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病弱だった俺が謎の師匠に拾われたら、いつの間にか最強になっていたらしい(略称:病俺)  作者: 佐藤 峰樹 (さとう みねぎ)
第二部【王都陰謀編】

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第四十八話:セレスの揺らぐ剣【後編】

 訓練場の中央に、私とハインリヒが向かい合って立つ。周囲の騎士たちが、固唾を呑んで見守っている。ハインリヒは両手持ち剣の木刀を、私は片手持ち剣の木剣を選んでいた。


「セレス、盾は使わないのか」


 お父様の声に、私は目をハインリヒに据えたまま首を振る。


「……お嬢さん、まだ引き返せるぞ」ハインリヒの声には、余裕が滲んでいた。「俺は三十年以上、剣を振ってきた。お嬢さんが強いのは知っている。だが、経験の差ってのは――」

「構えなさい」私は冷たく言い放った。


 ハインリヒの顔が、わずかに引きつる。ライル様の『理』を、否定させはしない。私は剣を中段に構えた。切っ先を相手の喉元につけるアークライト流の基本の構え。だが、その内に秘めているのは、ライル様が教えてくれた「間を外す」という概念だ。相手の予測を裏切る。相手の間合いを崩す。それこそが、ライル様の――。


「始めッ!」お父様の声が響いた瞬間、私は踏み込んでいた。


 ハインリヒが剣を振り上げる。狙いは読めている。両手持ち剣の強さを生かして、強い打撃を一度受けさせて攻勢に立ち、そこから攻め潰す経験豊富な騎士らしい動きだ。だが、遅い。私は彼の剣が振り下ろされる前に、その懐に潜り込む。


「なっ!」驚愕の声を上げるハインリヒの胸に、私の木剣が突きこまれる。


「ぐはっ!」思わずたたらを踏んで下がるが、私はそのまま刻み足で進みながら躊躇せず、連続で同じところに突きを打ち込む。互いに防具をつけているが気休め程度だ。三度目の突きが入った時に、骨を砕いた手応えがあった。

 道場の壁に向かってよろめき下がってくるハインリヒを避けようと、周りで見ていた騎士たちが慌てて左右に散るのを目の端に捉えつつ、私は大きく踏み込み四度目の突きを同じところに入れる。「ダーン」とハインリヒの背中が道場の壁に叩きつけられる大きな音が道場に響いた。両手剣を頭上に差し上げようとしていた腕は、もうだらりと下がっていたが、私は止まらなかった。右にくるりと身を翻し回転力を剣に乗せると、振り向きざまに壁にもたれた状態のハインリヒの右腕ごと体を真横から打つ。「ガッ」と鈍い音と苦悶の声が聞こえた。


(また折れたな)と私は思った。体を動かしているのは燃えたぎる怒りなのに、不思議なほど冷静にそう思っている自分がいた。それでも私は動きを止めなかった。今度は左に身を翻し、動けないハインリヒの頭へ向かって剣を振るう動きに入った。


「止め!!!」


 お父様の声に一瞬、体が反応したが、私はそのままを振り抜いた。


ガッ!!


と剣が道場の壁を打った音に、少し遅れて、


カランカラン……


と折れた私の木刀の先が道場に転がる乾いた音が聞こえた。

 眼の前には壁にめり込んだ折れた木刀と、その僅か下に兜があった。兜の中には、痛みと恐怖に歪んだ顔のハインリヒがいた。胸と腕を打たれた痛みで壁にもたれ、そのまま下へ崩れたことで当たらなかったのだ。もし立っていれば、私の剣は彼の頭を薙ぎ払っていただろう。


 ハインリヒは、そのままずるずると崩れると、壁にもたれた状態で尻もちをついた。息は浅く苦しげで、恐怖に見開かれた目が私を見上げていた。それは怪物を見るような目だった。私は凍りついたように動けなかった。


