第二十三話:帳簿から浮かび上がった「御前試合」の文字【前編】
部屋に駆け戻ると一息つくまもなくイザベルが外套の内側から、先程盗み出した革表紙の帳簿を取り出した。
本来のこの帳簿の主は、イザベルに刺し貫かれた肩の治療をされたまま、椅子に縛られて眠っている。
ルナが「私が解かない限り、隣に雷が落ちても二日は起きないわ」と言った通り、起きる気配はない。
ランプの光の下、開かれた帳簿の内容を読み進めるにつれ、イザベルの表情が険しくなっていく。
セレスは文字は分かるが、帳簿のようなものを扱ったことがなく、イザベルの横で分かるところを見つけて拾い読みをしている。
ルナはすぐに飽きたのか、ベットに横になると「ちょっと寝るね〜」と言うとあっという間に寝息を立て始めた。
その様子に(こんな時に!)と思ったセレスだったが、イゼベルが「寝かせてあげなさい。あれだけ魔力を使えば、相当疲れているはずです」と言った。
その言葉にセレスは改めてルナの活躍を思い出して口をつぐんだ。
ややあって帳簿を読んでいたイザベルが、セレスに向き直り口を開いた。
「……予想通り、ここには『影の猟犬』への支払い記録。ヴァロワ家襲撃の成功報酬、そして……口封じのための追加報酬についても書かれています」
イザベルが忌々しげに呟く。これで、襲撃がベルンシュタイン家の指示であったことは確定した。
それを聞いたセレスの顔がぱっと明るくなる。
「では、これを持って騎士団本部に訴え出れば……」
イザベルがゆっくりと首を左右に振り、帳簿のある一点を指差した。帳簿の読み方は分からないセレスだったが、それでもそこに記されている数字が巨大なもので、複数の貴族や正体不明の組織へ、多額の金銭が流れていることはなんとなく分かった。そして、その中には陛下に近しいアウレリウス家に連なる貴族や、騎士団団長のマルディーニの名前があった。
「そんな……」
イザベルは既にこの事態を予想していたのか、普段と変わらず冷静そのもので、動じる気配はない。
「それよりも、ここを見てください」
彼女が指した金の流れの最後、最も大きな金額が動く予定の数日後の日付の横に、こう記されていた。
『御前試合・準備費』
インクの色から、それは最近書き加えられたものであるようだ。
「御前試合……?」
セレスが、息を呑んだ。
「恐らくライル殿の、処遇を決めるためのものでしょう。……ただ、決闘裁判に、これほどの金が動くはずはありません」
「どういうことですか?」
「はっきりしたことは言えませんが、何か巨大な計画の一環として、ライル殿の御前試合が用意されていると考えられます」
そう言うとイザベルはベットで寝ているルナを起こしにかかる。
「ルナ殿、起きてください。あなたの力が必要です」
イザベルが軽く肩を揺すると、ルナは猫のように身を丸めて、不満げに唸った。
「ん……もう朝?……あら、お姉様も隊長様も、ひどい顔ね」
寝ぼけ眼のまま、ルナは悪びれもせずに言う。 イザベルは椅子で眠るカールスを指差した。
「この男を起こしてください。話の聞きく必要があります」
「はいはい」
ルナは面倒くさそうにベッドから起き上がると、カールスに向かって軽く指を鳴らした。
「――目覚めなさい」
その瞬間、カールスの体がビクッと痙攣し、混乱と恐怖に満ちた目で飛び起きた。 イザベルは、帳簿の『御前試合・準備費』の項目を、カールスの目の前に突きつける。
「これは何だ? 説明しろ」
一瞬、自分の帳簿が目の前にあることに驚いた様子だったが、すぐに喚き出した。
「し、知らない! 俺はただの会計担当だ! 言われた通りに金を動かしているだけで……!」
イザベルが冷たい笑顔になる。
「これだけの金が動いていて、何も知らないはずがないだろう。また最初から始めたいのか?」
青かったカールスの顔からさらに血の気が引き白くなる。
「ほ、本当だ! 俺が計画の全部なんて知るわけない!でも……でも、最近、俺みてえに公爵家と裏で繋がってる連中の間で、噂になってるのは確かだ!『近々、王都でデカいことが起きる』って……!それでみんなソワソワしてんだ!」
「本当にそれだけですか!」とセレスが彼の胸ぐらを掴もうとするのを、イザベルが手で制した。
「セレスティア殿、恐らく無駄でしょう」
彼女は、冷静に告げた。
「ゲルハルトがこれほどの大事な計画の全容を、ただの金庫番に漏らすほど杜撰だとは思えません。……この男が知っているのは、あくまでも金の管理でしょう」
その言葉に、カールスは必死に頷いた。
「そ、そうだ!俺は知ってることを全部話した!だからもう解放してくれ!あんたたちのことは誰にも言わないから!」
その命乞いに、大きなあくびをしたルナが微笑んだ。
「ふわわぁ。あらあら、まだそんなに元気なのね。……じゃあ、もう一度おやすみなさい」
そう言って術式を唱えると、カールスがコトリと再び深い眠りについた。
お読みいただき、ありがとうございました。
「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。
次回は本日の23時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。




