第十八話:眠り薬の夜と、師を想う稽古【前編】
「イザベル隊長、すぐにその『赤鶏の酒場』へ向かうのですか?」
逸る気持ちを抑えきれずにセレスが尋ねるが、イザベルは、静かに首を横に振った。
「いえ。今夜は動きません。我々はあの夜襲騒動以来まともに眠れていません。疲労した状態で性急に動けば、必ず隙が生まれます」
(でも……)と言いたげなセレスの気持ちを正面から受け止めたうえで、イザベルは彼女を説得する。
「私たちは今から宿に戻り休みます。騎士団で使う、行軍中に高ぶる気持ちを抑えて休息をとるための、眠り薬があります。今夜はそれを飲んで明日の夜に備えるのです。そして万全の状態で、確実にあの男を捕らえます」
イザベルの豊富な経験を感じさせる冷静な判断に、セレスはぐっと言葉を呑んだ。ライルを救いたい一心で、自分の視野が狭くなっていたことに気づかされたのだ。
「……分かりました」
イザベルが励ますように言葉を続ける。
「しっかり休んだ後、明日の夜、『赤鶏の酒場』でカールスを監視します。ですが、店の中では決して仕掛けません。騒ぎを起こすのは得策ではない。我々は、彼が店を出て、一人になったところを尾行する。そして、人気のない場所で、静かに身柄を確保します」
これから何をするのかが明確になったことで、セレスの瞳に力が戻っていた。
「はい」
セレスは、今度は力強く頷いた。
宿に帰ると、ギデオンからの伝言を確認したが、何も残されていなかった。恐らく伝手を辿って駆け回っているのだろうとセレスは思った。
王都にはかつての教え子が少なくない。必ずなにか有益な情報を持ってきてくれると信じていた。
ベットを整えているセレスにイザベルが声を掛けた。
「セレスティア殿、これを」
手のひらに小さな白い球が二つ乗っていた。
「さっきお話した眠り薬です。ギデオン様が用意してくれたこの宿であれば、寝ずの番は立てずに二人とも寝られるでしょう」
そう言うとイザベルは一つを口に含み水で流し込んだ。飲んでも安全だと示すためだろう。セレスは頷き残りの一つを手に取るが飲むのを躊躇う。
「私も飲んだので心配する必要はありません。水がなくても飲めますが、あったほうが飲みやすいでしょう」
そう言って水を勧めた。セレスは少し慌てて答える。
「いえ、イザベル隊長を疑っているわけではありません。……その、寝る前に少しやっておきたいことがあるのです」
「寝る前にやっておきたいこと?」
セレスは少し恥ずかしそうにイザベルを見ると、
「ライル様から教えて頂いた稽古です。少しでも近づきたくて、毎晩やっています」
と言った。
イザベルの蒼色の瞳がキラリと輝いた。
「どんな稽古なのでしょう? 私もぜひ教えていただきたいです」
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