、図書館の最奥へと向かった。背後で小さく息を吐く音が聞こえた。


 螺旋階段を上り、最上階へと辿り着く。そこには、重厚な鉄の扉があった。扉には、複雑な魔法陣が刻まれている。通常の鍵では開かない。魔力を込めた特別な鍵が必要だ。

 わたしは、銀の鍵に自分の魔力を注ぎ込んだ。鍵が青白く光り、魔法陣が反応する。扉が、重い音を立てて開いた。


 中は薄暗く、古い羊皮紙の匂いが漂っている。棚には、危険な魔術の書が並んでいる。生贄を使う儀式、禁じられた召喚術、破壊的な攻撃魔法。それらは、一般の魔術師には触れさせてはいけない知識だ。


 わたしは扉を閉め、魔法の灯りを灯した。小さな光の球が、宙に浮かび、わたしの周りを照らす。


(さて、どこから探しましょうか)


 わたしは棚の間を歩きながら、『深淵の盟約』に関する記録がありそうなところを探した。古代魔術に関する書物、魔術結社の歴史、ゴーレムの製造方法。一つ一つ、丁寧に調べていく。時間は、いくらあっても足りなかった。だが、諦めるわけにはいかない。必ず、何か手がかりが見つかるはずだ。


 数時間後、わたしはついに一冊の古い書物を見つけた。表紙には、古ぼけた古代文字で『禁忌魔法を求めた者と結社の記録』と書かれていた。普通の学生ではこの題名すら読めないだろう。装飾はない代わりに頑丈に綴じられた本を書見に運びページをめくると、そこには古代魔法の中で、現在は禁忌となっている魔法の再現を追求した異端の魔法使いと、そのために創設された魔術結社の歴史が記されていた。そして、その中に――『深淵の盟約』の名前があった。


 わたしは息を呑んだ。急いでその部分を読み始める。


 深淵の盟約は、少なくとも三百年前から存在している組織だった。彼らの目的は、『深淵への到達』。すなわち、この世界の理を超越し、新たな次元へと到達すること。そのためには、膨大な魔力が必要であり、彼らは様々な方法で魔力を集めてきた。

 そして、その方法の一つが――複数の人間の魔力を集めて、合成して利用することだった。


 わたしは震える手で、ページをめくり続けた。そこには、ゴーレムに関する記述もあった。『深淵の盟約』は、古代のゴーレム製造術を復活させただけではなく、そこに人間の魔力を直接ゴーレムに利用する技術を研究していた。それは、極めてシンプルで残酷な方法だった。魔力を持つ者を生きたまま特殊な魔道具で文字通り圧縮し、それにより得られた生き血をゴーレムの素材となる土に混ぜ、核となる魔石に強力な術式と魔力を注ぎ込む。それにより生まれたゴーレムは術者が命令を解除するまで働き続けるというものだ。


 わたしは吐き気を覚えた。そんな残酷なことが、本当に行われているのか。だが、この記録が正しいとすれば、攫われた魔法学校の生徒たちは今、そんな運命に晒されようとしている。

 また、それによって生み出されるのは、ただの土人形ではない。術式次第でゴーレムの性質は変化し、火を吐くファイヤーゴーレム、冷気で辺りを凍りつかせるアイスゴーレムなどより凶悪なものも作れるのだ。伝承にある魔法王国を滅ぼしたゴーレムたちも、そうしたものだったのだろう。


(……そんなものが大挙して襲ってきたら)


 わたしは急いで書物を閉じ、禁書庫を後にした。この情報を、すぐにイザベルに伝えなければならない。そして、一刻も早く、生徒たちを救い出さなければならない。


 図書館を出ると、マーサが心配そうにわたしを見ていた。


「ルナリア様、お顔の色が……大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですわ。ありがとうございます」


 わたしは、努めて平静を装った。だが、心の中は、怒りと焦りで満ちていた。

 図書館の屋上に出たわたしは、空を見上げた。既に昼を過ぎている。急がなければ。


 わたしは上着の内ポケットから羽を一枚取り出すと、短く詠唱を唱えて魔力を込め、空中にイザベルへのメッセージを書く。


『ゴーレムと深淵の盟約について情報あり。至急面会の要あり』


 軽く手を振り、空に羽を投げると、たちまち羽は白く輝き風に乗って往く。青い空が、いまこの王都の裏で起きていることとあまりにも違いすぎて、わたしは不思議な感じがする。この空の下、王都のどこかでいまも囚われゴーレムの材料とされようとしている人がいるのだ。


(必ず、助ける)


 わたしは、固く決意しながら、イザベルからの返事を待った。


 ***


 同じ頃、港湾地区の古い倉庫の地下。


 トーマスは、暗闇の中で目を覚ました。体が、動かない。手足が、何かに縛られている。頭が、ぼんやりとして、何が起きたのか思い出せない。


(……ここは、どこだ?)


(第五十一話 了)

お読みいただき、ありがとうございました。


今回はイゼベルからはじまり、ルナ、そして初登場のトーマスへとバトンが繋がります。緊迫感が増してきましたが、次回はちょっと閑話休題的に、思いを巡らす二人の少女の風景となります。


「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。


次回は明日の11時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。

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