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病弱だった俺が謎の師匠に拾われたら、いつの間にか最強になっていたらしい(略称:病俺)  作者: 佐藤 峰樹 (さとう みねぎ)
第二部【王都陰謀編】

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第四十九話:密偵の提案【後編】

「なぜ、それを我々に教える?」私は警戒を緩めずに訊いた。「あなたはタイドリアの密偵だ。敵国の人間に情報を渡す理由はないはずだ」


「確かに、我々は敵同士だ」エリオットは認めた。「だが、あまり大規模な戦争は、どちらの国にとっても利益にならない。すくなくともフォルカー殿はそれを理解している」


 私は黙ってエリオットを見た。彼の言葉には、嘘はないように思えた。タイドリアとアウレリアは宿敵だが、全面戦争に突入すれば、両国とも疲弊する。だからこそ、この70年近くは、小規模な衝突はあっても大規模な紛争にはならず両国は過ごしてきた。その背後には様々な形での諜報戦が行われてきた。狐と狸の騙し合いで、時には互いに死人も出るが、それでも大きな衝突に比べればずっとましだ。だからこそ、時には協力することもある。それが、諜報の世界の現実だ。国家の利益のためには、敵とも手を組む。だが、その判断を下せるのは、限られた者だけだ。


「父上」私は父を見た。「この男の話は本当ですか?」

「エリオットとは、以前から情報交換をしている」父は静かに答えた。「敵同士だからこそ、互いの動きを把握しておく必要がある。そして今回、彼が持ち込んできた情報は、無視できるものではなかった」

「つまり、タイドリアも、この『深淵の盟約』を脅威と見ているということですか?」ルナが訊いた。

「その通りだ」エリオットは頷いた。「タイドリアには、『クーデター騒動が起きたアウレリアを今こそ攻めるべきだ』という意見も少なくない。だが、私はそれよりも大きな脅威が迫っていると考えている」


「『深淵の盟約』」私は言った。


「そうだ」エリオットの灰色の瞳が、鋭く光った。「彼らはどうやら国家という枠組みを超えて動いている。タイドリアでもアウレリアでも、同じように魔力を持つ者や高度な魔法技術を持つ者を攫われている。情報は少ないがテラノア公国でも同じようなことが起きているらしい。その目的が何であれ、このまま放置すれば両国にとって取り返しのつかない事態になると私は考えている。もし彼らが何か大規模な魔術儀式を計画しているとすれば、その被害は国境など関係なく広がるだろう」


 私はそれまで構えていた剣を納めた。エリオットの言葉には真実味があった。そして何より、父がここにいるということは、この情報が信頼に足るものだということだ。父は決して、根拠のない情報で動く男ではない。長年の経験と、鋭い洞察力を持つ父が、この密偵の言葉を信じているということは、事態が想像以上に深刻だということだ。


「では、どうする?」私は訊いた。「共同戦線を張れとでも言うのか?」

「表立って協力するのは難しいだろう」エリオットは苦笑した。「だが、情報を共有し、互いの動きを邪魔しないことは可能だ。今回、私がわざわざここに来たのも、『深淵の盟約』の痕跡を追ってのことだ」


 ここでエリオットはちらっと父を見て薄く笑った。


「もちろん、それには得難い友人の協力があってこそのことだがな。いずれにしろ我が国の諜報網が、この場所に怪しい動きがあることを察知した」


 父は顔色一つ変えない。その言葉に反応したのはルナだった。


「痕跡? 何か見つけたの?」

「この倉庫は、彼らのアジトの一つだった」エリオットは周囲を見回した。「だが、すでに撤収している。恐らく、我々の動きに気づいたのだろう。彼らは非常に用心深い。少しでも危険を察知すれば、すぐに拠点を移す」


 私は舌打ちした。「手がかりは?」


「わずかだが、ある」エリオットは懐から小さな布片を取り出した。「この布には、特殊な魔力が込められている。恐らく魔法陣が書かれていたのだろう。これを解析すれば何かが分かるかもしれない」


 ルナがその布片を受け取り、目を細めて観察した。彼女の金の瞳が、布に込められた魔力の流れを読み取ろうとしている。しばらくして、ルナは小さく息を吐いた。


「確かに、複雑な魔法式が組み込まれているわ。でも、これを解析するには時間がかかります。少なくとも数日は必要よ。それに、この魔法式は私が見たことのないタイプだわ。古代の魔術体系に近い構造をしている」

「古代の魔術体系?」私は訊いた。

「ええ」ルナは真剣な表情で頷いた。「現代の魔術は、効率と安全性を重視して体系化されている。でも、古代の魔術は違う。より強力だけれど、同時により危険。この魔法式は、その古代魔術の特徴を持っている」


 エリオットが布片を見ながら訊ねる。


「どう危険なんです?」


 ルナは布片を見ながら答える。


「術者への影響が強いの。魔力も沢山消費するし、失敗したら死ぬこともあるわ」


 エリオットが左の眉をあげて、「だから私は魔法は苦手だ」と呟いた。


 しかしルナにはその声がもう聞こえていないようだ。細くしなやかな指先が、布に残った複雑な術式の跡を追っている。ランプに照らされた金色の瞳が光を増したように輝き、知らず知らずのうちに口元に笑みが生まれていた。突然、そのルナの表情が変わった。


