第三十話:崩れた計画と玉座への道【後編】
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(この男がイザベルが言っていたライルか)
闘技場から壁を越えて現れた男を見てフォルカー・アイゼンリーゼはそう思った。
あっという間に処刑人たちを倒し、騎士団の囲みを突破して現れた男。
尋常ではないことはイザベルの報告にあったが、想定を遥かに超えていた。
一体どういう訓練をしたらこんなことができる心身を得ることができるのか? 報告にあった山の師匠という人物に是非会ってみたい、と思ったが、今は6スワック先にいるその弟子・ライル・アッシュフィールドへの対処が先であることは明白だった。
観客席からは陰で見えなかったので、どんな手段でこの男が壁を乗り越えたのかは分からなかったが、見る限り無手のようだった。ただ、それでも侮れないのは明らかだ。なにしろ至近距離で撃たれた火球をこともなげに躱したのだ。どれほどの体術を修めているのか底が知れない。
そう考えながらフォルカーはライルの登場で逃げ惑う貴族たちに巧みに紛れて、玉座へと続く階段を登ってこちらに向かってくるライルとの間合いを測る。貴族の服の下には何人もの敵を屠ってきた使い慣れた短刀が、いつでも抜けるように握られていた。
(限界まで気配を消して近づき、一突きに刺す)
男がどこかに武器を持っていても関係ない。もとより自分の身の安全は考慮になかった。陛下を護るために身を捧げるために存在する(王の影)を率いる者として、それは当然のことだった。
階段の上からフォルカーが、下からライルが、見る間に両者の距離が近づく。
言うまでもなく上から狙う彼の方が有利だった。
(間合いに入った)
と思った瞬間、フォルカーはその長年の経験でも味わったことのない奇妙な感覚に囚われた。
突き刺すはずの男は目の前に見えているのに、上手く目標が定まらないのだ。まるで階段で(もう一段ある)と思って踏み出した足が、空を切ったような感覚だった。
フォルカーは弟子によくこう言っていた。
「打ってから当てるのは素人だ。我々は当ててから打つ」
一か八かではない。100%、当たる確信がある時に打つ。大事なのはその確信を持てるように修行し、そうした状況を作ることなのだと。ところが今、フォルカーは目の前の男を相手にその確信が持てずにいた。そんな経験は彼にとってほとんど初めてといっていいものだった。
あっという間に男とすれ違っていた。
男は足を止めず玉座へと階段を登り、フォルカーもまた足を止めず階段を下りていた。
すれ違ってから三段階段を下りたところで、ようやくフォルカーが振り返った。
彼の目にはごく当たり前に、まるで歩き慣れた階段を往くように、玉座へと続く階段を登る男の背中が映っていた。
その背中を見て呟いた。
「……斬れない」
(第三十話 了)
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