第三十四話:王からの思わぬ報酬【前篇】
俄に周辺の雰囲気が変わった。
それまで負傷者の手当てや、反乱に加わった者の捕縛などで騒然としていた場が、それぞれに居住まいを正すように動く気配が広がった。
その中を周囲を護衛に守られたヴァレリウス王が近づいてきた。
その場にいた全員が跪く。俺も見様見真似で彼らに倣う。
護衛の一人が俺たちの方へ近づくと辺りを睥睨する。
「この中にライルと申す者はいるか」
俺は顔を上げ答える。
「俺です」
護衛は俺の身なりや様子をジロリと見ると、少し意外なような顔をした。
「本当にお前に間違えないか?」
「はい」
なおも胡散臭そうな顔で俺を見ている護衛の後ろから声がかかった。
「何をしている」
護衛はその声に慌てて振り返ると、声の主に近づく。
「は!陛下。自分がライルだと言う男がいたのですが、どうも怪しい様子で……」
「貴様はこれまでどこで何を見ていたのか! 下がれ!」
大音量の叱責の声で周囲の緊張が高まるのを感じる。
「は!申し訳ございません!」
下がった護衛の代わりに別の人物が俺に近づいてくる。横にいるイザベルが小さな声で「顔を伏せよ」と言ったので、俺は言われた通りにした。すぐに俺の前に立った男が声を掛けてきた。
「……ライルと申したな。顔を上げて、もう一度名前を教えよ」
俺は言われた通り顔を上げる。声の主はヴァレリウス王だった。そこには先ほどまで玉座にあった、虚ろな半病人のような姿はなかった。まだ完全に復調したとは言えないが、その姿には王と呼ばれる者が纏う迫力があった。
「ライル・アッシュフィールドと申します」
ヴァレリウス王は小さく頷くと、自らの膝を折り俺と視線を合わせると、手を俺の肩に置いた。
護衛の兵士がざわめく。王ともあろう立場の人間が、俺のようなどこの誰とも分からない人間に対して、膝を折ったことに驚いたのだろう。
「陛下!」
「静かにしておれ」
ヴァレリウス王は振り向きもせず護衛の兵たちが騒ぐのを抑えると、俺の目を見たまま口を開いた。
「お主は、余の命の恩人である。礼を言う」
俺はその回復した様子が嬉しくて、
「お元気になられてよかったです」
と答えた。
王は僅かに微笑むと立ち上がり、俺の周りに跪いている者を見渡す。
「ギデオン」
「は!」
「頑固者のお前が来てくれて助かった。活躍はランカスターのへルクスより聞いている。礼を言う」
「はっ!もったいないお言葉です」
「陛下!」
と声を上げた男が王の前に跪く。この混乱の中で乱れはあるが、その服装から貴族であることが分かる。
「ヴァロア家の当主テオドールでございます。ご無礼を承知で申し上げます。そちらのライル殿やギデオン殿もそうですが、そちらにひかえているご令嬢も、我が娘シャルロッテの命の恩人です」
ロッテが、「お父様」と駆け寄り、父の横で跪く。ヴァレリウス王はその様子に軽く頷くと、ギデオンの横に跪くセレスを見る。
「そなたはギデオンの娘だったな。名を何と申したか」
「セレス、セレス・アークライトと申します」
王は微笑むと、
「そうだった。最後に会ったのは10年ほど前だったかな。随分大きく、綺麗になったようだ」
セレスが身を縮こませて、
「あ、ありがたきお言葉です」と答えた。
王はふと思い出したように、
「確か、そなたには双子の妹がいなかったか?」
「わたくしでございます」
セレスの横に跪いていたルナが声を上げた。
「ルナリア・アークライトでございます。ありがたくも今は王立魔法学校で学ばせていただいております。陛下にはこの場を借りてお礼申し上げます」
ギデオン殿とセレスが慌てている様子が伝わってくる。ヴァレリウス王は鷹揚に頷くと、
「そうか、此度の活躍に礼を言う。勉学に励めよ」と言った。
「お言葉に感謝いたします。現在も首席でございますが、なお一層、精進させていただきます」
とルナは答えた。ギデオン殿とセレスが顔を伏せたまま(余計なことを……)という表情になる。
最後にヴァレリウス王が目を留めたのは、大弓を肩に担いだ騎士だった。
「騎士団長イザベル」
「はっ」
「ご苦労だった。お前のことはそなたの父から聞いている。後ほど今回のこの事件について詳しく話を聞くことになるだろう。承知しておけ」
「はっ」
イザベルの短い返事を聞いたヴァレリウス王は再び俺に視線を戻した。
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次回は本日の23時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