「待って」その声は震えていた。「これ……まさか」

「どうした?」私は訊いた。

「この術式……」ルナは顔を上げた。その金の瞳には、驚愕と恐怖が混じっていた。

「……恐らくゴーレムですわ。それも、かなり古くて高度な」

「ゴーレム?」エリオットが興味深そうに訊いた。

「ええ」ルナは頷いた。「普通のゴーレムは魔力の塊を動力源として動きます。その魔力は通常、魔石や魔晶石から供給されるの。だけど、この術式は……」


 全員の視線がルナに集まった。


「生きた人間の魔力を直接使うものに見える……」


 ルナの言葉に、その場にいた全員の口が引き結ばれた。その中で最初に口を開いたのは私だった。


「つまり、攫われた彼らは?」

「ゴーレムの動力源にされる可能性が高い」ルナは震える声で答えた。


「だけどこれで人攫いと古代魔術とゴーレム、全てが繋がる。『深淵の盟約』は、魔力を持つ者を生きた材料にして、古代に作られた強力なゴーレムを再現しようとしている。それも、大量に」


 私は内心で舌打ちした。ルナがエリオットの前でこれほど重要な情報を口にしてしまったからだ。彼女の分析力は確かだが、諜報の世界では情報は慎重に扱わなければならない。敵国の密偵の前で、こちらの推理を全て明かすなど――。だが、すでに遅い。エリオットは興味深そうにルナを見ている。


「なるほど」エリオットは頷いた。「それは我々も考えていなかった可能性だ。ゴーレムか……。確かに、タイドリアでも世界を焼き払った古代ゴーレムの伝承は伝わっている。もっとも私はおとぎ話の類いだと思っていたが……」


「時間はある」


そう言ったのは父だった。


「『深淵の盟約』は、慎重に動いている。次の動きまでには、まだ猶予があるはずだ。彼らは一度に大量の人間を攫うのではなく、少しずつ、目立たないように動いている。それが逆に、彼らの目的が長期的なものであることを示している。それにルナリア殿の推理が正しければ、攫われた者たちは生きている可能性が高い」


 私はそう言う父を見た。相変わらず無表情だったが、その目には何か複雑な感情が浮かんでいるように見えた。父は長年、「王の影」として暗躍してきた。王の影は陛下を護るための影の護衛で諜報機関だ。大きな指針や目的はその長からの命令が絶対だが、具体的な活動についてはかなり自由裁量が任されている。その中には敵の密偵と接触することも含まれているが、それを仲間に明かすことはほとんどない。それは互いに(裏切り者)とされ処分される危険があるからだ。私にも数人そうした存在がいるが、父にも明かしたことがない。その父が、自分が信頼できる敵国の密偵を私に紹介するというのは、それほど事態が深刻だ考えているのだろう。


「イザベル殿」エリオットが声をかけた。「私は、お二人を信頼している。だからこそ、この情報を共有した。今後も、何か分かり次第、連絡を取り合いたい」

「どうやって?」私は訊いた。

「フォルカー殿を通じて」エリオットは父を見た。「我々は、長年の『協力関係』にある。連絡手段はすでに確立されている」


 私は父を見た。父は何も言わなかったが、その沈黙が全てを物語っていた。


「分かった」私は頷いた。「情報は共有しよう。だが、お前を信用したわけではない」

「当然だ」エリオットは微笑んだ。「だが、今は共通の敵がいる。それだけで十分だ」


 ルナが布片をエリオットに返そうとしたが、エリオットは手を振った。


「それは、ルナリア殿が持っていてくれ。あなたのお噂は承知しています。魔法学校の入学以来ずっと首席にある、創設以来の才女、ルナリア・アークライト殿」

「あら、それは光栄ですわ」ルナがにっこりと笑って答えた。「正直、タイドリアがゴーレムを使って何か企んでいるのかと思ってましたのよ」

 

 その言葉にエリオットがやや鼻白んだ顔をした。


「まさか。私はともかくタイドリア人は迷信深くてね。少なくとも私の知っている限り、禁忌のゴーレムを作ろうとする者はいない。それでどうだろう、あなたに解析を任せたいのだが?」

 一瞬怪訝な顔をしたルナだが、「分かったわ」と布片を受け取ると懐にしまった。

「もし何か分かったら、すぐに連絡をくれ」と言うエリオットにルナが、「イザベル様とフォルカー様のご許可があれば」と応じる。

 その答えにエリオットが軽く頷く。

「では、私はこれで失礼する。また会おうフォルカー殿、イザベル殿、ルナリア殿」

 そう言うと、エリオットは音もなく倉庫の奥へと消えていった。その動きには無駄がなく、まるで影が溶けるように闇に紛れて消えた。


 その姿を見送った後、父、フォルカーが口を開いた。


「イザベル、この件は、陛下にはいまは報告しないでおく」


 私は驚いて父を見た。


(四十九話 了)

お読みいただき、ありがとうございました。


点と点が徐々に結ばれ、線となってきました。新キャラクターのエリオットの声は、クレヨンしんちゃんの初代お父さん役の声をあてていた藤原啓治さんのイメージです。


「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。


次回は明日の11時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。

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