第四十話:王太子との奇妙なお茶会【後編】
俺の返事に王太子は軽くかたちの良い眉をひそめた。
「事実のようであります、とはどういうことだ?」
「……どうも、そうした話を人から聞いても、自分のこととは思えなくて」
王太子は黙って俺の言葉を待っている。
「もともと、私は死のうと思って山に入り、そこで師匠と出会って不思議な体操を教わっただけで、自分としては『理に従って人並みに健康になった』ただけで、その……取り立てて、なにかしたというつもりはないのです」
「……しかし、実際にお主がやっていることは、とても世人の及ぶことではない」
俺は考え考え答える。
「そう言われるのですが、私にはその世人や普通の人というのがよく分からないのです」
「どういうことだ?」
「私から見ると皆さんも、それぞれに自然に特別な力を備えていると思います。ただ、その力に気がつかず、外に求めている。もっと内に目を向けることが大事なように思えます」
王太子が目を伏せ呟く。
「己の内か……」
暫く彼が考え込んでいる間、俺はカップのお茶を飲む。
王太子はやがて目を俺に戻す。
「そうした考えは、お前の師匠が教えてくれたものなのか?」
「教えてくれた……。そう私も思うのですが、師匠は『違う』と言っていました。これは陛下とお話をしている中で気がついたのですが、師匠は私が私であるということに気がつく手助けをしてくれたのだと思います」
「『私が私である』……』
「はい。山に入る前の私は体が弱く、家族にとって厄介者で、優しかった母を修羅にしてしまいました。その頃の私は、『なぜ私はこんな虚弱で家族に迷惑をかけているだけの存在なのに、この世に生きているのか? 要らない存在ではないのか?』と毎日考えていました」
王太子は静かに俺を見つめている。その黒い瞳が、さらに深くなっている。俺は軽く目を伏せて話しをした。
「その頃は流行病もあって、毎日村の外れから白く細い煙が上がっていました。……病気で死んだ子供を焼く煙です。私はその煙を見ながらいつも思っていました『いつか俺もあの煙になるんだ』と。別にそれを怖いとは思いませんでした。むしろ私はそれを望んでいました。私は家のお荷物でしたから……。その一方で、『ではなぜ、私は生まれてきたのか?』という疑問もありました。生まれてきた意味はなんなのか? 同時に死ぬことの意味も考えました」
「死ぬことの意味?」
俺は自分の手の平を見ながら話し続けた。
「はい。どんな者でも、生まれたからには必ず死にます。その人がどんなに貧乏でもお金持ちでも死ぬ時は同じです。もちろんどう生きたのかは違いますが、死ぬということについては変わりません。私にはそれがとても不思議に思えました。最後に全部失うのであれば、金持ちになろうが、誰か愛する人と出会おうが、最後にはそれを全部失い、別れがくる。それなら生きることにどんな意味があるのか」
王太子は無言で聞いている。
「それで俺は山に入りました。これ以上、家族に迷惑をかけることは心苦しかったし、生きることに意味を見出せなかったからです」
「そして山の師匠に出会った、というわけか……」
殿下の言葉に俺は頷いた。
「その『山の師匠』という人ともこんな話をしたのか?」
俺は首を振った。
「いえ、一度も。そもそも必要以上のことを話すことはありませんでした。もちろん私は子どもでしたから、慣れてくれば甘えや親代わりを求めることはありましたが、師匠はまったくそれに応えることはありませんでした。少しでも自分の身の上話をしようものなら『黙れ、そんなことが俺になんの関係がある』と言われて。私は師匠の名前すら知らないのです」
「そんなことがあるのか?」
王太子が驚いた声を出す。俺は頷き続ける。
「いまにして思うと師匠が冷たい人であったというより、意図的にそうした関係を作らないように気をつけていたように思います」
「……何のために?」
「分かりません。ですから陛下にもお話した通り、私は師匠に教わったと思っていますが、師匠は何も教えていないと言う。師匠はいつも『俺は理の話をしているだけだ。物事の理は俺が言おうと言うまいと変わらない。だから俺はなにも教えてない』と言いました。それも正しいのでしょう。ただ私の生き方が変わったのは間違いありません」
「……それで」
王太子は再び俺に目を戻した。黒い瞳がさらに深く、見ていると吸い込まれるような気がした。
「見つかったのか、生きる意味は?」
俺は答えた。
「ええ、生きる意味はありません」
(四十話 了)
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