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病弱だった俺が謎の師匠に拾われたら、いつの間にか最強になっていたらしい(略称:病俺)  作者: 佐藤 峰樹 (さとう みねぎ)
第二部【王都陰謀編】

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第五十話:「影の会合と、禁書庫の秘密」【前篇】

「なぜです?」私は訊いた。


「今の段階では、陛下にお伝えするほどの確証がない」父は静かに答えた。


「しかし――」


「まずは情報を集めろ」父は私の言葉を遮った。「そして、確証が得られたら、その時に報告すればいい。陛下には、私から適切なタイミングで伝える。いまは静かに動け」


 私は唇を噛んだ。父の言うことは分かる。だが、陛下に隠し事をするのは、気が進まなかった。ヴァレリウス王は、クーデター後、国政に本格復帰している。陛下への忠誠は、私の騎士としての誇りだ。それを裏切るような行為は、したくなかった。だが、同時に、父の判断も理解できた。この件は、あまりにも複雑すぎる上、まだ分かっていることが少なすぎる。また下手に動けば、国家間の戦争に発展しかねない。


(父は陛下がゲルラッハの企みにより、(王の影)を解散させられたことを恨んでいるのではないか?)


 そんな疑問が湧いてきた時、不意に、


「親父の時代から大きな戦争はなかった」


という父の言葉が耳に入ってきた。それは私に語りながら、自分自身に語るような口調だった。


「親父も俺も、それが誇りだった。だが、もちろん誰も死ななかったわけじゃない。俺たちも、向こうもそれなりに犠牲はある。だがそれは納得済みの犠牲だから受け入れるしかない。もちろん時には小さな紛争に誘導したこともある。だがそのお陰で、より多くの犠牲を防ぐことができてきた」


 私もルナも父の言葉に聞き入っていた。


「その一方で、本当の戦いから遠ざかったアウレリアの騎士団は、『中原最強』の名前に酔って腐ってしまった。それはタイドリアも似たようなものだが、どうやら向こうは魔道具についてはかなり進歩したらしく、それを試したがっている者も少なくないらしい。幸い、いまのタイドリアの王、ソリマンはその気はないようだが、弟のメウメトは違う意見を持っているようだ。エリオットはあんな奴だが、もちろん奴の仲間には逆の思惑で動いている者もいる。要するに70年近い穏やかな時代に溜まった不安定な圧力の上に俺たちはいるわけだ」


 そう言うと父は私たちに背を向けて歩き出した。


「父上」私は呼び止めた。

「なんだ」

「これは陛下への裏切りとなるのではないのですか?」


 その言葉に父は振り返った。エリオットのことは知らないが、今日の父の言葉には、明らかに陛下を軽んじた危険なものを感じていた。(王の影)の仕事は、王を護る情報収集をするためにあるもので、手に入れた情報のうち、何を伝えるべきかを判断したり、戦争を含む判断に立ち入るのはおかしいはずだ。それは王立騎士団の副団長としては看過できない。


 父は暫く私を見つめた。


「……副団長としてお前の立場ではそうなるだろう。だが(王の影)の俺の立場は違う」


 そう言うと父は再び背を向けて歩き出した。私は質問をはぐらかされたことと、その背中がいつもより大きく、それ以上の追求を許さないように感じた自分に腹が立った。


「どういう意味ですか?」


 辛うじて私がぶつけた言葉に、父は振り返らずに答えた。


「そのうちお前にも分かる時がくるだろう。だが、いまはその時ではない。お前は盾で俺は影で、同じものを守っていても、見るべきところと、守るべきところが違うということだ」


 そう言った後、何かを思い出したように振り返ると、ルナを見て笑った。


「ルナリア殿、イザベルを助けてやってください。そいつは歳の割にはしっかりしていますが、意外に可愛いところがあります。小さい頃の話ですが月の……」


「父上!」


 私の声に父は肩を竦めるとにやりと笑い、闇の中へと消えていった。

 私とルナは、しばらく無言で立ち尽くしていた。港湾地区の湿った空気が、肌に纏わりついた。『深淵の盟約』の存在もそうだが、父の言葉や態度が胸に焼きごてを当てられたようにこびりついていた。私は黙って倉庫の出口へと向かった。ルナも何も言わず後を追ってくる。


