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病弱だった俺が謎の師匠に拾われたら、いつの間にか最強になっていたらしい(略称:病俺)  作者: 佐藤 峰樹 (さとう みねぎ)
第二部【王都陰謀編】

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第四十九話:密偵の提案【前編】

 港湾地区の路地は、昼間でも薄暗い。建物が密集し、太陽の光が地面まで届かない。湿った石畳の上を、私は静かに歩いていた。隣を歩くのは、銀髪の少女、ルナリア・アークライト。彼女の金の瞳が、周囲を鋭く観察している。


「イザベル様、ここです」ルナが立ち止まり、古びた倉庫を指差した。「使い魔が感じ取った魔力の痕跡は、この建物から出ています」


「確かか?」私は周囲を警戒しながら訊いた。


「はい。間違いありません」ルナは自信ありげに頷いた。「ただの商人の倉庫にしては、魔力の密度が高すぎますわ。それに、複数の術者が出入りしている形跡があります。おそらく少なくとも三人、いえ四人かしら」


 私は腰の剣に軽く手を添えた。魔法学校の学生が姿を消し始めてからすでにひと月が経っていた。幸い、あの日、ルナに協力を求めてからは、新しい行方不明者は出ておらず、消えたのが平民の学生であることから大きな騒ぎにはなっていなかった。王立騎士団としては動きにくい案件だったが、消えたのがいずれも平民出身としては強い魔力を持つ学生たちであることと、ルナが解析したタイドリアの水晶に残っていたメッセージから、禁忌とされている魔法生物・ゴーレムの生成と関連が疑われることから、「王の影」の一人である私には、見過ごせない事態だった。


「やはりタイドリアの仕業だと思うか?」私はルナに低い声で訊いた。


「魔力持ちを集めているとすれば、魔道具技術に優れるタイドリアが関与していると考えるのが自然ですわね」


 私はその分析に頷いた。タイドリア王国は、アウレリア王国の東、竜背丘陵の向こうに位置する宿敵だ。良質の魔石を多く産し、魔道具技術では大陸随一と言われており、常に我が国の動向を探っている。クーデター騒動でこちらが弱っているいま、彼らが何らかのを仕掛けてくる可能性は十分にあった。まだ狙いは分からないが、それがもしゴーレムに関わることであれば、早めに対処する必要がある。


「行くぞ」私は剣を抜き、倉庫の扉に近づいた。ルナも詠唱の準備を整える。彼女の指先に、淡い光が宿り始めた。扉は施錠されていたが、ルナの簡単な魔法で錠が外れる音がした。私は扉をゆっくりと押し開けた。軋む音が静寂を破る。中は予想以上に広く、積み上げられた木箱の間に細い通路が続いている。


「こっちです」


 ルナの案内で魔力の痕跡は追って、さらに奥へと進む。


「待て」


 私の声に動きを止めたルナが振り返る。口に人差し指をあて(静かに)と伝えると、ルナは何も言わず従った。普段は大胆不敵な彼女だったが、こうした場面は慣れていないのだろう、緊張している様子が分かった。それでも冷静に指示に従うことに私は満足した。


 倉庫の奥から、かすかに人の気配がした。だが不思議なことに、逃げる様子も、戦闘準備をする様子もない。まるで、私たちが来ることを待っていたかのようだった。


 私は身を隠したまま気配を探った。奥にいるのは二人だ。そして――その中の一つは、私が知っている気配だった。その長年、諜報活動に従事してきた者特有の、冷たく、研ぎ澄まされたその気配の主を私は知っていた。


「出てきたまえ」と、知人に呼びかけるような声が倉庫に響いた。それは私が知っている人間よりも一回り以上若い声で、聞き覚えのない声だった。その声が続ける。「イザベル・アイゼンリーゼ殿。そしてルナリア・アークライト殿。お二人が来ることは、予想していた」


