第十七話:王都の裏通り【後編】
酒場の中は、安酒と汗の匂い、そして屈強な冒険者たちの喧騒で満ちていた。イザベルの隣で、セレスが緊張にごくりと喉を鳴らした。
イザベルの方は、そんな雰囲気に全く動じることなく、カウンターの隅にいる、太った猫のような初老の男に、小さな声で何かを囁いた。男は、イザベルとセレスの姿を値踏みするように一瞥すると、無言で店の奥を指差した。
通されたのは、酒樽が積まれた、薄暗い倉庫のような部屋だった。中央に背が高く小さな丸いテーブルが置いてある。どうやら立ったまま秘密の商談をするための部屋ようだ。
しばらくして、先程の男とは違う、朽ちた木のような痩せぎすの老人が、ランプを片手に現れた。
「……王立騎士団の隊長殿が、こんなネズミの巣に、何の用かね」
老人は、イザベルの顔を見るなり、しわがれた声で言った。彼女の変装など、お見通しのようだった。そう言われた彼女もまた慌てた気配はない。
イザベルは、フードを外し、一枚の金貨をテーブルに置いた。
「『影の猟犬』という傭兵団について、知っていることを教えてほしい」
その名を聞いた瞬間、老人の目が、鋭く光った。
「……高くつくぞ、お嬢さん。そいつらは、ただのチンピラじゃない。下手に嗅ぎ回れば、あんたでも命はない」
「だから、あなたを頼っている」
イザベルは、もう一枚、金貨を重ねた。
老人は、しばらく黙って金貨を見つめていたが、やがて、諦めたように息を吐いた。
「……奴らは、王都に根城は持たん。仕事がある時だけ、どこからか現れる、幽霊のような連中だ。だが……」
彼は、テーブルの上の金貨を、素早く懐にしまい込んだ。
「奴らの仕事の報酬を支払う、『金庫番』の男なら、心当たりがある。表向きはダリウス商会の会計担当者でカールスという男だ。近頃、商業地区の『赤鶏の酒場』で、羽振りの良い飲み方をしていると、もっぱらの噂だ」
「カールスの特徴は?」
老人は薄く嗤うと、
「見れば分かる。威張り散らした嫌な奴だ」
「……感謝する」
「忠告しておく。深入りはするな。あんたの首一つじゃ、足りんかもしれんぞ」
老人に背を向け、二人は店を出た。イザベルがフードを被りながら言う。
「ダリウス商会か……」
「ご存知なのですか?」
「ダリウス商会はベルンシュタイン家の子飼いの店で、汚れ仕事を手広く請け負っているという噂があります」
セレスが驚いた顔をする。イザベルは軽く微笑み、
「これで、黒だと確信しました」
と言った。その瞳には、獲物を見つけた狩人のような、鋭い光を宿していた。
(第十七話 了)
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