第二十四話:セレスの眠れない夜と、父の報せ【後編】
四時間ほど経っただろうか。朝が明けようとする頃部屋の扉が叩かれた。素早くイザベルがベッドから抜け出すと扉を開けた。そこには、ただ事ではないという表情のギデオンが立っていた。
「遅くなって済まない。少し抜け出せなくてな」
そう言いながら部屋に入ってきた。その物音に気がついたセレスが目を覚まし、ベッドから起きてきた。
「セレス、随分大変だったようだな」
その言葉にセレスはやや固い口調で答える。
「いえ、私は何も。イザベル隊長やむしろルナが……」
「ルナか……」
そう呟いたギデオンの視線の先には、脚を投げ出したひどい寝相のルナがいる。
「子供の頃と変わらんな」
と苦笑気味に言うギデオンだが、そこには懐かしさも含まれていた。しかし、それは一瞬のだった。
「セレス、ルナを起こせ」
慌ててセレスがルナを起こすと、目をこすりながら不承不承、ルナが目を覚ます。
「ルナ、お父様よ」
そう囁かれて、ようやく父・ギデオンがいることに気がついた様子で、口の中でもごもごと「あ、お父様。ご機嫌よう……、お早いお着きで……」と言った。
ギデオンはイザベルに振り返ると、
「それで何を見つけたのか、まずは説明して頂けるか?」
と声を掛けた。
イザベルがこれまでの経緯と、帳簿から判明した事実を簡潔に説明する。
「……なるほど。ヴァロワ家襲撃の資金源は、やはりベルンシュタイン家だったか。それにしても騎士団の長である団長までもが……」
ギデオンがショックを受けたように呟く。無理もない。騎士団の剣術師範としてその人生の大半を過ごした彼にとって、誇りある騎士団の長である団長がゲルハルトに従い、その剣を捧げた陛下に対して深刻な裏切りに加担していることは、己の半生を問われる等しい痛恨事だろう。その様子を心配そうに自分を見るセレスの視線に答えるように、ギデオンは今なすべきことに意識を集中して帳簿を見直した。
「……しかし、イザベル隊長の言う通り、これだけの金と兵士の動きは、ライル殿一人を陥れるためだけのものとしては大き過ぎる。この、大きな金の動きはなんだ? 名目は……『警備費』?」
「帳簿係によるとどうやら傭兵を雇い入れたり、武器を買い入れたりしているようです。この『警備費』という言葉は……。定期的に出てきます。前の月の同じ日にも、その前の月にも……」
とイザベルが応じる。ギデオンが顎を撫でる。
「……つまり随分前から計画していたということか」
「お父様、それだけではありません」
セレスが、帳簿に記された貴族の名前を指差した。
「この送金先のいくつかは、ヴァレンシュタイン派として知られる、騎士団とも繋がりが強い者たちです」
顎を撫でていたギデオンの手が止まる。
「……やはりな」
「どういう意味ですか?」
イザベルの問いにギデオンが語り始める。
「ワシなりに伝手を頼んで貴族や騎士団の親しい者に尋ねて回ったのだが、皆口が重くてな。それでも分かってきたのは、ベルンシュタイン家がしきりにヴァレンシュタイン家に接近しているということだ」
「ヴァレンシュタイン公爵家へですか?」
イザベルが少し驚いた声を上げる。
「うむ。もともとヴァレンシュタインとベルンシュタインは次男家、三男家という関係で、あまり良好とは言えなかったが、近年のヴァレリウス王の体調不調を期に随分接近しているようでな。本来は陛下に忠誠を誓った騎士団もその随分その影響を受けて、今では派閥化が酷くなっている」
ギデオンはそこで言葉を切ると、少し頭を振り、
「ワシもこのところ王都から離れすぎていたようだ。今回ここへ来るまで、こんなにも様子が変わっていることに気が付かなかった……」
ギデオンの顔に疲れとともに、再び苦悩の深い皺が刻まれた。イザベルはそのギデオンの後悔の念を断ち切るように尋ねる。
「ライル殿のことはなにか分かりましたか?」
我に返ったギデオンが苦しそうに口を開く。
「ライル殿が騎士団の管理する囚人房に入れられていることは分かった。だがその詳しい場所については分からん」
「そんな!?」
セレスが悲痛な声を上げた。
騎士団が管理する囚人房は、一般の犯罪者が収監される囚人防とは異なり、厳重な監視はもちろん、囚人房自体が古代の地下墳墓を利用したもので、物理的に入り組んでいる上、古代の呪いで魔法自体が通じない。騎士団の囚人房に収監された者は、裁判も受けられず、そのまま行方知れずになった者も少なくなくないと言われている。
「では、我々がライル殿を見られるのは、この『御前試合』の当日というわけですか」
イザベルが帳簿にある、『御前試合』という文字を指で指しながら言った。
「しかし、それにしても規模が大きすぎる。なぜこんなことを?」
とギデオンがいぶがる。
その時、ルナが口を開いた。
「『御前試合』は口実じゃなくて?」
全員の視線がルナに集まる。
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