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病弱だった俺が謎の師匠に拾われたら、いつの間にか最強になっていたらしい(略称:病俺)  作者: 佐藤 峰樹 (さとう みねぎ)
第一部【王都クーデター編】

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第五話:その少年、血闘を教練に変える【前編】

「突っ立っているだけで強くなれるとは、初耳だな。そんなものが我がアークライト流の稽古だと、貴様は本気で門下生に教えるつもりか?」

 ちょうど訓練場に入ってきたギデオン殿が、厳しい声でユリウスを諌める。

「ユリウス。ライル殿の稽古の邪魔をするな」

「邪魔?いいえ、師範。俺は、この訓練場の権威を守りに来たのです」


 ユリウスはにやりと笑うと、後ろに控えていた男の一人を手招きした。その男は、腰に下げた戦斧をこれみよがしに鳴らしながら、前に進み出てくる。

 男から漂ってくるのは、汗と、そして微かな血の匂い。それは森を彷徨く熊や狼といった動物たちに近かった。ただ、そうした動物たちが自然の営みでやっているのに比べ、目の前の人間は、娯楽のために相手の命を奪う惨忍さと、どす黒い気配を感じた。

「こいつは、王都の賭け試合で連勝を重ねている男だ。そこらの騎士崩れとは訳が違う。……なあ、ライルとやら。お前のその『自然の理』とやらが、金と血の匂いしか知らん本物の殺気の前で、どこまで通用するか。見せてはもらえんか?」


 それは、師範代への挑戦という形をとった、果たし合いの申し込みだった。

 訓練場の空気が、一気に凍りつく。

 ギデオン殿が怒りに何かを言う前に、俺は静かに、前に進み出ていた。


 目の前の男から放たれる気配は、確かに強く、鋭く、重い。だが、それは過剰すぎた。ただ「殺す」という意識だけが、指向性を持って真っ直ぐに俺へと伸びてきている。セレスティアさんのように洗練された動きとは違い、あまりにも単純で、俺にとってはかえって読みやすかった。

 ……これを、手本にできないだろうか。

 俺が言葉で上手く伝えられないでいる「濃い薄い」の話を、皆に理解してもらうための。


 俺はギデオン殿に向き直ると、静かに言った。

「試験というのであれば、それで構いません。ですが、私もこの機会に、皆さんに感じて頂きたいと思うことをお伝えしたいと思います」

 そして、戦斧を持つ男に向き直る。

「すみません、お名前は?」

 男は少し考えた後で答えた。

「……ボルツだ」

「ボルツさん。協力をお願いします。なに難しいことはありません。いつものように、俺に向かってきてくだされば、それで大丈夫です」


 俺の言葉に、ボルツもユリウスも、呆気にとられたような顔をしている。

 俺は構わず、コンラッドに声を掛けた。

「コンラッドさん。申し訳ないですが、刃引きの剣を一振り、お願いします」

「は、はい!」

 コンラッドは緊張した面持ちで、武具入れから訓練用の刃引きの剣を持ってくると、俺に恭しく手渡した。


 その様子を、セレスティアさんが心配そうな目で見つめていた。

 あまりにも体格が違いすぎる。女性である彼女は、純粋な体格差が戦いにおいてどれほどの意味を持つかを、誰よりも理解していたからだろう。


 俺が剣を受け取ると、ボルツは不気味な笑みを浮かべた。

「そうかい。じゃあ、遠慮なく……死ねぇ!」


 野獣のような雄叫びと共に、ボルツが突進してくる。

 小細工なしに、ただ己の体格と勢いだけで俺を圧倒しようという、強力だが単純極まりない一撃。その巨大な戦斧が、俺の頭上めがけて振り下ろされた。


 その動きも、俺にははっきりと見えていた。

 力の流れが、振り下ろされる戦斧の軌跡だけ、極端に『濃く』なっている。

 俺は軽く半身をずらして戦斧の直撃をかわすと、ボルツの体勢が崩れるその一瞬に踏み込み、彼の首筋に、持っていた刃引きの剣の峰を、そっと当てた。同時に虚しく空を切った戦斧が硬い床を打った金属音が大きく道場に響いた。


「……分かりますか?」

 俺は剣を当てたまま、振り下ろした格好のまま呆然としているボルツではなく、遠巻きに見ている門下生たちに語りかけた。

「ボルツさんのような、こういう攻撃は、始まった時点で『終わり』が見えています。一度振りかぶった腕は、途中で軌道修正が効かない。つまり、意識も力も、全てがその一点に集まってしまっているんです」

 俺はボルツの腕を軽く叩く。

「ここが『濃い』。だから、それ以外の場所は、全てが『薄い』。それさえ分かれば、合わせるのは、とても簡単なんです」


 ギデオン殿やセレスティアさん、コンラッド、そしてユリウスが唖然とした表情で俺のことを見ていた。

 せっかく分かりやすく説明しているのにちゃんと聞こえているのかが分からず、ちょっと心配になった。


 ※後編は本日21時に配信予定です。

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