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病弱だった俺が謎の師匠に拾われたら、いつの間にか最強になっていたらしい(略称:病俺)  作者: 佐藤 峰樹 (さとう みねぎ)
第一部【王都クーデター編】

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第三話:月夜に現れた、二人の美女【前編】

 夜中に、俺は何度も目を覚ました。


 背中に当たるベッドの感触は柔らかすぎて、まるで底なしの沼に沈んでいくようだった。壁と屋根に囲まれた部屋は静かすぎて、自分の心臓の音だけが大きく響く。安全で、快適なはずなのに、ひどく落ち着かなかった。


 結局、眠るのを諦めて体を起こし、静かに呼吸を整えていた、その時だった。


 カタリ、と窓枠が微かな音を立てた。


 師匠との生活で研ぎ澄まされた感覚が、静かな気配を捉える。獣ではない。もっとずっと訓練された、無駄のない動きだ。


 昼間に感じたセレスティアさんの張り詰めた気配とは違う。もっと、穏やかで、しなやかで、どこか甘い気配。


 俺は身動きせず、息を殺して闇を見つめた。


 窓がそろりと開き、月明かりを背負って、一人の人影が猫のように音もなく部屋に滑り込んできた。


 その姿を見て、俺は少しだけ混乱した。


 顔立ちは、セレスティアさんと瓜二つだ。しかし、雰囲気が全く違う。


 きつく結い上げていた髪は、今は月光を浴びて、まるで銀糸のように輝きながら肩まで下ろされている。服装も、訓練用の稽古着ではなく、体の線が月光にうっすらと透ける、柔らかそうな素材の寝間着だ。


 その歩き方一つとっても、昼間の直線的な動きとは違い、腰の動きがしなやかで、まるで舞うように部屋の中へと進んでくる。


 彼女は俺がベッドで眠っていると思ったのだろう。だが、暗闇に慣れた俺の目には、ベッドの上で体を起こしている自分を捉えた彼女の姿がはっきりと映っていた。


 月明かりの下、彼女の瞳が驚きに丸くなる。


「あら……。起きていらしたのですね」


 その声は、セレスティアさんのものより、少しだけ柔らかく、甘く感じた。まるで蜂蜜が溶けるような、耳に心地よい響きだった。


 俺は困惑しながら尋ねた。


「セレスティア……さん?」


 すると彼女は、悪戯っぽく、ふふ、と唇の端を吊り上げて微笑んだ。


「ええ、そうですわ。……昼間は、申し訳ありませんでした。少し、頭に血が上ってしまって。食事の席も、欠席してしまいましたし」


 彼女はそう言って、しおらしく頭を下げる。だが、その瞳は俺をじっと観察している。


「その……髪の色が、違うように見えますが」


 俺がそう尋ねると、彼女は自分の銀髪にそっと触れた。その仕草は、どこか艶めかしく、指先が髪を梳く動きに、俺は思わず目を奪われてしまった。


「月明かりの下だから、そう見えるのかもしれませんわね」


 そうだろうか。瞳の色も、昼間の紫ではなく、溶けた金のように見える。だが、五年も山にいたのだ。俺の記憶の方が曖昧なのかもしれない。


 彼女は俺のベッドのそばまでやってくると、何の躊躇もなく腰を下ろし、俺の顔を覗き込んできた。


 ふわりと、陽だまりのような甘い香りが漂う。昼間よりもずっと強く、濃密な香りだった。柔らかそうな寝間着は、彼女のしなやかな体の線を隠しきれていない。月光に透ける布地の向こうに、女性らしい曲線がうっすらと浮かび上がっている。


 俺は思わず息を呑んだ。山で五年、女性とまともに話したこともない俺にとって、この状況はあまりにも刺激が強すぎた。


「眠れませんでした。あなたのことが、どうしても気になってしまって」


 彼女は吐息が感じるほどの距離で囁いた。その唇は、昼間見た時の引き結ばれたものとは違い、なぜか濡れて潤んで見える。少し開かれた唇から、温かい息が俺の頬に触れた。


「教えてくださいませ、ライル様。……どうして、あなたはそんなに強いのですか?」


 彼女の金の瞳が、俺の答えを待っている。近すぎる距離に、俺の心臓は激しく鳴り始めた。


 ただでさえ女性と話すのに慣れていないのに、この状況はどう対処すればいいのか全く分からない。


「強い、と言われましても……」


「昼間のあなたは、まるで鬼神のようでしたわ」


 彼女は少し身を乗り出した。寝間着の襟元がさらに開き、白い首筋から鎖骨へと続く滑らかな肌が、月光に照らされて浮かび上がる。


「……でも、こうしていると、とても優しそうな瞳をしていますのね」


 彼女はそう言うと、俺の右の腕に、そっと自分の手を重ねてきた。驚くほど柔らかく、そして熱い。指先が俺の腕をなぞるように触れ、その感触に俺は全身が硬直するのを感じた。


 俺は心臓が大きく跳ねるのを感じながら、必死に言葉を紡いだ。


「俺は、ただ……師匠に教わった通りに……」


「師匠……。その方に教われば、誰でもあなたのように強くなれるのかしら?」


 彼女がさらに身を乗り出すと、寝間着の胸元が少しだけはだけて、白い肌が月光に照らされた。柔らかな膨らみの谷間が、ほんの一瞬だけ視界に入る。


 俺は目のやり場に困り、慌てて視線を逸らした。


 だが、彼女はそんな俺の様子を楽しんでいるかのように、小さく笑った。


 その時だった。


 コン、コン。


 部屋の扉が、控えめにノックされた。


 そして、扉の向こうから、聞き覚えのある、固く、いかにも真面目そうな声がした。


「夜分に申し訳ありません、ライル殿。……セレスティアです。少しだけ、お話よろしいでしょうか?」

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