第四十五話:『魔女と影の騎士』【後編】
「ほとんどは不鮮明なものでしたが、一部は聞き取れましたわ。お聞きになります?」
イザベルが頷く。わたしはもう一度黒い水晶を魔道具に据え付け、再生をする。
『……タイドリ、ア……王国……#%……魔力……ゴ、ーレム……試、作品……%$……起動、確認…………『適格者』を、要求……■■#……』
静かな部屋にかすれた声が響いた。
「ゴーレム……?」
イザベルが、僅かに眉をひそめた。その反応は、明らかに初耳だという様子だった。
わたしは、壁に貼った王都の地図を指差した。
「ご存知かと思いますが、ゴーレムは古代魔法の産物です。術者の魔力が続く限り、何度でも再生し、破壊を続ける……最悪の兵器。でも、それを動かすには、膨大な魔力が必要となります」
「……それで、『魔力の高い平民の子』を攫っている、と?」
「はい。恐らくタイドリアは、アウレリア人の『魔力』を使って、ゴーレムを動かそうとしているのではないかと思います」
「クーデター事件で、この国の騎士団の弱体化は露呈した。攻めるならいまが絶好の機会。そして、彼らは既に王都に潜伏し、『材料』を集めている……。ということか」
そう呟きながらかたちの良いあごに触る彼女の目は、わたしが張った壁の地図に向けられている。そこには失踪者が消えた場所を示す三つのピンが刺さっていた。
「……副団長様。あなたは、どうするおつもりですか?」
わたしがそう尋ねると、イザベルは、その蒼い瞳で真っ直ぐにわたしを見た。
「現状で騎士団として動くには、証拠が足りなすぎる。これだけの情報で港湾地区をしらみ潰しにするわけにもいかない。もう少し、確たる証拠や攻めるべき拠点が分からないと……。ただ、このまま放っておけば、行方不明者は増えるだろう」
「そこでわたくしに手伝って欲しいというわけですね、イザベル副団長様」
イザベルはにやりと笑った。面白くなってきた。わたしはにっこり笑って言った。
「もしわたくしがお断りしたらどうなるのですか?」
「ルナリア嬢、あなたは断らない」
「なぜでしょう? わたくしは魔法学校の学生です。その本分に立ち戻れば、とても副隊長のおっしゃっているようなことに関わることはできませんわ。お父様にも叱られます」
「そうだろうな。悪くすれば今度こそ除籍処分かもしれない。だがあなたは私に協力する」
そう言ってイゼベルが私を見る。気のせいか、少し笑っているように見える。
「まず、わたしに協力しなければこの工房は明日にでも閉鎖する。魔道具の製作には申請が必要だが、とてもそれが取れているとは思えない。それに仮に取っていても、それを取り消すことは副団長の権限でできる」
「脅迫されるのですか?」
そう答えながら、わたしも面白くなってきていた。
「脅迫ではない。事実だ」
イザベルは、涼しい顔でそう言った。
「それに、あなたは既にこの件に深く関わっている。この水晶を分析したのは、あなただ。もし、この情報が漏れたら――タイドリアの工作員は、あなたを最優先で始末しにくるだろう」
「あら、怖い」
そう答えながら、わたしはイザベルが恐ろしいことを口にしながら、本当に楽しそうな笑みを浮かべているのに気がついた。彼女はこのやりとりを愉しんでいるのだ!
