第二部開幕! 第三十八話:王太子からの招待状と王家【後編】
ギデオン殿の話が続ける。
「その時にエルハンゼ様が提案したのが、『今後の王位について、互いの系統の男児を交代で王太子とする』というお約束だったのだ。つまり自分が兄君の王座を率先して支える代わりに、次の王位はご自分の、つまりエルハンゼ様のご系統の男児から、その次は、兄である前アウグスブルグ陛下のご系統の男児からというわけです。この案を父であるアルベリヒ前前陛下は『妙案である』と賛成され、兄君であるアウグスブルグ前陛下も喜んで賛成され、以降の王位継承の方針となった。これは、『できるだけアウレリア家のなかで、王族を出し続ける』というお考えに合ったものでもあったのでしょう」
前回の事件のこともあり、俺にも多少、アウレリア王家と他の五王家との関係は分かってきていたので、大凡の様子は推察できた。
基本的には六王家は、第一王家である、アウレリア王家から王となる男児を出し、他の五王家からその妃を迎えるということが理想とされている。これによりアウレリア王家は、その時々に応じて、どの五王家から妃を迎えるかで王家同士の関係を調節し、同時に妃の外戚に必要以上の力を持たせず、王国の運営を安定させてきたという。
一方で、アウレリア王家に男児がいない場合は、残りの五王家から選び出された男児を、アウレリア王家の養子とすることになっていた。これは六王家建国からで定まっているもので、これによりアウレリア王家の存続は保証されていた。しかし、これを繰り返せばアウレリア家の王統は弱まることとなる。そのため、この事態を避けるために男児を出し続けることが、アウレリア王家にとって最も重要だとされてきたそうだ。幸い建国以来、現在までアウレリア王家から男児を出し続けているという。
「ところが前アウグスブルグ陛下にはお子、つまり現ヴァレリウス陛下が誕生されたが、エルハンゼ様には長くお子に恵まれなかった。そのうちにヴァレリウス様は成人され、王太子となり誰からも次王を継ぐと思われていた。ところがそんな時に、アレクシウス様がお生まれになった。現陛下が27歳の時だ。約束どおりであれば、このアレクシウス様が次の玉座に座ることになるし、エルハンゼ様も待望の男児のご誕生に、それをお望みになられました。『約束は約束であり、兄弟といえどもこれは譲れぬ』と。
とはいえ前アウグスブルグ陛下も周囲の者も、ヴァレリウス王太子が継ぐものと準備をしてきたこともあり、そう簡単にはいかなかった。
その結果、ご兄弟の間は緊張し、その空気は家中にも広がり、またそれぞれの周りに人も集まってきた。無論、五王家の中でも色々な動きがあった。何十年も前に起きたことがまた起こったわけです。まったく人の世というのは面倒なもので……。若きヴァレリウス王太子も当時は随分悩まれておられました」
ここでギデオン殿は口をつぐむと、少し遠い目をした。おそらく間近でその様子を見ることもあったのだろう。
「……ところが、先程も言ったように、アレクシウス様が僅か2歳の時に、エルハンゼ様が亡くなられました。誠に不幸なことではあったが、これで家中は収まるかと思われたのだが、やはりエルハンゼ様を慕う一部の者は頑強に『アレクシウス様こそ、正当な皇太子である!』と主張しました。また一時は緊張した関係となった前陛下も、やはり弟君とのお約束を無碍にするのも忍びなかったのでしょう……。その結果、前アウグスブルグ陛下が選んだのが、息子であるヴァレリウス王太子の養子としてアレクシウス様を迎えるということだったのです。実際、お二人の年齢差は親子ほど離れていたのでな」
「……そういうことですか。では、アレクシウス王太子が次の王となり、ヴァレリウス陛下は、お父上と叔父上の約束を叶えるということですか」
「まあ、そういうことですな。陛下には今のところ男児がおられませんし……」
ギデオン殿がやや言い淀んだ。代わってセレスが口を開いた。
「……ですが、ライル様。そのアレクシウス殿下には、別の噂もあります」
「噂、ですか?」
俺の問いに、セレスは声を潜め、真剣な顔で続けた。
「殿下は、先日の御前試合のような場に、一切お姿を見せません。お姿を表すのは新年のお祝いくらいで。それもこの数年はお姿をお見せになっていません。そのため王都の貴族の間では、まことしやかに囁かれているのです。『……王太子アレクシウス様は、生まれつきのご病弱で、とてもではないが王の務めを果たせるような御身体ではない』と」
ギデオン殿が、セレスを睨む。
「セレス!滅多なことを言うものではない」
セレスがその怒気に慌てて謝る。
「申し訳ありません!ただわたしは、できるだけライル様に事前にいろいろなことを知っていただけた方が良いと思って……」
「お前は騎士団の特別教官であるワシの補佐をする立場だ。その立場を弁えよ」
「……申し訳ありません」
セレスは気の毒なくらいしょげてしまった。俺は助け舟というわけではないが、違うことを聞いてみた。
「ところで王太子はどちらにお住まいなのですか? わたしは一月ほど城にいますが、王太子殿下の話を聞いたことがありませんでした。招待状を見るとどうやら別の場所にいるようなのですが」
「ああ、殿下は離れにいらっしゃる」
「離れ?」
「城から西へ馬で半日ほどのところにある離れで、『水晶の離宮』と呼ばれているところにいらっしゃる。湖の近くで風光明媚なところだと聞いている」
「ギデオン殿は行かれたことはないのですか?」
「ない。城内でも伺ったことがあるものは少ないらしい。……まあ、いずれにしろこうした事情を考えると、念のために陛下にお目にかかって確認した方が良いだろう。ライル殿、少し時間をいただけるか?」
もちろん俺の方に不都合はないのでお願いすることにした。横を見るとまだ沈んだ様子のセレスがいた。
「……セレスさん、よろしかったらもう少し稽古にお付き合いいただけますか?」
その言葉にセレスはパッと顔を上げると、「は、はい!もちろんです。ぜひお願いいたします!」と笑顔で返事をした。その様子にギデオン殿が微かに笑っているのに俺は気がついた。
(第三十六話 了)
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