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第二十六話:決戦前夜、それぞれの覚悟【後編】

 御前試合が明日の迫ったこの日、ギデオンが手配した王都の宿の一室のランプの灯りが、四人の険しい顔を照らし出していた。ギデオン、セレス、イザベル、そしてルナ。

 彼らは、この数日間、それぞれの役割応じて得た情報を持ち寄り、この日、テーブルに広げた王都の地図を囲んで、最後の作戦会議を開いていた。いずれの顔にも疲労が顔に現れていた。唯一、普段通りに見えたのはイザベルだ。連日行動をともにしていたセレスが疲れ切った顔をしているのとは対照的だった。


 口火を切ったのは、ギデオンだった。

「……ヨーク公爵家とアイゼンハイド辺境伯家の代理人に近しい者には、警戒を呼びかけることができた。ランカスター侯爵家は公爵夫人の弟のリヒターに直接会うことができた」

「どうでしたか?」


 イザベルの問いにギデオンが苦い顔で答える。

「 一応お話は聞いてくれた。ただ反応はあまり芳しくはない。やはりシャルロッテ様のことがあり混乱してるようだ」

 セレスが心配そうに聞く。

「ロッテ様はどうしているのですか?」

「詳しくは聞けなかったが、屋敷の一室に閉じ籠もっているようだ」

「そうですか……」

「ただ当日は参加するらしい」

 思わずセレスが声を上げる。

「そんな!」

「第二夫人が随分主張したそうだ『自分を襲った犯人がどんな風にその報いを受けるのかを見届けられないような者は、王族に連なる資格がない』と」

「……酷い」

 セレスが呟く。イザベルが感傷に浸るのを避けるように話題を変える。


「ヴァレンシュタイン公爵家の方はどうですか?」

「そちらは多少手応えがあった。現当主のカルドリッドの弟のアラリックがワシの熱心な弟子でな。こちらも直接会って話すことができて、兄の動きに注意すると言ってくれた。どうも最近、ゲルハルトの手のものと接触しているらしく、彼も気になっていたようだ」

「それはいい話です」


 イザベルの反応にギデオンは軽く頷くが、その顔は晴れない。

「ただ、ヴァレリウス陛下のお耳に入れるところまでは届かなかった。周囲はゲルハルドの息のかかった側近や貴族に固められていて、陛下ご自身のご病状も良くないらしい」

「それなのですが」

 イザベルが説明を始める。


「どうもヴァレリウス陛下は、ただご病気なのではないようです」

「どういうことだ?」

  ギデオンの問いに、イザベルは静かに、しかし重い事実を告げた。

「私が掴んだ情報ですが……陛下は、薬漬けにされている可能性が高いと」

「なっ……!」

 ギデオンとセレスが、同時に息を呑んだ。

「始まったのは八年ほど前からで、ちょうどその時期は、ゲルハルトが陛下のもとを頻繁に訪れるようになった頃と一致します。ゲルハルトとヴァレリウス王は、もともと貴族院の同窓で、かつては親しいご友人であったと聞いています」

 ギデオンが頷く。

「それは確かにそうだ。ワシもお二人の剣術指導をしたことがある」

「つまり、現在の陛下はゲルハルトの薬によってご意思を示すこともできず、周りもそれに気づかぬふりをしているわけですね」

 ルナが冷ややかに呟いた。

「ええ、だからこそ、奴らはこれほど大胆に動ける」

 イザベルがルナの言葉を肯定する。


 ここでセレスが疑問を口にした。

「でもイザベラ隊長はどうしてそんなことをご存知なのですか。この数日はほとんど私と一緒にいたのに……?」

 ギデオンもイザベルのことを見直す。イザベルは二人に向かって素っ気なく、

「私も騎士団に独自のルートがあるのです」

 と答える。その時、それまで黙っていたルナが口を開いた。

「私の『小鳥』も同じような情報を持ってきてくれたわ」

 皆の視線がルナに集まる。いつもならニッコリ笑って話を始める場面だったが、今日は見るから気だるそうでそんな元気もないようだった。その様子にセレスが心配そうに声をかける。