「それにあなたは放っておけないだろう、自分と同じ学校の人間が攫わていることに」
「うーん、確かに、そうかもしれませんね。でもわたくし、学校にお友達が少なくて」
わたしは再びにっこり笑って彼女を見る。ぽってりと少し厚みのある唇には小さな笑みが浮かび、蒼い瞳の奥に愉悦の炎が妖しく揺れているのが見えた。頬も上気していて少し艶めかしく、それは初めて見る彼女の表情だった。
(あれあれ、どうしたのかしら、この人は? わたくしを脅迫して、愉悦に浸るなんて……。思ったよりも、ずっと『面白い』人じゃない、イザベル・アドラー)
そう思いながら、わたしもこの取引にゾクゾクしている自分にも気がついていた。
わたしは、わざと挑戦的な笑みを浮かべて、彼女の蒼い瞳を見つめ返した。
「……工房の閉鎖に、暗殺者の脅威、それに学校の生徒への同情心ですか。副団長様は、随分と『脅し』がお上手ですこと」
わたしは、その愉悦に満ちた蒼い瞳を、真っ直ぐに見返す。
「それで? わたくしが怖気づいて、『協力するから助けてください』とでも言うとお思いになっているのですか?」
わたしの挑発に、イザベルはその美しい唇の笑みをさらに深くした。 「いいえ」 彼女は、まるでこの瞬間を待っていたかのように、ゆっくりと首を振った。
「最後が一番重要だ。あなたは魔法が大好きだ。そして私が知る限り魔法使いは好奇心の塊のような生き物だ。たとえそれが危険なことだと分かっていても、犬のように一目散に逃げようとしない。猫のような好奇心で、危険を承知で必ず振り返り、それにちょっかいを出さずにはいられない人種。それが魔法使いだ」
まいった。この人は魔法使いの、いえ、わたしの一番弱いところを気持ち良く突いてきた。
「降参です、副団長様。ぜひ協力させてくださいませ」
わたしは手をひらひらさせて素直にそう言った。こんな副隊長様の表情が見られただけでも、協力する価値があるというものだ。
「で、なにをすればよいのですか?」
望む答えを得たイザベルの顔から、先程までの笑顔や艶めかさがすっと消えた。残念。もうちょっと粘るべきだったのかもしれないとわたしは考えていた。
「あなたに望むのは例の『小鳥』を使った情報収集です」
「分かりました。……でも、それなら頼まれなくてもやっていていましたのに」
そう言うとイザベルの顔にさっきとは違う笑みが薄く浮かんだ。
「もちろん、知っていたからこそここに来たわけです」
「副団長様もお忙しいのに、随分遠回りなことをされますこと」
わたしはそう言ってからすぐに気がついた。彼女は私が一人で調査を進めていることを察知して、放っておけば、いつかタイドリアのスパイに気がつかれる危険があると考えたのだ。だからわざわざこうしてこの工房まで一人でやって来て、『協力』という体裁を整えたのだ。わたしはその手際の良さに感心すると同時に、自分が彼女の保護の対象になっていたことに気がつき腹が立ってきた。ルナリア・アークライトは、誰かに守られる存在ではないのからだ。そう思って抗議の声を上げようとしたわたしの耳に、初めて聞く彼女の優しい声が聞こえてきた。
「協力に感謝する、ルナリア嬢。ありがとう」
その瞬間、頭に上った怒気がいっぺんで消えてしまった。まいった。一日で三回もこんな思いをさせられるとは……。それでも悔しさを感じないことが悔しかった。その気持を隠すため、わたしは少しぶっきらぼうに答えた。
「……お礼は結構です、イザベル副団長」
「わたしのことはイザベルでいい」
思わず見返した彼女の顔はいつもの通り冷静そのもので、私の聞き間違えかと思った。それを察したのか、彼女は笑いもせず、
「イザベルでいい」
ともう一度言った。ようやくその意味が分かると、自分の顔が熱くなるのを感じた。それでもなんとかにっこり笑うと、
「分かりました、イザベル様。では、私のことはルナとお呼びください」
彼女は小さく頷くといつもの表情で壁の地図に向かった。わたしはその隣に並び、一緒に王都の夜に潜む闇を暴く準備を始めた。門限のことは、もうすっかり忘れていた。
(第四十五話 了)
お読みいただき、ありがとうございました。
ルナとイザベル。こんな展開になるとは筆者も思っていなかったので驚いています(笑)。(そんなわけで、ちょこちょこ書き直したりしてます)二人が今後どうなるのか、いまのところ私も分かりません。
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次回は明日の11時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




