第十五話:鉄格子の向こう側と、師匠の教え【後編】
俺は、数人の騎士に連行され、冷たい石の階段を、ただひたすら下へと降りていった。
松明の明かりが、湿った壁をぼんやりと照らし出す。ジメジメとしたカビの匂いが鼻をついた。
やがて、一番奥の牢の前で、俺たちの足は止まった。
重い鉄格子の扉が開けられ、俺は中に突き飛ばされる。すぐに、背後で、ガチャン、という音がした。
独房だった。ベッドも何もない。
騎士たちが去っていく足音が遠ざかり、やがて、完全な静寂と暗闇が、俺を包んだ。
山の中の闇とは違う。生き物の気配が一切しない、死んだ闇。鳥の声も、風の音も、ここにはない。
俺は、その闇の中で、壁を背に座った。
そして、馬車の中と同じ様に手を組み、ゆっくりと呼吸を始める。
(……やることは、変わらない)
師匠に言った「条件があるものは偽物だ」と。
いつでもどんなところでも自分の自然を保てること。それが俺の稽古だった。
冷たい石の床にあぐらで坐り、手枷がついた両手を下腹の前に置き、自分の意識を、指先へ、足先へ。そして、この冷たい石の床へと、静かに広げていく。
鼻の奥に、山の空気の匂いが蘇った気がした。
***
その頃、王都に到着したギデオンたちは、ロッテの乗る馬車と別れ行動を開始していた。
ロッテを心配して声をかけようとしたセレスだったが、ヴァロア家の馬車はにべもなくこれを断ると、そのまま王都の貴族街へ姿を消した。
悔しそうにそれを見送るセレスにギデオンが、騎士団師範そのままの鋭い声で命じる。
「セレス、お前はイザベル隊長と共に、騎士団本部の団長へ面会を求めろ。話が通じる相手ではないかもしれんが、何もしないよりはいい」
そこでイザベルを振り返る。
「よろしいかな?」
「分かりました」
イザベルが頷く。
「ワシは、旧知の有力者を頼る。ベルンシュタインに対抗できるだけの、な」
そう言うと、ギデオンはアークライト家の馬車で、王都の貴族街へと消えていった。
残されたセレスとイザベルは、王立騎士団の本部へと向かう。
「……行きますよ、セレスティア殿」
「はい。……必ず、ライル様を……!」
セレスは、固く拳を握りしめていた。
そして、その全てを知る由もなく、ロッテを乗せたヴァロワ家の馬車は、王都の邸宅へと静かに到着していた。
彼女は、馬車の中でずっと泣きながらライルの名前を呼び続けていた。その様子を、肩に乗ったモモが心配そうに見ていた。
(第十五話 了)
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