第三十二話:王の帰還と、反逆者の凶行【前編】
彼の気は、弱り切っていて、まるで、萎んだ風船のようだった。
俺は、自分の気配を透明にしたまま、そのごく一部を、萎んだ風船に温かい空気をそっと送り込むように、彼の体へと静かに注ぎ込んだ。
彼の体が、ビクッと一度だけ、小さく慄えた。だが、それは拒絶の反応ではない。乾ききった大地が、最初の雨の一滴を吸い込むような、受け入れるための震えだった。
「……何をしているのだ?」
かすれた声で尋ねる彼に俺は答える。
「壊れたものは、流れが滞っているか、弱っているだけです」
彼の目が不思議そうな色を湛えた。俺は少し笑って、
「大丈夫です。少し休んでください」
と言うと、彼は小さく頷くと目を瞑った。
少しずつ冷たかった彼の体に、温かさが戻ってきた。土気色だった肌にゆっくり赤みが射してくる。それは冬に立ち枯れた木が、春に大地の力を吸収し、幹に瑞々しさを取り戻し、枝に新緑の葉をつけるかのようだった。
そうした彼の変化に周囲の人間も気が付き始めた。
驚きが静かに、しかし急速に、王座を中心に会場全体に広がっていた。男も女も逃げ惑っていた者は足を止め、敵も味方も激しく打ち合っていた者は互いに剣を下ろし、奇跡を見るような目で俺たちを見ている。
その中には俺を殺さんばかりの目で見ていた、ゲルハルトやマルディーニまでもが含まれていた。
彼が瞑っていた目を開けると口を開いた。
「……お前は……何者だ……?」
それは先程の細い老人のものではなかった。その声にはまだ完全ではないが、多くの人間を従わせる人間だけが持った、威厳と責任感が生み出す深い響きがあった。
俺は、ただ正直に答えた。
「俺は、ライル、と申します」
彼は小さく俺に向かって笑いかけると、ゆっくりと立ち上がった。
「者共―――静まれい!!!!」
その大音声は会場中に響き渡り人々は知った、王の帰還を。
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