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病弱だった俺が謎の師匠に拾われたら、いつの間にか最強になっていたらしい(略称:病俺)  作者: 佐藤 峰樹 (さとう みねぎ)
第二部【王都陰謀編】

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第四十八話:セレスの揺らぐ剣【前編】

 訓練場に響く金属音が、今日はやけに耳障りに感じられた。私、セレスティア・アークライトは、父ギデオンの補佐として王立騎士団の訓練指導に立っている。クーデター後の騎士団は、規律の立て直しと戦術の刷新が急務だった。お父様が特別教官として招かれたのは、そのためだ。剣を構える騎士たちの動きを見ながら、私は補佐役として指示を飛ばす。


「踏み込みが浅い。相手の間合いに届いていない!」

「剣の軌道が読まれている。もっと緩急をつけろ!」


 いつもの私なら、こうした指導に集中できる。けれど今日は違った。頭の片隅に、別の光景がちらついて離れない。今頃、ライル様は王太子殿下と稽古をしているのだろう。先日、お父様と一緒に聞いた話が頭から離れない。ライル様が王太子アレクシウス殿下から直接、剣の稽古を頼まれたのだ。殿下は病弱で、公の場にはほとんど姿を見せない方だ。それが、わざわざライル様を指名して――。


 胸の奥に、ざわつくものがある。それが嫉妬だ、と自分でも分かっていた。ライル様の弟子は、私だ。彼の『理』を学ぶことを許されたのは、この私なのだ。それなのに、殿下が横から割り込んできたような、そんな醜い感情が渦巻いている。分かっている。王太子殿下は、私などとは比べものにならない高貴な方だ。ライル様が殿下の頼みを受けるのは当然のことで、私が口を出せる立場ではない。それでも、それでも、胸の奥がざわつく。


「セレス」父の声に、はっと我に返る。


「少し休憩を入れる。騎士たちに水を取らせろ」

「……はい」


 お父様の目が、私を見透かしているような気がした。

 休憩時間、騎士たちが思い思いに水を飲み、汗を拭っている。私は訓練場の端で剣を磨きながら、呼吸を整えていた。落ち着け、セレスティア。お前はアークライト家の剣士だ。私情で剣を曇らせるな。そう自分に言い聞かせた。


「ふん、アークライト家の令嬢は、随分と上の空だな」背後から、嘲るような声が聞こえた。


 振り返ると、そこには年配の騎士、ハインリヒという名の男が、腕を組んで立っていた。四十を過ぎた古参の騎士だ。


「……何か?」私は冷静に問い返す。

「いや、な。気になってな」ハインリヒは鼻で笑った。「お嬢さんが信奉している、あの山育ちの小僧のことだ」


 私の剣を磨く手が、ぴたりと止まった。


「……何が言いたいのですか」

「いやいや、別に他意はないさ」ハインリヒはわざとらしく両手を上げた。「ただな、俺たち正統な騎士からすれば、不思議でならんのだ。正式な騎士の修行も積んでいない、どこの馬の骨とも知れん小僧が、王太子殿下にまで剣を教える、とはな」


 周囲の騎士たちの視線が、こちらに集まり始めた。


「ライル様は、クーデターを鎮圧した英雄です。その実力は、誰もが認めるところでしょう」私は静かに答える。

「実力? ああ、確かに派手な芸当はしたようだな」ハインリヒは肩をすくめた。「だがな、お嬢さん。剣ってのは、そんな軽いもんじゃない。何年も、何十年も、血と汗を流して磨き上げるもんだ。それを、たかが数年山で遊んでいた小僧が、『理』だの何だのと偉そうに語る……」

「やめろ、ハインリヒ」お父様の低い声が、訓練場に響いた。


 だが、私の中で何かが弾けていた。


「……取り消しなさい」私の声は、自分でも驚くほど低く、冷たかった

「は?」

「今の言葉を、取り消しなさい」


 剣を握る手が、震えている。普段の私なら、こんな挑発は受け流せた。騎士団の剣術師範を父に持った私は、この手のくだらない嫉妬や僻みには慣れていた。それを跳ね返すために、様々な大会で勝ち相手を黙らせきた。だから、年上の騎士を相手にしても無難にやり過ごすことは、なんでのないはずだった。

 けれど、今日の私は違った。ライル様への想い。王太子殿下への嫉妬。そして、自分自身への苛立ち。それらが渦巻いて、胸の奥で爆発しそうになっている。


「ライル様を侮辱することは、許さない」

「おいおい、お嬢さん。そんなに怖い顔をして――」

「立会、受けてもらいます」私は剣を抜いた。


 訓練場の空気が、一瞬で張り詰める。


「セレス」お父様が私の名を呼ぶ。止めるつもりだろうか。でも、もう止まれなかった。

「ハインリヒ殿。貴方は、ライル様の『理』を否定した。ならば、その『理』を学んだ私の剣で、貴方の言葉が間違いであることを証明します」


 ハインリヒの顔に、明らかな動揺が浮かぶ。


「お、おい……本気か?」

「ギデオン教官、許可を」私はお父様を見た。


 お父様は、しばらく黙って私を見つめていた。その目には、何か複雑な感情が浮かんでいる。そして、静かに頷いた。


「……許可する。ただし、木剣で。殺傷はなしだ」

「教官!」驚いて声を上げたのは、私ではなく周囲の騎士たちだった。


 お父様は彼らを手で制し、再び私を見た。


「セレス。やるなら、全力でやれ。ハインリヒもな」


 その声には、叱責も、心配も含まれていなかった。ただ、静かな、そしてどこか悲しげな期待が、そこにはあった。

お読みいただき、ありがとうございました。


今回はセレスのお話です。優等生でライルに会うまでは、剣はもちろんなんでもそつなくこなしてきた彼女が、いろいろな壁にぶつかる姿は書いてもいても気の毒です。どうにかしたいのですが、なかなかそんな風には動いてくれません。


「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。


次回は本日の23時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。

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