「ルナ、あなた大丈夫?」

 ルナはちらっとセレスに笑みを見せた。

「大丈夫よ、お姉様。少し徹夜が続いただけ。……でもちょっとお肌が心配」

「ルナ……」

「本当に大丈夫。私の方で他に分かったのは、騎士団団長のマルディーニとゲルハルトの関係は、賭博の借金を肩代わりしてもらったのが始まりで、いまでは完全に彼の犬よ。騎士団は基本的に彼らの側にいると思って間違いないわ……。お姉様の方はどう?」

 ルナからの問いに、セレスは固く握りしめていた拳を、ゆっくりと開くと話し始めた。

「わたしはイザベル隊長と、帳簿にあった傭兵団を追っていました。彼らの雇い主がゲルハルドであるのは間違いありません。また帳簿にあった武器商人が、密かに大量の武具をベルンシュタイン派の貴族の屋敷や、所有する建物に運び込んでいるのは確認しました。彼らはそれを受け取って、王都のあちこちに潜んで当日を待つようです」

  彼女は、一度言葉を切ると、父であるギデオンを見据えた。

「おそらく彼らはクーデター当日に王都で騒乱を起こすための陽動部隊でしょう。その数は……私たちが考えていたよりも、ずっと多いかもしれません」

 証拠は揃っている。計画もほぼ完全に把握している。だが、それを伝えるべく権力の中枢であるヴァレリウス王の周辺と盾となる騎士団が、既に敵の手に落ちている。

 部屋は、重い沈黙に包まれた。

「……では、我々にできることは、もう……」

 セレスの声が震える。

 その声に、ギデオンが顔を上げた。その目には、諦めの色はない。

「いや、まだだ」

 彼は、三人の顔を順番に見回した。

「王に真実を伝える道は、全て塞がれ、その守りも失われている。ならば、我々がやるべきことは一つ。明日、奴らが動いた時に我々が最後の盾となる。それに全ての者が奴らの手に落ちたわけではない。必ず同調して戦ってくれる者もいるはずだ!」

 ギデオンの悲壮な決意に、セレスが固く頷いた。ルナが頷きながらも小さな声で、

「彼らと予め連携がとれないのは痛いところね……」と呟いた。

 イザベルは黙ってテーブルの地図を見つめてから、静かに顔を上げた。

「わたしは、別に行動します」


「どうしてですか、イザベル隊長!」

 驚いたセレスが、裏切られたかのような、悲痛な声を上げた。

「いまこそ、力を合わせるべき時ではありませんか!ライル様と陛下を救うために!」

 イザベルはセレスの訴えに答えず立ち上がると身支度を始めた。

「イザベル隊長、なぜですか!? ここまで一緒にやってきたじゃないですか!

 立ち上がりなおも食い下がろうとするセレスの肩を、ルナがそっと抑えた。

「お姉様、おやめなさい」

 セレスが驚いて妹の顔を見ると、ルナは静かに首を振った。

「人にはそれぞれ、戦うべき場所と、果たすべき役割があるのです。隊長様には、隊長様の戦い方がある。……それはわたくしたちとは、違う。それだけです」


 イザベルが身支度をしながら、ちらっとルナを見た。

 ギデオンは、しばらく黙ってイザベルの顔を見つめていたが、やがて、全てを理解したように、深く頷いた。

「……分かった」

 彼は、指揮官としてではなく、一人の父親として、イザベルに頭を下げた。

「イザベル隊長。……これまでのことを礼を言う。娘たちが、世話になった」


「礼には及びません」

 イザベルは、フードを深く被り直した。

「皆さん、ご武運を」

 そう言い残すと、彼女は一陣の風のように、音もなく部屋から姿を消した。


 残されたアークライト家の三人は、顔を見合わせた。

 戦いの火蓋はもう切られていた。


(第二十六話 了)

お読みいただき、ありがとうございました。

「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。


次回は本日の23時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。

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