 私はルナを後ろに従え、剣を構えたままゆっくりと近づいた。そこには、小さなランプに照らされた二人の人影があった。一人は、見覚えのある男――父、フォルカー・アイゼンリーゼだった。彼の表情は相変わらず無表情で、何を考えているのか読み取れない。そしてもう一人は初めて見る男で、服装はどこにでもいる商人のような衒いだったが、その雰囲気とここに居る事実から、それが真実ではないことは分かった。


「父上……」私は警戒を緩めなかった。「その方は?」


「紹介しよう」フォルカーは静かに言った。「こちらはエリオット・ヴェスパー。タイドリア王国の密偵だ。もっとも本名かは分からんがな」


 エリオット・ヴェスパーと呼ばれたは、三十代半ばと思われる男だった。褐色の髪と鋭い灰色の瞳を持ち、細身だが引き締まった体つきをしている。


「フォルカー殿、長い付き合いなのに随分ひどい紹介じゃないか」そう言うと私の方に向き直り笑顔で口を開く。「お会いできて光栄です、イザベル殿、ルナリア殿」エリオットは丁寧に礼をした。


「ちなみに、エリオット・ヴェスパーは本名です。まあ、この状況では信用していただけないでしょうが」


「当然だ」私は剣を向けた。「タイドリアの密偵が、なぜアウレリアの港湾地区にいる? この失踪事件に関与しているのか?」


「関与はしていない」エリオットは即答した。「むしろ、我々も犯人を追っている」


「どういうことだ?」


 私は眉をひそめた。タイドリアの密偵が、アウレリアの事件を追っている? そんな話を信じろというのか。だが、父がここにいるということは、この男の言葉に何らかの信憑性があるということだ。父は決して、無意味な場所に姿を現すような男ではない。


「この事件は、アウレリアだけで起きているわけではない」エリオットは真剣な表情で続けた。「タイドリアでも、同じようなことが起きている。魔力を持つ平民の子供や学生が、次々と姿を消しているのだ。最初に気づいたのは二ヶ月ほど前だ」


「タイドリアでも?」ルナが驚いた声を上げた。「それは本当なの?」


「本当だ」エリオットは頷いた。「最初は我々も、アウレリアによる工作かと疑った。調査を進めるうちに、どうやら第三勢力が関与している可能性が高いことが分かってきた。犯行の手口が酷似している。魔力を持つ者を、夜間に目撃者なく連れ去る。そして、痕跡をほとんど残さない」


 私は父を見た。フォルカーは無表情のまま、エリオットの言葉を聞いている。つまり、父はすでにこの情報を知っていたということだ。いや、それどころか、この密偵との接触も、父が仕組んだものなのは明らかだ。父はクーデター後、「王の影」として復権し、王の側近として暗躍している。その父が、敵国の密偵と接触しているということは――。


「第三勢力とは?」私は剣を納めながら訊いた。


「まだ確証はない」エリオットは慎重に言葉を選んだ。「だが、なんらかの魔術結社ではないかと疑っている。それも、ただの学術団体ではない。何か、大きな目的を持った組織だ」


「魔術結社?」ルナが眉をひそめた。「どこの?」


「詳しいことはまだだ。分かっているのは、彼らが『深淵の盟約』と名乗っていて、少なくとも十年以上前から活動している。だが、ここ数ヶ月で、その活動が急激に活発化しているようだ」


 エリオットの声が、わずかに低くなった。「ただ、彼らが魔力を持つ者を集め、何らかの実験を行おうとしていることは推測できる。その目的は不明だが、決して穏健な組織ではないようだ」


 深淵の盟約。その名前に、私は嫌な予感を覚えた。魔術結社の多くは、学術的な研究を目的とした穏健な集まりだが、中には危険な思想を持つ組織も存在する。もしこの組織が、国境を越えて活動しているとすれば――。そして、その活動が活発化しているということは、何か大きな計画が進行中だということだ。

お読みいただき、ありがとうございました。


今回はイザベル視点で王都で起きている行方不明事件の続きです。物語は新局面へを迎えます。


「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。


次回は本日の23時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。

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