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病弱だった俺が謎の師匠に拾われたら、いつの間にか最強になっていたらしい(略称:病俺)  作者: 佐藤 峰樹 (さとう みねぎ)
第二部【王都陰謀編】

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第四十二話:『王太子の影』【後編】

 俺は、腹に突き刺さる寸前だった一本目の短剣を、半身で躱しながら左手でその柄を掴む。直後に飛んできた二本目の短剣は、真半身になったことで服の布地を薄く切り裂くだけで空を切った。


 一気に接近してきた老執事が、懐から本命の三本目の短剣を俺の顔をめがけて突き出してくる。その動きは、正確で気負いがなく隙もない。だが、彼にとって誤算があった。俺が半身になった分、半足ほど間合いが詰まっていたのだ。それを調節しようと短剣を突き出した右腕の脇が僅かに開く。その小さな隙に、俺の短剣を握った左腕が滑り込み、伸びてくる彼の右腕を内側から外へ弾く。


 ざっ


と衣擦れの音とともに互いの動きが止まった。彼の突き出した短剣を握る右腕は、俺の左腕に弾かれ外れた一方で、俺が左手に持った短剣の刃先は、ピタリと彼の右目の直前で止まっていた。


「……!」


 老執事の驚愕で大きく見開かれた目の瞳に、短剣の切っ先が映る。


 俺は驚く彼の眼前からゆっくり短剣を戻すと、柄の方を彼に向けた。


「お返しします」


 老執事は半歩下がった位置で左手に握った短剣を懐に戻すと、俺が差し出した短剣を受け取って袖にしまった。その動きは、先ほどまでの鋭さを失っていた。戦いが終わったことを、彼は理解したのだ。


 彼はゆっくり一息つくと、視線を床に下ろした。


「……なるほど、あやつの報告は正確だった」


 そう小さく呟くと彼は片膝をついて跪いた。


「度重なるご無礼をお詫びいたします。私はクレール・アイゼンリーゼと申します。ここではクラリスと名乗っております」


「ああ、そうでしたか。はじめまして」


 俺のその反応にちょっと驚いた様子だったが、ややあって何かに納得したように薄く笑った。


「どうやら、あいつらはまだあなたとちゃんと挨拶をしていないようですな」


「あいつら、とはどなたのことですか?」


 クレールは手を軽く額にあて、やや考え込んだ後、ふんと鼻を鳴らした。


「……まあ、あなたなら良いでしょう。先程殿下がお話になった、秘密を知る者のうち陛下を除くフォルカーとイザベル、(王の影)である彼らの名はアイゼンリーゼです。つまり、私の息子と孫娘ということになります」


 俺は少し驚いて尋ねた。


「イザベルさんがフォルカー殿の娘だということは先程殿下に聞いたのですが、お名前は、確かアドラーだったと……」


「それは偽名です。周りの人間に親子と知られると、いろいろやっかいなことがあるので。イザベルは表向きは騎士団の一員で、裏では(王の影)の役割を果たしておるのです」


「……あの、そうしたことを私に話してしまってよいのでしょうか? 随分大事なことのようですが」


 クレールは改めて俺の顔を見た。


「まあ、良いでしょう。後で私があやつらに伝えておきます。息子には叱られるかもしれませんが、今後のためにもあなたには知っておいてもらったほうがよいはずです」


 さばさばした顔で言った。


「あまり事情が分かっていないのですが、まずはお立ちください」


 そう言うと、彼は小さく礼をして立ち上がった。もう殺気は消えていた。


「私自身はもう20年以上前に(王の影)を引退しております。アレクシウス殿下が生まれると同時に、その身の回りの警護を任されました」


「さっきの殿下と俺の話を聞いていたのですね」


「はい。殿下もご承知の上です」


 俺はちょっとその返事の意味を考えた。


「では、殿下に近づく人間にはいつもこんなことをされているのですか?」


「いえいえ、ここまでやらせていただいたのは初めてです」


 そう言うと笑って付け加えた。


「ここだけの話、さきほどの短剣の連撃を外されたことも。これはフォルカーとイザベルには内緒にして頂けると助かります」


 俺は頷きながら借り物の服に傷がついてしまったことを、どうギデオン殿やセレスに言うかを考えていた。


(第四十二話 了)

お読みいただき、ありがとうございました。

「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。


次回は明日の11時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。

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