第二十八話:三人の罪人と、裁きの始まり【前編】
闘技場の中心に立たされた俺たちに、駆け足の衛兵が近づいてきた。衛兵は俺たち武器を手渡すとすぐに離れていった。武器はそれぞればらばらで、どうやら自分が捕まった時に持っていたもののようだ。俺の場合は見覚えのある刃引きの刀だった。
これからここで戦わされるようだ、ということが分かった。
貴賓席より一段下がった踊り場のようなところに、一人の男が進み出た。地下牢で見た騎士団団長のマルディーニだ。彼は、横にいる側使いらしい魔法使いに増幅させた大音声で、高らかに布告を読み上げ始めた。
「これより、国王陛下の御前において、大罪人三名への裁きを行う!」
彼の言葉に、観衆がどよめく。マルディーニは、まず俺の右隣に立つ、怯えきった様子の男を指差した。
「一人目!王都に暴動を起こそうと企んだした罪により、死罪を宣告された男、ジーク・リヒター!」
ジークと呼ばれた男が目を見開き、「俺はやってない!」と叫ぶが、聴衆の声にかき消された。
マルディーニは次に、左隣に立つ男を男を指差し、
「二人目!『鉄の爪』の異名を持つ盗賊団の頭領として、数多の商人を殺害した罪により、死罪を宣告された男、バレット・モーガン!」
バレットと呼ばれた男は、もう周りを見ることもなく、面白くなさそうに地面を見ている。
そして最後に、マルディーニの指が俺を捉えると、隠しきれない嬉しさが含まれた声で高らかに名前を読み上げる。
「三人目!ライル・アッシュフィールド!国家への反逆、及びヴァロワ公爵家襲撃への関与という大罪により、死罪を宣告する!」
観客席からは、興奮と恐怖が入り混じった、地鳴りのような歓声が上がる。
貴賓席ではロッテが泣きそうな顔で俺を見つめていた。
マルディーニの大音声が続く。
「本来であれば罪人にも情をかけ、苦しまずに死ぬ、縛り首、ギロチンで裁かれるところであるが、この者たちの罪に情をかける要を認めず!裁きは、この国最強の罪人たちに委ねられる!いでよ、処刑人ども!」
マルディーニが俺達が出てきたゲートの反対側のゲートを指差すと、頑丈そうな扉が開き、その向こうに三つの人影が現れ、闘技場の中心へとこちらへ向かってきた。
「『牛殺しのゴーム』!『双剣のケイル』!そして『幻惑のモーウェン』!」
観客のボルテージが更に上る。
ここでマルディーニはその反応を確かめて、一息置くと、にやりと笑う。
「この三人の紹介は今はあえておいておこう。まずは先にその実力を披露せよ!』
そう言い終わると、俺とバレットが衛兵によって入ってきた方向にあるゲート際に戻され、中央にはジークだけが残された。
闘技場の真ん中で長剣を持って震えるジークをマルディーニは冷たく見下ろす。
「そうそう、それぞれの罪人には愛用の武器をひとつ選ばせている。もし生き残れば、その罪は免じられる。これは武を尊ぶ陛下の深いご温情の賜である」
俺は自分が腰に刺している刃引きの刀が、ギデオン殿から借りっぱなしであることを思い出していた。
マルディーニの声が響く。
「――それでは、第一の裁きを始める。罪人ジーク、前へ!」
怯えきったジークはその場から動く様子はなかったが、マルディーニはそれを意に介す様子はなく、大きく息を吸うと、さらに大音声で、
「処刑人ゴーム、かかれ!」
と言った。
その言葉に応じた牛殺しのゴームが、右手の戦斧を引きずりながら、ゆっくりと前に進み出た。
「ひいっ!や、やめ……!」
腰を抜かしたジークが、後ずさろうとする。だが、ゴームは無言で近づくと、何の気負いもなく、巨大な戦斧を軽々と振り上げ、下ろした。
ジークの悲鳴が、途中で途切れた。観客席から、絶叫が上がる。
俺の目には、大きなどす黒い気が、小さなグレーの気を一瞬で粉砕したように見えた。
「フン、縛り首より簡単なものだな。……次だ!第二の裁き!罪人バレット、処刑人ケイル!」
マルディーニが、冷たく告げる。
中央に歩み出た盗賊団の頭領バレットは、ジークを見舞った結末を見ても、つまらなそうな表情を崩していなかった。しかし、流石に両手に二本の曲刀ぶら下げた、双刀のケイルと呼ばれる男が近づくと、顔に緊張の色が走った。
バレットはやや短めの中剣を右手にやや遠目に構える。
ケインは左右の剣を体の前で素早く交互に入れ替えながら振り回しながら近づく。その剣圧に押されてかバレットがジリジリと下がる。左右に回り込みたいようだが、ケイルはその隙を与えない。
会場から「殺せ!」「さっさと斬り合え!」「人殺しめ、死ね!」といった罵詈雑言が飛ぶ。
「言っておくが、壁に体の一部がついた時点でその者は失格だ。改めて捕らえた後、雄牛を使って八つ裂きにする」
マルディーニのその言葉が、さらに会場の熱狂の度合いを掻き立てた。
それを聞いたせいか、ジリジリと下がっていたバレットが足を止めた。ケイルが振り回す剣閃をグッと睨んだバレットがつッと前に出る。ケインはその機を逃さず、右の曲剣でバレットの剣を抑えると、素早く左の曲剣に受け変え、右の曲刀で斬り上げた。
バレットの胸から鮮血が吹き上がる。前に崩れ落ちたその口から、
「ぐはっ!」
という声とともに大量の血が吹きこぼれる。
その様子を見たケイルが双刀の回転を徐々にゆっくりにすると、やがて完全に止める。その足元でバレットの体は一度、大きく痙攣すると、それを最後に動かなくなった。
(……いや、違う)
俺の目には、見えていた。ケイルの一撃は僅かに浅い。なぜあれほどの血しぶきが上がったのかは分からないが、一太刀で絶命させるには違和感があった。なにより俺には倒れたバレットの体から、まだ確かな気の存在を感じていた。
そんなことを思いながらバレットを見ていると、マルディーニが、俺の名前を呼んだ。
「最後の裁きだ!罪人ライル・アッシュフィールド!」
その時、貴賓席からゲルハルトが進み出て、マルディーニの言葉を引き継いだ。
「この男は、多少の剣術を遣うという。よって、敬意を表し処刑人三名、全員で相手をさせよう!」
ゲルハルトの言葉に、観衆が熱狂する。
かつてジークだった肉片と血溜まりに倒れたケイルが転がったままの広場の中央に歩み出た俺を、ゴーム、ケイル、そしてモーウェン、三人の処刑人が、俺を取り囲むように、ゆっくりと、その距離を詰めてきていた。
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