「もういいだろう」


 お父様にそう声を掛けられて、私はようやく自分の体を動かし方を思い出したように、ノロノロと剣を下ろした。近づいてきたお父様がハインリヒの様子を一瞥する。


「誰が、医務室に連れて行ってやれ」


 その声にそれまで凍りつたように様子を見ていた騎士たちが反応して、数人がハインリヒに向かって駆け寄った。


「ハインリヒ、大丈夫か?」

「おい、しっかりしろ!」


 ハインリヒが「ごふっ」と苦しげに血の混じった咳をした。


「胸と腕の骨が折れてる。ゆっくり動かせ」


 運び出そうとする騎士たちに、そう命じるお父様の声がひどく遠くに聞こえる。全てが膜がかかったようで現実感がなかった。(私は何をしたんだろう?)そう自分を問う声が、ゆっくりと頭に去来していた。

 ハインリヒを見ていたお父様が私の方に振り返り歩き出した。だけど、その目は床に向けられ、私のことを見ようとはしない。距離が近づくけれど、私は何と言えばいいのか分からず、口が麻痺したようにうまく動かせない。


「これがお前がライル殿に学んだ『理』か?」


 立ち尽くす私の横を通る時、そっと私だけに聞こえるようにそう言った。

 

(違う! こんなものがライル様の『理』であるわけがない)


 胸の奥に、冷たいものが広がっていく。私は自分の手を見た。木剣を握る手が震えている。ライル様の剣は、こんなものじゃなかった。彼の剣は、相手を「叩き伏せる」ものではない。正確で無駄な力を使わず、無益に人を傷をつけない剣だ。けれど、いまここで私がやってたのは、ただ、怒りに任せて振るっただけの、粗暴な剣、暴力だった。

 私は師範席へ戻るお父様を振り返ることもできず、ただ立ち尽くしていた。

 周囲の騎士たちが、私を見ているのが分かった。賞賛の目ではない。困惑と、恐れが混じった目だ。私には師範席に戻ったお父様を見る勇気はなかった。それでもお父様が、最初からこの立会の結果が分かっていたことには気がついていた。

 悔しくて、恥ずかして、情けなかった。それらが混ざり合って、胸の奥で渦巻いている。私は、ライル様の名を守るつもりだった。けれど実際には、ライルの『理』を踏みにじっていた。怒りに任せて、力に任せて、ただ相手を叩き伏せる。それは、ライル様のものとは似ても似つかない剣だった。

 お父様の声が道場に響いた。


「休憩終了だ。全員、配置につけ」


 いつもの厳格な教官の声だった。騎士たちが、慌てて動き出す。倒れたハインリヒは既に連れ出されていた。お父様が私を一瞥したのが分かったが、何も言わずに騎士たちの指導を再開した。


「剣の握りが固すぎる! もう一度、基礎から叩き直すぞ!」


 いつもの指導が始まった。まるで今の立会など無かったかのように。

 私は木剣を片手に下げたまま、ゆっくりと訓練場の端へと歩いた。胸の奥の冷たさは、消えていない。むしろ、どんどん重くなっていく。私は、ライル様の『理』を理解しているつもりだった。私こそがライル様の『理』を体現できるのだ、と思っていた。けれど、本当は何も分かっていなかった。剣の技術を学ぶことと、その「心」を理解することは、まるで別のことなのだ。

 訓練場に、再び金属音が響き始める。私はその音を聞きながら、自分の剣を、そして自分の心を見つめようとしていた。


(ライル様。貴方の剣は、一体どこから来るのですか。その「心」は、どこにあるのですか。そして、私は、本当に貴方の弟子と呼べるのでしょうか?)


 答えは、出ない。ただ、胸の奥の冷たさだけが、静かに私を責め続けていた。


(第四十八話 了)

お読みいただき、ありがとうございました。


本人には申し訳ないのですが、思わず怒りに任せて無礼な古参をボコボコにするセレスを書くのは楽しかったです(笑)。ごめんね。


「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。


次回は明日の11時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。

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