 外に出ると、夕日が港を赤く染めていた。船が行き交い、商人たちが荷物を運んでいる。平和な光景だったが、この街のどこかで何かが蠢いている。私たちは、港湾地区を後にした。夕闇が迫る中、王城への道を急ぐ。ルナは終始、黙ったままだった。その横顔には、何か思い詰めたような表情が浮かんでいた。


 王城の門をくぐり、人気のない廊下に入ったところで、ルナが立ち止まった。


「イザベル様」ルナが小さな声で呼びかけた。

「何だ?」私は振り返った。

「ごめんなさい」ルナは頭を下げた。「わたくし、余計なことを言ってしまった」


 私は何も言わずにルナを見た。


「ゴーレムのこと」ルナは続けた。「エリオット殿の前で、あんなに詳しく話すべきじゃなかった。諜報の世界では、情報は慎重に扱わなければいけないのに。私の推理を全部言ってしまって、貴女に迷惑をかけた」


 ルナの声は震えていた。彼女は魔法の天才だが、諜報の経験は浅い。自分の失態に気づいて、ずっとそれを恥じているのだろう。私は深く息を吐いた。


「顔を上げろ」私は言った。


 ルナがゆっくりと顔を上げる。その金の瞳には、罪悪感が滲んでいた。


「確かに、お前の発言は軽率だった」私は率直に言った。「エリオットは敵国の密偵だ。情報は慎重に扱うべきだった」


 ルナは唇を噛んだ。


「だが」私は続けた。「お前の推理は的確だった。エリオットが本当に『深淵の盟約』を追っているのなら、彼にとっても有益だろうし、協力関係を築く上で、ある程度の情報共有は必要だ。それにその情報はもともとタイドリアの水晶から得たものなのだから」

「でも――」

「それに」私はルナの言葉を遮った。「私はお前に『何をしろ、何をするな』ということを言わなければいけないとは思っていない」


 ルナは驚いたように目を見開いた。


「お前は王立魔法学校の主席だ。頭も切れるし、判断力もある。私がいちいち指示を出さなくても、自分で考えて動ける。だから、私はお前を信頼してこの件に協力してもらっている」

「イザベル様……」

「今回のことは、確かに軽率だった。だが、それで終わりだ。次からは気をつけろ。それだけだ」

「……ありがとう。わたくし、もっと怒られると思ってた」


 ルナは驚いたような顔でそう言った。


「私は、お前の上司じゃない」私は淡々と言った。「協力者だ。対等な立場で、この事件を解決するために動いている。だから、お前が失敗したからといって、怒る理由はない」


 ルナは小さく笑った。「イザベラ様は優しいのですね」


「勘違いするな」私は冷たく言った。「ただ、効率的に動きたいだけだ」


 だが、その言葉にルナは笑顔を見せた。私は少し気恥ずかしくなり、話題を変えた。


「それよりも、ルナ」私は真剣な表情で言った。「ここから先は、かなり危険だ」


 ルナの表情が引き締まった。


「ゴーレムが関わっているとなれば、『深淵の盟約』は相当な計画を練り、戦力を持っているだろう。それに、古代魔術を使っているということは、彼らの中に相当な実力者がいるということだ。下手をすれば、私たちも命を落とすかもしれない」

「分かっています」ルナは頷いた。「でも、引き下がるわけにはいきません。攫われた生徒たちを助けなければ」

「だから、慎重に動け。無理はするな。もし危険を感じたら、すぐに逃げろ。お前が死んだら、この事件を解決できる者がいなくなる」

「イザベル様もですわ」

 私はその語気の鋭さに、小さく頷く。


「分かった。約束する」


 ルナはホッとした様子で、今度はいつものように、にっこり笑うと金色の瞳を輝かせた。


「で、月のテンとなにがあったのですか?」


 私はその質問を無視した。

お読みいただき、ありがとうございました。


今回は(王の影)であるフォルカーの口から、アウレリアを巡る状況を語ってもらいました。イザベルと月のテンのお話はまた機会があれば(笑)。


「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。


次回は本日の23時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。

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