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病弱だった俺が謎の師匠に拾われたら、いつの間にか最強になっていたらしい(略称:病俺)  作者: 佐藤 峰樹 (さとう みねぎ)
第一部【王都クーデター編】

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第二十話:金庫番の告白と、窓から来た魔女【前編】

 二人は、路地の隅でガタガタと震えている、目的――カールスへと向き直る。

「ひっ……!た、助けてくれ!俺は、何も……!」

「黙れ」

 イザベルは、その命乞いを無視して、彼の両手を体の前で縛り上げると、その上から彼の外套を深く羽織らせて縛られた手元を完全に隠した。次にベルトから引き抜いたナイフを見せる。

「一声でも出したらこれで腹を切り裂く。それが嫌なら黙って歩け」

 彼女は真っ青な顔で必死に何度も頷くカールスの腕を支えると、外套に隠したナイフを脇腹に突きつけ、

「じゃあ、一緒にお家に帰りましょう」

と冷たく微笑みかけて立たせた。セレスもイザベルの意図をすぐに理解し、反対側の腕を支えて、

「今日は飲み過ぎですね」

 と声を掛ける。恐怖で足がおぼつかないカールスの姿は、傍から見れば、泥酔した商人が二人の女に介抱されているようにしか見えなかっただろう。

 二人は時折そんな芝居を続けながらカールスを抱えて、早足で王都の裏通りを抜けていった。

 幸い誰にも見咎められることなく、宿の裏口から部屋へと戻ることができた。


 イザベルとセレスは、カールスを椅子に座らせて縛り上げると猿轡を噛ませた。それからセレスは堪えていたものを吐き出すように、一息大きく吐き出すと目を閉じて右手を自分の胸に当てた。手の下で心臓がドキドキしているのが分かった。それは、道場や大会などで行われる試合ではなく、初めての実戦と、そこで得た勝利の興奮、そしてその中で、ライルの教えが活かせたことを実感した喜びだった。


 イザベルはそんなセレスの様子を一瞥すると、カーネルの前に立った。

 彼女は、恐怖に震えるカールスの猿轡をゆっくりと外すと、氷のように冷たい声で、尋問を始めた。

「さて……カールス。お前と、『影の猟犬』、そしてベルンシュタイン公爵家との関係について、詳しくお話を聞かせろ」


 イザベルの言葉に、カールスは一瞬だけ怯んだが、すぐに虚勢を張って叫んだ。

「な、何のことだかさっぱり分からんな!私はダリウス商会の会計担当だぞ! こんな狼藉が許されると思っているのか! 必ずお前ら二人を捕らえて報いを受けさせてやる!」


「……そうか」

 イザベルは、黙って猿轡をカールスにつけ直し一歩離れると、抜き打ちでレイピアをカールスの肩を突き刺した。カールスが自分の肩に深々と刺さったレイピアを見て、痛みと驚きで猿轡をつけたまま絶叫を上げる。イザベルの後ろで、セレスが息を呑んだ。

 まさか騎士団の隊長ともあろう立場の人間が、誰であれ丸腰の相手に剣を振るうなど考えていなかったからだ。


「イザベル隊長!」

 思わず抗議の声を上げたセレスを、イザベルが蒼い目で見返す。

「静かに」

 決して大きくはないが、鞭のような響きを持った声にセレスは怯んだ。イザベルの目には、蒼昏(あおぐら)い炎が揺れていた。それは彼女にとって初めて見るイザベルの姿だった。思わず気圧(けお)された。


「私は始める前にあなたに聞きましたね。『覚悟があるのか?』と」

「そ、それは……、ですがあなたは騎士として……」

「騎士の名誉など私にはありません」

「なっ!?」

 イザベルの言葉にセレスは息を呑んだ。『命よりも名誉を尊ぶのが騎士である』。それはかつて騎士団の剣術師範を務めていた父から繰り返し聞かされた言葉だった。しかし目の前のイザベルは薄い笑いを浮かべてそれを否定した。

「いま必要なのは、この男の頭の中にある情報です。見ているのが嫌なら黙って後ろを向いてなさい」

 そう言うとイザベルはゆっくりレイピアを肩から引き抜いた。思わず「ぐぅ!」と猿轡の下でくぐもった声を上げたカーネルの傷口から血が流れ出す。イザベルはその様子を眉一つ動かさず見ている。カーネルが椅子に縛り付けられ身動きが取れない状態にもかかわらず、少しでもイザベルから離れようと必死で身を捩り、ガタガタと椅子が揺れる音が部屋に響く。その顔は恐怖に引きつっていた。


「よく聞け。話す気になるまで私はお前の体をこの剣で刺し続ける。だが安心しろ、死ぬことはない。私は人の体の構造をよく知っている。だからどこを刺せば一突きで簡単に死ぬのか、逆に死ぬほど痛いが、死なぬ場所も分かっている」

 冷然とそう言い放ったイザベルに、猿轡を付けたままカールスが激しく首を横に振っている。セレスはその様子をイザベルの後ろで、ただ呆然と見ている。


「おまけに私は薬に詳しくてな。かなりの怪我でも治せる薬も持っている。だから安心しろ。お前が死にそうになったら、ちゃんと治してやる。治してから同じことを何度でもやる」

 そう言うと凄惨な笑顔を浮かべて、

「残念ながら痛み止めはない」

 と言った。


 恐怖に震え上がったカールスが椅子の上で狂ったように暴れるが、イザベルの結んだ縄はびくともしない。

 たまらず声を上げたのはセレスだった。


「早く話しなさい!全部!」

 その声に弾かれたようにカールスが激しく首を上下に振る。イザベルがその鼻先に「(うるさ)い」とレイピアをピシリと突きつけると石像のように固まった。


「なんだ話す気になったのか? つまらんな」

 そう言うとイザベルはレイピアを一振りすると鞘に納めて振り返った。そしてカールスと同じ様に固まっているセレスに近づくと、その耳元に小さな声で、

「良いタイミングでした」

 と囁いた。


 セレスは膝が震えるのを抑えるのが精一杯だった。

お読みいただき、ありがとうございました。

「面白い」「続きが読みたい」と少しでも思っていただけましたら、ブックマークや、ページ下の【★★★★★】から評価をいただけますと、大変励みになります。


次回は本日の23時の更新を予定しております。またお会いできると嬉しいです。

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