第三十三話:再会と、癒やしの手【前編】
フォルカーによってゲルハルトが捕らえられ、戦いの趨勢は完全に決した。
「国王陛下、万歳!」
その叫びを皮切りに、ランカスター家の兵士たちと、これまで形勢を窺っていた王家派の貴族たちが勢いづく。指揮官を失ったクーデター派に、もはや抗う術はなかった。
主犯であるのゲルハルトに与した者たちは、次々と武器を捨て、投降していく。それより早く、趨勢が不利と見た傭兵たちは素早く武器と鎧、徽章を投げ捨て逃げ去っていた。
生気を取り戻したヴァレリウス王は、集まってきた騎士や貴族に矢継ぎ早に指令を出している。
その様子を見て(自然と人の輪の中心になる人なのだ)と思った。一方で俺は、一刻も早くここから立ち去りたかった。あまりに人が多すぎて落ち着かなかった。
(ここで俺がやることはない)
そう思った俺は、静かに人の輪から離れた。その時、
「ライル様!」
と小さな影が、俺の胸に飛び込んできた。ロッテだった。彼女は、顔を俺の胸に埋めて声を上げて泣きじゃくっている。
「よかった……!ご無事で、よかった……ライル様……」
俺は、その小さな頭を黙って撫でる。
「……ライル様」
その声に目を上げると、そこにはセレスの姿があった。鎧はボロボロで、顔は汗と埃にまみだ。よく見ると浅いが顔に幾筋かの切り傷に血が滲んでいる。
「セレスさん。お顔の傷、大丈夫ですか?」
そう言うと、セレスは慌てて両手で顔を隠し、
「大丈夫です!大丈夫です!」
と言って反対を向いた。傷が残るのが心配だった俺は、
「顔を見せてくれませんか」
と言うが、彼女は首を振り、ただ「今は駄目です」と言うばかりだ。困った俺が、
「綺麗な顔に傷が残ると大変ですよ」
と声を掛けると、ぴたりと首を振るのをやめた。ゆっくりと俺の方を振り返り、顔を覆った手を少しずらした。覗いた目は真っ赤だった。
「さあ、見せてください」
「……はい」
セレスは顔から手を離すと、真っ直ぐ俺を見た。俺は両手で彼女の顔をそっと挟むと目を瞑り、自分の温かさを彼女に伝えるイメージを浮かべた。セレスが小さな声で「あっ」と言うのが聞こえた。俺が伝えるのと同時に、彼女の温かさと、彼女がここまでやってきた様々なことが一緒に伝わってきた。強い女性だ。
自然に俺の手がセレスの顔から離れた。目を開くと彼女は目を瞑っていた。顔から手が離れたのが分かったセレスが、ゆっくりと目を開いた。目の周りの赤さは消え、傷があった場所は薄いピンク色になっていた。大きな目を何度か瞬かせると、長い睫毛の下に綺麗なアメジスト色の瞳が輝いていた。
「これで傷は残らないと思います」
そういう俺の顔を見て、
「……ライル様、わたし……」
そうセレスが言いかけた時、ロッテが、
「ライル様!私にもやって!」
と声を上げた。
俺は笑ってロッテの顔の高さまでしゃがむと、セレスにやったように両手を顔に手を当てる。すぐに、
「うわぁ、なんかあったかい!」
とロッテが声を上げた。
「そうか。良かった。本当によく頑張ったね」
「うん!またライル様に会えてすっごく嬉しい!」
そう言うとロッテがまた抱きついてきた。俺は彼女の相手をしながらセレスに、
「セレスさん。さっき何か言いかけていましたが、何でしょう?」
と聞いた。
「え!? あ、あの、なんでもないです!」
そう言うとセレスはぷいっと横を向いた。
「ライル殿!」
声の主はギデオン殿だった。こちらもセレス同様に傷だらけだったが、深手はないようだ。流石に疲れた様子だったが、晴れ晴れとした顔をしている。
「よくぞご無事で!それにしても闘技場での闘いは見事でした!」
俺にはなにが見事なのかよく分からなかったので、
「そうでしたか」
と答えた。ギデオン殿はその返事にちょっと驚いた様子だったが、すぐになにか納得したように大きく頷くと別の話題を口にした。
「主だった者は捕らえたのだが、騎士団団長のマルディーニの姿が見えない」
その言葉にちょっとつまらなそうにしていたセレスが反応した。
「マルディーニが!?」
「うむ。どうやらいち早く逃げ出したようだ。全く騎士の風上にもおけぬ、という言葉すらあの男にはもったいなすぎる!」
ギデオン殿が憤懣やる方ないといった様子で怒っている。その時、頭上から声がした。
「どうやらなにか魔道具を使ったみたいね」
「ルナ!」
セレスが驚いた表情で空を見上げた。ルナはセレスの横に降り立つと、
「お父様、お姉様、ライル様、ご機嫌よう」
と挨拶すると、突然の彼女の登場に驚いて俺の後ろに隠れたロッテに向かい、
「あなたがシャルロッテ様ね。私はルナリア・アークライトと申します。以後お見知りおきを。どうぞルナとお呼びください」
と丁寧に頭を下げた。俺にとってその様子はちょっと意外だった。そう思ったのを察してか、ルナは俺の顔を見て、
「わたしくは初対面の方に必要な礼儀はわきまえております」
と澄ました顔で言うと片目を瞑った。
「セレス様と同じ顔!?」
ロッテが驚いた様子で二人を見比べる。セレスが慌てて説明する。
「私たちは双子なんです」
「双子?」
今度はルナが代わって答える。
「そうなのです。髪が銀で瞳が金色で少し美人なのが、妹のわたくしルナです」
「あなたねぇ!」
そう言ってルナに詰め寄る姿を見て、ロッテが笑い声を上げた。
「お二人とも可愛い!」
その言葉に、セレスは苦笑し、流石のルナも鼻白んだ様子だった。
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次回は本日の23時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




